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「オードリー・タン 母の手記『成長戦争』」近藤弥生子著 を読んで、心が震えた【前編】

オードリー・タンとは

異色の経歴を持つ台湾の政治家。2016年に35歳という若さでデジタル担当の閣僚に抜擢され、20〜21年には新型コロナウイルス感染症の封じ込めで成果を上げたことで世界の注目を浴びた。
(中略)
19年には、米国の外交政策専門誌『Foreign Policy』で「世界の頭脳100人」に選ばれ、「世界唯一のトランスジェンダー閣僚」として紹介されている。自らトランスジェンダーであることを公表しており、24歳のときに、本名を唐宗漢から中性的な唐鳳へと変更している。

https://business.nikkei.com/atcl/plus/00010/040600062/

タンさんを一躍有名にしたのは、やはり「コロナ対策」。それは、様々なデジタル技術を駆使して民意を取り入れ、それを政策に生かして行っています。彼がデジタル大臣としてかなりのスピード感を持って行った数々の「コロナ対策」。マスクマップ・濃厚接触者の追跡・ワクチン接種の予約システム改善などがあります。

私が特に面白いと思ったのは、タンさんのコロナ対策で柱となる「3つのF」です。それは、『Fast(素早く)』『Fair(公平に)』『Fun(楽しく)』。
ここに『Fun(楽しく)』が入っているのが、何だか台湾らしいというか、タンさんらしいなと思いました。日本政府が言ったら、炎上しそう…


「オードリー・タン 母の手記『成長戦争』」


オードリー・タンさんを語るのに、もう一つ外せないキーワードは「ギフテッド」。そのIQは180以上とも言われています。

この本では、そんな桁違いの天才であるタンさんの生い立ちや、学校でのいじめ、教師からの体罰(台湾が当時そういう時代だった)、家族の葛藤や分裂、ドイツ生活や協力者、などなどが書かれています。

この本の一つ大きな特徴と言えるのは、先ず、タンさんの母親である李雅卿さんが書いた原書「成長戰爭」があります。そして、近藤弥生子さんが原書から引用する形を取り、そこに近藤さん自身の見方を加え近藤さんの著書として出版したところです。

もともと近藤さんは、李雅卿さんの著書「成長戰爭」の翻訳本を日本で出版しようと思っていたそうです。ですが、このような形での出版になったのは、完全にタンさんからの提案に沿った結果だそうです。


心が震えた

「苦しみの奴隷」

場面は、タンさんが小学校3年生の時。学校でいじめがエスカレートし、タンさんは自殺願望をも持ち始めるほど追い詰められていました。そんな状況の中、休学したいと訴えるタンさんは、教師や父親・祖父母から激しく非難されるのでした。
大人になったタンさんが、そんな当時を振り返って語った言葉が書かれています。

当時の教師は、『レジリエンスを育てなければならない』と言いました。悪い状況を自ら克服する力のことです。ですが、耐性をつけるために我慢することと、その苦しみの奴隷になることは、非常に区別が付けづらいのです。
『学習性無力感』といって、何もできることがないのだという感覚を一度抱いてしまうと、いざ世界の不公平なことを変えられるチャンスが訪れても、(中略)何もできなくなってしまう。(後略)』

「オードリー・タン 母の手記『成長戦争』」より

自分では「これは乗り越えられる困難なんだ。乗り越えるべきなんだ。」とやってしまいがち。だけどそれは、「苦しみの奴隷になる」ことと紙一重のこと。子どもの世界でも大人の世界でもあり得ることです。現状を良くするために努力し、自分でも知らぬ間に「苦しみの奴隷」になり、そこから抜け出せずに、チャンスが来ても何もできなくなってしまう。どれだけの人がこうやって考えられるのだろうか。特に私のような子どもを持つ親だったり、学校教育に携わる大人が持っておくべき、一つの「アラート」であると感じました。心が震え、肝に銘じた言葉でした


私は、台湾南部の都市・台南に15年暮らしていました。夫は台湾人で、娘二人は台湾と日本のミックスです。夫が子どもの頃も、学校では教師の体罰が当たり前の時代。テストで100点を取らないと、100点に満たなかった点数の分だけ、先ずは学校で先生に叩かれ、家に帰ったら親に叩かれたという話を聞いたことがあります。タンさんは、ちょうど私や夫と同年代。

今では日本でも「ギフテッド」という言葉が徐々に浸透してきました。しかし、今から30年ほど前の台湾で、インターネットやSNSがない時代の「ギフテッド」の子を抱えた家庭の葛藤と挑戦は、どれほどのものだったのでしょうか。

本書の中で、「心が震えた言葉」があり過ぎて、1回では書き切れませんでした。

明日の【後編】もまた読みに来てください。



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