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Thank you, dad ♡

 数十年前、短大生だった私は、授業の一環として、アメリカで2週間ホームステイをした。
 最低限の英語は教えられていたし、聞き取りもだいたいの意味は理解できる程度だったが、当時の私は今でいうコミュ障で、人見知りや卑屈など生来の性格もあいまって、お世辞にも、明るく元気な学生、というようには振る舞えなかった。
 しかし、ホストファミリー、正確にはホストペアレンツは私を様々な場所lに連れて行ってくれ、私は本当に楽しかったので、私が私なりに楽しんでいることは伝わっていたと思う。
 ある夜、ホストファザーが映画を観ようと誘ってくれた。家でVHSビデオでの鑑賞だった。私はもちろん快諾したが、内心、全編英語で字幕ないよね?物語が全くわからなかったらどうしよう?いや、その可能性が高いとして、観た後どうやって話を合わせようか?とほぼパニック状態。ただ、映画は好きでよく観ていたので、何か1つトピックをつかめば話しは合わせられるかも、と腹をくくった。
 映画冒頭、初老の明らかに身ぎれいな紳士が登場、女性の手をとり、囁いたりしている。他方、チャラチャラしたお兄さん登場。初老の紳士よりは若いのだろうが、シルバーヘアのせいか、私にはそれほど若く見えない。こちらも女性にちょっかいを出してる。そして2人は物陰で何か言い争っている。知り合いなのか?
 舞台は海沿いのリゾート地。どこだろう?私の知識では、ゴッドファーザーの舞台の1つであるシシリア島に似ているが、シシリア島ってそこまでリゾート感あったっけ?
 やがて若く着飾った女性が登場。荷物を両手にたくさん持っていて、いかにもお金持ちそう。かわいい顔で甲高く甘えた声で話す。
 物語はほぼ不明だが、この3人のドタバタコメディだということはわかった。男性2人が女性の取り合いをしているようにみえる。自分に気を引こうとしているようだ。
 初老の紳士が優勢に見えたところで、チャラ男が車椅子で現れる。
 ?
 私が当惑ったのを察知して、ホストファザーが興奮気味に、He lies,と教えてくれた。
 あぁ、足が悪いふりをしてるのね。
 そこからは、私も爆笑。なぜなら、初老の紳士が、車椅子に乗ったチャラ男の足をベルトか何かでバシバシ叩き出したからだ。チャラ男は病気を装っているので、感覚がない=痛くない演技をしている。顔を歪ませながら、no、と言っている。女性は目を覆わんばかり。
 無事に同情を得たのか、女性と2人きりになったチャラ男。それからどういゆう経緯か、チャラ男が身体を震わせながら車椅子から立ち上がり、たどたどしく2歩3歩と歩いてみせ、たぶん、歩けた喜びで女性に抱きついて泣いた。その演技自体が面白いのだ。
 私はトピックを1つ掴んだので集中力が切れ、ますます物語はわからなくなったが、最後に、か弱くかわいいだけだと思っていた女性が、キリっとした顔つきで登場し、むしろ少し低めの声色で初老の紳士とチャラ男に何か言って、男たちが唖然となるというシーンがオチになっていた。
 一言、Does she? などと言えれば、オチまでわかりましたよーってフリもできただろうが、私はただ、驚いた顔だけしてみせて、心の中で、あの女の人がキーだったのかー、なんだったんだろう?え?え?オチが知りたいっ、ってなってた。
 しかしながら、私の心の中を知る由もないホストファザーは、私の驚いた顔をみて満足していただいたようで、ユーアンダスタン、ザットワズファン?と嬉しそうにしていたので、私もイエェファンと言えて嬉しかった。
 帰国して早速おさらいすべく、ビデオを探した。アメリカ本土でビデオ(おそらくレンタル)になっていたから、日本でもビデオになっているか、近々にレンタルされるかもしれない。なんせインターネットのない時代だったから、ひたすらレンタルビデオ店を放浪し、一方で雑誌ぴあで映画公開情報に目を通した。私は人の顔を覚えるのは得意だったから、登場人物3人を見れば探し当てられる自信はあった。
 帰国からどれだけ時間が経った後だったかは忘れてしまったが、ついに見つけた。その映画は、
「ペテン師と詐欺師 だまされてリビエラ」
 やっと意味がわかった。
 それからはグレーヘアのチャラ男役のスティーヴ・マーティンさんの出演映画を片端から鑑賞。今でも大ファンだ。(サボテンブラザーズ、花嫁のパパ、わが街など多数、現在もご活躍中)
 全編英語、字幕なしの鑑賞は、今までのところ、あの時だけだ。
 映画を選んでくれたホストファザーのセンス、そして、口数が少なく、おそらく表情も乏しかった私を少しでも喜ばせようとしてくれ、そして時間やエンターテイメントを共有してくれた思いやりに、今でも感謝している。


 

#映画にまつわる思い出

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