コロナによって運動会や修学旅行が中止になって...みたいな報道を見かける。確かに、やり直しのきかない学生時代のイベントが次々と、それももう2年近くも中止になるのは心が痛む。かといって、社会人には何かが中止になることの悲しみが無いというわけではない。そんな僕のコロナ鬱。 1. 県外の数少ない友人が会ってくれなくなった 県境を超えるなと言われているし、東京都などではいま酒類の提供の自粛要請がされている。数年前は毎月のようにこの友人たちと飲み会で楽しんで、仕事のストレスを昇華さ
やりたいことをやりたい。やりたいことしかやりたくない。多くの人はそうだと思います。もしあなたがいま「やりたいこと」をやれていないのなら、どうやって耐えていますか?楽しかった想い出や、好きな何かに注いだり縋ったりして、生きてらっしゃいますか? この記事は、それが出来ない人間の話。 僕はとんでもない田舎に生まれ育ち、中学卒業まで選択肢の無い人生を歩まされてきました。田舎の公立小学校・公立中学校といえば、ネットで悪評を見たことがあるかたも多いかもしれません。この片田舎の学
僕はとんでもない田舎に生まれ育ちました。車が無いとどこにも行けないから一人では生きて行けず、近くに家も無いから同年代の友達と遊ぶような機会もありませんでした。 そんな僕が、大学へ進学するとなった時の話。 こんな田舎は嫌だと常日頃から思っていた自分は、自身の「つらさ」の感情を共有してくれない親元から離れた一人暮らし・大都市圏への進学を希望しました。それを親に伝えたところ、「◯◯県なら、知り合いの✕✕さんのところに住ます。電車で通えるでしょ。」「△△県なら□□さんの家に
僕はとんでもない田舎に生まれたから、よその家のことがわからない。同じ学校の友達の家に泊まりに行ったこともないし、近くに同学年の友達が住んでいなかったから親密な話をしたこともない。だから、自分の親が普通なのかがわからない。だから、ここでネットの海に問うてみたい。 僕の両親のうち母親は、僕が子供のころ学校から帰ってきて「疲れた」だの「眠い」だのと言うと、「私のほうが疲れてる」「私のほうが眠い」と、子供の率直な考えを認めてくれなかった。いつも「自分のほうが」、と言葉を返してき
学校で男女共同参画社会とか、男女雇用機会均等法とかって習った。でも、国としてはそれを目指しているけど、企業の中は旧態依然だなと感じた。 僕は新卒で専門性の高い職に就いた。いわゆるクリエイターみたいなものだった。やりたいことがわからずに漠然と大学まで過ごし、就活の時期になって、なんとなくこれがやりたい仕事なのかなって就いた仕事だった。 それを2年ほどで鬱になって退職し、もうこの仕事は嫌だと思って、自分の出来そうなことを探した。昔から真面目であることくらいしか取り柄がな