【映画『君の名は。』二次創作】My Name

『彼女』に声をかけた郊外の高台の程近く、目立たないところに建つ落ち着いた雰囲気の喫茶店に、僕と彼女は座っていた。

店員が注文を聞きに来たので、とりあえず、二人ともコーヒーを頼むことにする。彼女が、一つミルクを多めでお願いします、と付け加えた。

「すみません、急に。変な理由で呼び止めた上に、お茶まで誘ってしまって。」
店員さんが去った後、俺はまずそうあやまった。相手はいいえ、気にしないでください。と言ってくれたが、その表情はどこか緊張しているようでもある。これからどう切り出したものかとも思ったが、変に気をまわしても余計に警戒されるだけだろうと思ったし、ともかくこの場に来てくれたのだから大丈夫だろうと、率直にこちらの効きたい話題を出すことにした。
「あの村の人……ですよね。8年前の、隕石の……。」
その言葉で、彼女の顔色が明らかに変わったのが分かった。
「……!ええ、そうです。どうしてわかったんですか?」
相変わらず警戒心は向けられたままだが、ひとまず話を聞いてもらえそうであることに安堵し、話を続ける。
「その、髪留めの紐……」
俺は相手の髪を留めるのに使っている、普通の人が見たら不思議な色使いに感じるであろう民芸品的な紐を指し、言った。
写真で見た事があるんです。あの村についての資料の本で。学生の頃に一度……あの出来事について、調べたことがあって。」
「そうだったんですか。」
彼女は少し、得心したようにうなずいた。これで少なくとも、ストーカー疑惑は晴れてくれているといいのだけれど。
「周りからかなり奇異の眼を向けられるくらい、熱を入れて調べていたことがあって。だから、ずっと探していた……いえ、探していた気がするんです。誰か、あの時を生き延びた人に会えないかって、でも結局その当時会う事は出来なくて、それで。」
「無理もないと思います。あれからは、みんな散り散りになってしまいましたから。声高に、自分がそうだと声を上げるような人も、いなかったと思いますし。」
彼女がそう語る声はとても落ち着いている。あれだけの事件とはいえ、もう遠い昔のことのような気分なのだろうか。その口調は、あの出来事をどこか客観的に見ているようでもあった。そんな僕の思考が、視線に現れていたのだろう、目の前の彼女は僕を一瞥して少し考えたようなそぶりの後、こう続けた。
「私も、あんな、村が一つまるまる無くなってしまったようなすごい出来事から、生き残ったことがどこか信じられなかった。私だけじゃなく、みんな一人も欠けずに、傷一つ負わずに無事だったなんて、って。そういう、何を思ったのか、とかはしっかり覚えているのに、あの日、その時、具体的に何が起こっていたのかは、あまり覚えてないんです。事件の後しばらくカウンセリングをしてくれていた先生の話では、余りにも大きすぎる出来事が起こったから、頭が勝手に記憶を蓋をしちゃってるのかもしれないって。死人が出なかったとはいえ、故郷が丸ごと隕石で消えてしまうなんていうことは、それだけ大きな心の負担になりうるものだったんだろうって。そうでなくても……最近じゃもう、はっきり覚えてた筈の、避難してからこっちに移り住んですぐのことすら、思い出の隅っこに行っちゃったみたいで、もうあまり鮮明な記憶としては残っていないですし。」
無理もない話だと思った。かつて、彼女の村は少しだけ変わった風習を持つだけの、何の変哲もない小さな農村だったはずだ。その村が丸々一つ、観測史上最大、どころか地球史上でもおそらく有数といわれる隕石によって一晩でクレーターになってしまうという悲劇。そしてそんな中で、その日『たまたま行わていた避難訓練』が『たまたま完璧に遂行されていた』ことにより、人的被害がゼロに収まったという、信じられない奇跡。その二つの出来事によって、今その村の名前を聞いたことがないという者は中々いない。だけどそれでいて、彼らがこれから生活していく場所は、どこにもない。頭が混乱して、すべてを忘れるという選択肢を選んだとしても、不思議じゃない。
「最近、やっと気持ちの整理がついて……実は、私もちょっとだけ、少しずつできる範囲で当時のことを調べ始めてたんです。本当に、なんとなく……ですけど。あまりにもあの時の事を語る人が少ないことも、気にならないわけではなかったですし。」
そこまで語ってから、彼女はこちらをまっすぐ見て言う。
「貴方は、なぜあの事件を調べていたんですか?」
「もう今となっては、何がきっかけだったのか……。たしか、最初はニュースで大きなニュースになっているのを見て、それから何年か経って、それを唐突に思い出して」
「どうして、当時の人に会いたいと?」
「やっぱり調べていくうちに、実際に人の話を聞きたいと思ったのかな……。」
最初は順当に考えられるままを答えたのだけれど、これは少し自分の実感とは何かが違う気がした。こんな場に付き合ってくれている彼女に適当な答えでお茶お濁すのは失礼だと思い、慎重に自分の記憶を辿り直して行くことにする。
「……いや、多分それだけじゃないんです。何か上手く言えないんだけれど、こう……どうしても、気になったんだ。どうしてかは、分からないけど。何かを探していたというか……。いえ、えっと……変なことかもしれないんですけど、それをあの事件があった『当時』も、探していたような……。その気持ちの正体が知りたくて、僕はずっとこんなことを続けていた……そして今も、こうしているんだとおもいます。」
なんとか自分が確かに考えていたと実感できる答えが紡げたけれど、我ながら変な話だ。このことを語り終わるまでの間、彼女は相変わらず僕のことをずっと見ていた。おかげで余計緊張していたけれど、ひとまずは僕の話を最後まで聞いてくれた。
「……やっぱり、すこし変な話ですよね。すみません。」
何となく、少し謝った方がいい気がしたのでそうした。けれど、彼女の返答は意外なものだった。
「わかりますよ」
「え?」
「なんとなくわかります、その気持ち。私も、なんであんなことになったのかわからないですから。きっと同じような混乱を、あの時あの場にいなかった人にも少なからず与えていたんだろうって、そう思ったこともあります。だから、わかります。」
ああ、そういう意味か、と僕は相手がこちらの話に嫌悪感を抱かなかったことに安心すると同時に、少し落胆もした。つまりは、『あそこまで大きな出来事の話なのだから、多少支離滅裂なことを言われても許容できます』という事だ。それは最初に『わかりますよ』と言われたときに期待したものとは、少しだけ違うもののように思えた。と、そこまで考えたところで、こちらが突然話を吹っ掛けておいてひどく失礼なことを考えている自分に気がついて、加えて何も言葉を返していなかったことにも気づき、少ししどろもどろになりながらも口を開いた。
「そうですか。その……ありがとうございます、で良いんでしょうか」
「いいと思いますよ。」
俺の頭の中を逡巡するものが表情に出ていたのだろうか。彼女は俺を顔を眺めるようにしながらそう言って、その後にほんのちょっとだけ、笑った。初めて表情が緩んだのを見た気がして、僕は少し安心する。話は一区切りして、つかの間の静寂が場を支配する。
何か聞きたいことがあるのでは?と、彼女が仕草で訴えてくる。まだ気まずい空気に放っていないが、このままではいずれそうなってしまうかもしれない。俺も、折角なのだから何かを聞いてみたいと思っていた。でもいざこうして念願の相手に出会うと、言葉が何も出てこなかった。加えて、なぜかここまできて突然『自分はなぜこんなことをしているのか』という思考が頭をもたげ始める。いや、違う、『何故か』ではなかった。俺はこういうとき決まってこう思い始めていた、最後にこの出来事を調べるのをやめた時も……。そうだ、なんでだろう。こうして知らない人と、面と向かいながら、こうしてまで、何を聞きたいんだろう。どうして。もうやめよう。だって失礼じゃないか、この人にも……。
「……。」
「……?どうかしましたか?」
適当なところで別れを切り出そうとした俺の言葉は、口から発せられることはなかった。
彼女の表情が、真剣だったからだ。
彼女は俺のことを、じっと見つめていた。ただ支離滅裂な事を言っている野次馬を見る目ではなかった。俺にどうして声をかけられたのか、俺が何を思ってこうしているのか、いや、それよりももっと大きな、なにか、俺と彼女がここでこうしていることにどんな意味があるのかを考えているような、そんな表情にすら見えた。今まで、相手を混乱させるような事を語っていないかばかりを気にしてきたが、こんどは俺が逆に混乱してくる。どうしてこの人はこんな表情をしているのだろう。この人は、俺にとって、いや、『あの出来事』にとって、俺とこの人はどう行った存在なんだろう。きっとここで話をやめるのはもっと失礼だ。いや、なにも変わらない。きっとそれだけはダメなんだ。不思議と、そう思い直している俺がいる。
そこまで考えていて、ふと、頭の中、記憶のずっと奥の方で、何か光るものを、もしくは聞こえるものを、一瞬感じた気がした。それはどこか懐かしい記憶だった。そして多分、ずっと俺の中にあったものだ、と思う。それを前に感じたのは……。
「……あの日。」
気付くと、言葉が口から出ていた。向かいに座る彼女は、こちらの言葉を待っている。今出た言葉が単なる会話のきっかけなのか、質問の一言目なのか、それともただ発しただけの一言なのか。図りあぐねているかのような表情だった。正直言うと、最後のものに近い。けれど、続くものが何もない言葉でもなかった。ただし、これまでで一番支離滅裂な記憶から出てきた言葉でもある。彼女を見るとまだじっと俺の言葉を待っていた。真剣な、表情をして。

俺は、決めた。

なんでもない独り言だと訂正することもできたけれど、この状況はある意味自然に話をするのにむしろ良い状況かもしれない。俺は開き直って、続きをありのまま、思いつくままに語ることにした。
「誰かが、居たんです。」
「……!」
彼女が息を飲んだ。この言葉は彼女にとって、望んだ言葉だったのか、どうか。
「誰かに合ったのかもしれないし、何かを聞いたのかもしれない。何かを見たのかもしれない。でも何かきっかけがあったんです。誰か、が居たんです。今まで全然興味もなかったものが、ある日突然変わった。そんな出来事が、あった気がするんです。その、意味が知りたくて、俺は、多分。……あ、すみません、質問にも会話のタネにもなってませんね。ええと……」
それによく考えたらちょっとニュアンスが変わっただけで、ほとんどさっきの話の繰り返しだ。おかしいな、もっと確信めいたものがあったはずなんだけれど……。そう思いながら相手の方を気まずい心持ちで見遣ると、当の話相手の方は、相変わらず真剣な表情で、けれど何かを考えるようにどこかを見ていた。

(あれ。でもそういえば、俺、本当に『一度も、誰とも会えなかった』んだっけ……?)

(いや……違う。確か会えたんだ。一人だけ。)

(一人だけ会えた。『彼女を探しているときに』。そして、助けてもらったんだ)


(あれ。『彼女』って……だれだっけ)

(そうだ、そうだった。俺は昔も、この疑問に直面したんだ。そうして、とある仮説を出したんだ。)

(そうだった。今、思い出した。確かに俺は、誰かを、……いや、違う。『君を探していた』)

唐突に、あの時探していた気がする『誰か』と、目の前にいる彼女が重なった気がした。今度こそ忘れなようにしっかりと気持ちを縫い付けながら、自分のこの感情の正体を確かめようとする。不思議な気分だった。あの時探していたのは、特定の誰かではない、『あの事件を経験した誰か』だったはずだ。だけれど確かに、『君』と表現できるような特定の誰かを探していた記憶も、今、確かな実感としてよみがえってきていた。そして、なぜかその『君』は、目の前にいる彼女なのだという確信のようなものさえ、湧き上がってきている。

そこまで考えて、僕は首を振って思考をいったんリセットした。久しぶりにあの頃のことを思い出したせいで、まだ混乱しているみたいだ。昔調べていたころも、熱が入りすぎて考えが暴走してしまっていることをよく指摘されていたっけ。
前を見ると、彼女は少しだけ不思議そうにこちらを見ている。そりゃそうだ。いきなり見ず知らずの人間からこんな話を聞かされた挙句、途中でその相手が物思いにふけっては挙動不審になっているのだから。俺は「すみません」と、ひとまず彼女に話を中断してしまった事を謝った。彼女は構わない、という風に軽く会釈を返す。そうだ、折角あの時の事を聞ける人と話せているんだ。今はこの人との事に集中しよう。

俺が落ち着きを取り戻したのを確認してか、彼女はまた何事かを考えているような表情に戻っていた。そして、

「誰か。って、そう言いましたよね。」
「え、ええ。」
そう切り出された。彼女はそこで言葉を一度切り、なにかを決心したかのように表情を変える。
「ごめんなさい、実は私あなたのことを、少し変な人だな、って思っていたんです。」

だろうな、と思った。けれど『思っていた』と、過去形なのはどうしてだろう。なにか心当たりがあるのだろうかと思っていると彼女は、でも……と続けた。

「あの日。」
「えっ?」
その口から出てきたのは、自分が口走ったの似た言葉。さっき俺もこんな表情をしていたのだろうかと、ややズレた感想を抱きながら彼女へと聞き返す。

「今、お話を聞いていて思い出したんです。私、自分があの日、あの時、何かに必死になっていた、そのことことだけはあの事件の後も暫くの間、強く覚えてました。私、何かを探していた気がする。何か……もしかしたら、誰か、なのかもしれない。何かを見つけなきゃ、もしくは誰かに会いに行かなきゃって、そう強く思っていた気がする。」
それは、僕の時ととても似ていた話だった。
「ええ、思い出しました。確かに『誰か』だった。そう思います。」
彼女は確信を得たかのように、言い直す。
「それがどういう意味があるのか、あの日の出来事に関係があるのか、それとも何か別の理由があったのか……今はもう。それはわからないんですけど。でも必死でした。」

『誰か』。そのワードが何か重要なことのように思えて、彼女の意見に賛同した。

「俺もです。あの頃、俺は必死にあの村から誰かを探し出そうとしていた気がするんです。」

俺の言葉を聞いて彼女は、

「偶然にしては、できすぎですよね。」

そう、自分にも言い聞かせるかのように言った。俺はなんと答えたら良いかわからなくて、ただ控えめに頷くのみで相手の言葉を待つ。彼女は静かに言う。

「私、あなたの言葉を信用します。ただ悪くは思わない、話していて構わないというだけでなく、どんなお話にもお答えします。なんでも聞いてください。」


彼女の表情が、どこか変わった気がした。警戒心が薄らいだだけじゃない。どこか驚きと。そして期待が見え隠れするかのような。

俺と同じだ、と、直観的に思った。


そして、更にもうひとつ思い出した。これは忘れていたのが不思議な記憶だ。だってこれは今日の、ほんの一時間ほど前の記憶なのだから。

そうだ、『君』だと、そう思ったんだ。すれ違う電車の中で、一瞬見かけただけの、大昔に調べていた村の特産品を身に着けていただけの彼女。それだけなら俺はかつての落胆の思い出をささやかに清算して、普通に何事もない日常に戻っていっただけだ。それが『君』だと、そう思ったから、僕はいてもたってもいられなくなって、そして、今こうしている。でもこの瞬間まで俺は、それすら忘れていた。俺はこの短い時間の間に、あの村の資料の中にあったものを見につけている人を見つけて気分が高揚し、こんな行動をとっていると誤認していた。

何かがあるんだ、と直観的に思った。

俺は今何かを見つけかけてる。少し気を抜いたらすぐに見失ってしまいそうな危うさの中で、何かを見つけかけている、そんな気がする。思った直後でまた、ばかげた話だと、俺の理性が否定する。そして容赦なく気持ちを誤認しにかかる。俺は期待しているだけだ、と。かつて抱いた妄想が、現実になることを、身勝手に期待しているだけ。そうに決まっている。

だけど、もし……かつての僕の中にあった何かが、彼女に何かしらの形で通じるなら。少しだけ、試してもいいかもしれない。そしてきっと、今はそうするべき瞬間だ。

「じゃあ、あの……乗りかかった船といいますか、この際なのでもう一つ変なことを言ってもいいですか。」

そう決心がついたときには、すぐに口に出していた。そうしないと、またすぐ消え去ってしまいそうで。移ろう感情に押し流されて、また別な何かに塗り固められてしまいそうだったから。

「いいですよ。」

その言葉を聞いたところで僕は一旦、話を仕切りなおして、今の思考の中で少しだけ鮮明に思い出した、そしてもう一度だけあの時の、けれどまた少し別な話を話すことにした。
「余りにも当時のことを思い出すと、自分の熱の入り方が異常だったなって思って。それで、とある妄想をした事があるんです。」

「こんなことを言うと、おかしい、ばかげてるって思われるのは重々承知なんですけど。俺は『あの事』が起きるのを知っていて、それを止めるために、もしくはもっと被害を少なくするために、動いてたんじゃないかって。あの時の気分を思い出せといわれたら、あれはそういうものだった気がするんです。と言っても、そう考えると、自分が実際に動き回っていたのが事件の3年後だっていうつじつまが合わないんですけど……あれ?でも確かに俺は……。」

とはいえ、この記憶を掘り起こすのもずいぶん久しぶりだ。また齟齬を覚えて、話を止めてしまいそうになる。

「……あ。ええと、つまりですね。」

「大丈夫、分かりますよ。」

「え……?」
ああ、こんなやりとりをするのは、今日何度目だろうか。意表を突かれたことは確かだけれど、どこか期待をしている自分がいる。あなたは、『君』なんじゃないかって。でも、だめだ。目の前の彼女が、君でも、君じゃないとしても、初めてのあの時の人なんだ。だから、今は、まだ。
「確かに、普通だったら変な話に聞こえるかもしれないですけど、言っていること、何となくだけれど分かります。私も、……と、言っても、私自身の考えじゃなくて。私の友達に、なんて言うのかな……オカルト?みたいなのが好きな人がいて。それで、「こんなに出来すぎた偶然が起こるなんて、これはきっとタイムパラドックスが起きたんだ!!」なんて言っちゃって。もう可笑しくって。でも、その時思ったんです。もしかしたら、本当にそうだったのかもしれないって。」
なさけないことにその言葉で、今しがたの僕の自制心は吹き飛んでいた。
「そう、それだ、それなんですよ!タイムパラドックス。僕も、そんなことを思っていたんです。もしかしたら僕は、何らかの理由で三年後にいながらにして、『あの時』あの事件が起こることを知っていて、どうにかしてそれを防ごうと、『防いだこと』にしようとしていたんじゃないかって。」

俺は、さすがに興奮を隠しきれない。そして彼女の話は続く。

「もうひとつ思い出しました。私、なんだか逃げてる時、今思うとすごく不思議なことを考えて行動していたような気もするんです。「あの人のために生きなきゃ」って。……おかしいですよね、あの時逃げていたのは、避難訓練のためだったっていうのに。でも、父が、、、あ、私の父は、当時役場で働いていたんですけれど。その父がいうには、私が、避難放送のやり方について、妙に突っかかってきていたらしいんです。当時の私は父と喧嘩していて、ほとんど話もしなかったくらい険悪な仲だった、そのはずなのに。」

そこまで語ってから、彼女は急に何かに驚いたかのように俺の顔を見た。顔に何か変なものでもついてるのかと思ったけど、どうやらそうではないみたいだ。そして彼女は、何か物思いにふけるように目を伏せている。なんだかその間には、覚えがあるような気がした。

「……ここまで語っていて、急に思い出した気持ちがあるんですが、言っていいですか?」

この局面でそんなことを言われたら。期待している自分がいた。あれは自分の興味の暴走なんかではなかったのではないかと。いつの日からか封印して、考えないようにしていた感情が、静かに高ぶっていくのが分かる。

「え。……丁度、俺もここで話していて、思い出した気分があったんですけど」

「……。」

彼女は僕を見ている。これ以上にない、真剣な表情で。

「じゃあ、一緒に言いませんか」

この気持ちの高まりは、きっと彼女も一緒に感じているものだ。そう思うのは、やっぱり俺の考えが暴走しているのだろうか。

「わたしは」

「俺は」

「「ずっと、君のことを探していた」」

俺達の声が、綺麗に揃う。奇跡みたいに。いや、奇跡みたい、じゃない。これは紛れもない、奇跡だった。

「片方から言われたら、『新手のナンパですか?』って引かれちゃいそうな言葉ですね。ふふ。」

「はは。そう……ですね。」

俺も同じことを思っていたので、ただ笑うしかなかった。そして、その後の話をどう続けていいのかもわからなかった。奇跡のような一致があったとはいえ、僕らの話にはかみ合ってない部分も多い。タイムパラドックスという便利な言葉を使ったとしても、俺の3年のブランクはともかく場所に関係性、いろいろなものが謎のままだ。やっぱりこれは、ただの妄想なのかもしれない。そもそも、妄想である方がよっぽど現実的だ。俺の妄想と彼女の妄想がたまたま一致していて、そんな似た二人が今日たまたま出会って、たまたま言葉をそろえた。それはそれで奇跡だけれど、よっぽど現実的な話だ。

見ると彼女も、それ以上の会話を続けれないでいるみたいだ。いつの間にか、日が僅かに僕らの座るテーブルにさし込み、どこからか風が流れ込んでくる。微かな、けれど気まずくはない、そんな不思議な静寂が、僕たちをしばらくの間包んでいた。


「……あー、すみません!!」

俺があまりに唐突に叫んだもので、相手の方もビックリさせてしまった。
ふと相手の後ろに目を移した時に、壁掛け時計の針が、この店に入ってきたときよりもう随分進んでいることに気がついたのだ。
「いつの間にかこんな時間に。お時間は大丈夫ですか?」
その俺の一言で、彼女も初めて時間が経っている事に気づいたようだ。
「あ、……そうですね。このあたりまでにしていただけると、助かります。」
なんだかぎこちなく、やり取りをする。今までのちょっとロマンチックな気分も、いつの間にか殆どどこかに吹き飛んでしまった。
「そうですか。……あの、今日はありがとうございました。本当に。」

「いえ、私の方こそ。なかなか、当時の話をこういう風に語ることはできないので、貴重な時間でした。まさかあの村のこと、住んでいた人以外でこんなに覚えてくれていた人がいたなんて。本当に、ありがとうございました。」

「いえ、そんな。本当、急に引き留めてすみませんでした、御代は俺が払っておきますよ。」

「じゃあ、お言葉に甘えて。本当に気にしなくていいですよ。楽しかったです。」

「……。」

「……。」

「「あの」」

俺たちの声がきれいにハモる。

「……良かったら、俺達、また会いませんか。いつでもいいですから、どこかで。」

「……ええ、良いですよ。……今、電話番号送りますね。」

彼女はほんの少し考えたようだったが、あくまで通過儀礼という感じで、特に躊躇なく了承してくれた。

「良かった。俺のも今送りますね。……よし。じゃあ、また連絡します。そちらからも大歓迎ですから、いつでも呼んでください。……あ。」

「どうしました?」

「すいません、俺としたことが。……俺、瀧っていいます。」

「?」

「……名前。折角なので連絡先で見る前に、直接教えてもらってもいいですか?」

「あっ、私ったらごめんなさい。そうでしたね」

「私の、名前は……」

そこで、俺は、初めて、彼女の名前を耳にした。

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