でびでび・でびる様と成人式と百合と


保護服を着て家を出る。会場までの道は迷いようもない一本道。それなのに、道行く人は見当たらない。個別に予定と会場が用意されており、それぞれ被らないようになっていた。

しかし、成人式に向かう途中、一人の少女に出会った。

このウイルスに蔓延した世界で、その少女は自分の部屋にいるかのような格好をしている。そうして、誰かを待っているように塀に寄りかかっている。

その少女が私に気づくと、駆け寄ってきた。見覚えのある格好に、慣れ親しんだ顔。一年前とまったく変わらない。

私の着る保護服越しに、少女の声がかすかに声が聞こえてくる。

「会いたかったよ、新藤」


先輩。


そのとき一気に思い出した。

先輩と出会ったときのこと。

先輩と連絡先を交換したときのこと。

先輩とカフェのメニュー全制覇したときのこと。

先輩の家に泊まったとき、同じ匂いになっちゃったときのこと。

先輩、一年間どこに行ってたんですか。

先輩、なんでいままで連絡くれなかったんですか。

先輩、なんで今ここにいるんですか。


気づくと先輩は私のすぐ近くにおり、話しかけてくる。

「ねえ、今から成人式?その前にちょっと話さない?ほら、この前言ってた新しいタピオカ屋いこう」

先輩、あそこはもう、新しいお店になりましたよ。フィフネルっていう新しいブランドのお店になったんです。

「そうなんだ。服屋はあまり興味ないなー」

まあ、外出るときはどのみち保護服ですし。でも、最近は保護服もすごいかっこいいのが出てきたりしてるみたいです。

「へー」

……そういえば、先輩ってなんで今日は保護服着てないんですか?

「え?ああ、ほんとだ。最近着ないことが多いから慣れた。でも、別に意外となんてことなかったよ」

そうなんですか、さすが先輩ですね。

「ふふん、それほどでもないけどね。ねえ、手をつなごう」

一年前まで、私たちは無敵だった。いつも二人で行動していた。飲食店にも二人で行き、夜通し二人で過ごしたりもした。周りからは奇異な目で見られ、強く制止されこともあったが、それでも全然構わなかった。先輩と一緒なら、全然平気だと信じていた。

私と先輩は手をつなぎ、会場まで向かうことにした。手をつないだ当初はできるだけ遅く歩きたくさんのことを話していたが、会場の近くになったとき、話すことはもうほとんどなかった。手の感触がすべてだった。

会場の前まで来たとき、携帯端末がメッセージを受信した。先輩は、私に端末を見るように促す。2通のメッセージが届き、ひとつはなぜか一年前、もうひとつは昨日のメッセージだった。送信元を見ると、どちらも先輩から。先輩の顔をうかがうと、気まずそうにそっぽを向いていた。

まずは、一年前のメッセージから見てみる。

「成人式には行かないで。

このメール、届くかな。

昨日までは、好きだったのにな」


もう一通は、添付つきだった。

「新藤!ごめんね、ここ最近、ちょっとバタバタしちゃっててさ~。明日は新藤の成人式だったよね!成人式のあと、ご飯食べながら通話しよう!私、先輩だからおごっちゃうよ~」

添付には、髪形を変え少し大人びた先輩の写真と、知らないお店で食事ができるのギフトコードがついていた。

先輩、もうフィフネルの保護服、着てるじゃないですか。


そばにいる先輩を見やると、なぜか目を伏せている。さっきまで楽しそうだった顔がこわばっている。

「新藤、ねえ、この先には行かないことにしない?この前みたいに、私と遊ぶのもアリじゃない?」

つけている保護ヘルメットが邪魔で、かすかにしか聞こえない。

先輩、でも成人式に出なかったら私はどうしたら良いんですか。先輩が成人式に出たあと、私は。

「新藤はそんなに大人になりたいの?」

そんな……でも、そうしなければ生きていけないのです。

「それって、私と遊ぶよりも楽しいこと?」

そんなわけありません。先輩と遊ぶのが一番楽しいです。今日だって。

「なら、その、そいつとじゃなくて、私と遊ぶべきだよ。これからも」

そうかもしれませんが……。

「…………」

先輩は黙ってしまった。私も何も言えず、沈黙が続いていく。私は。私は。なぜか、私は私のことばかりで頭が割れてしまいそうだ。私は……。

長い長い沈黙の後、先輩は私を抱きしめると、一瞬で離れた。

先輩は無理な笑顔を作り、バイバイ、とでも言うかのように手を振っている。

私は……立ち尽くした。

気まずい雰囲気を破るように、先輩は元来た道を歩きだした。その姿はどんどん小さくなって、小さくなって、まるで最初からなかったかのように、荒涼の景色に消え去っていくようだった。


私は。

私は。

私は。



防護服を脱ぎ、元来た道を走った。

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