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産み育てる苦労が可視化されてきたこの社会で、出産を控えて思うこと。

はたらく女性にとって、妊娠・出産は大きなキャリアの分岐点です。いまの社会で仕事に打ち込みたいと考えるほど、妊娠という選択をとる難しさは増すように思えます。

編集者・ライターの中道薫さんは、いままさに妊娠中。女性エンパワーメントに取り組む「NewsPicks for WE」での活動を通じて、女性活躍のさまざまな壁を間近に見てきた彼女もまた、キャリアの分岐点を控えています。妊娠に踏み切ったことで見えてきた世界や、出産に向けての思いを聞きました。

(取材+文:菅原さくら、撮影:HANA-STUDIO)

何もアクションしないまま、年齢を重ねるのは怖かった

――まずは中道さんが、これまでご自身の妊娠・出産についてどのようにイメージしていたかを伺ってみたいです。

大学生くらいまでは漠然と「きっと30歳前後で結婚をして子どもを産むんだろうな」と思っていました。当時のマジョリティの感覚に乗っかって、さほど深く考えていなかったともいえます。でも、実際に20代後半になるころには、子どもを産まない可能性も意識しはじめて……それが強くなったのは、長く付き合っていた人と30歳過ぎに別れてから。以降はとにかく仕事に夢中で、このまま一人で生きていく人生もありえるだろうと感じていました。

――その後、子どもを持とうと考えたのはどのタイミングだったのでしょうか。

2023年の今ごろ「NewsPicks for WE」で国際女性デーに向けたコンテンツを制作していたとき、POLA社長の及川美紀さんとサンリオエンターテイメント社長の小巻亜矢さんに、自分の悩みを相談するありがたい機会をいただいたんです。

そこで「いま35歳なんですが、子どもの産みどきを迷っている」とお話して。会社も大きく変化している時期だったし、自分も小さなユニットのリーダーとしてマネジメントを任せてもらえるようになったタイミングだったため、産休・育休などで現場を離れるイメージがわかず……でも、出産するなら早いほうがいいと聞く。自分ではどうしても決めかねていたので、お二人に相談してみたんです。

――中道さんのご相談に、お二人はどんな回答をくれたのでしょうか。

「子どもを持つこと自体に迷っているなら納得できるまで考えればいいけれど、持ちたい気持ちがあるなら、一日でも早いほうがいい」とおっしゃいました。及川さんが1人で出向中のタイミングで妊娠された、という話にも背中を押されましたね。あれほど仕事に打ち込んでいる方でも、そういう選択ができるんだと。

――では、産みどきを決める難しさはあれど、中道さんはそのとき「子どもがほしい」という考えに至ったわけですよね。それはどうしてだったのでしょうか。

たしかに合理的に考えたら、いまの社会で妊娠・出産をしたいとはなかなか思えないですよね。産み育てている方々の苦労が可視化されてきたこともあり、ロート製薬の調査で「将来、子どもをほしくない」と回答した未婚男女が半数を超えたという結果にもうなずけます(※)。

私の場合は、半分は好奇心というか……せっかく産める性に生まれて、もしも子どもを授かることができるのなら、経験してみたいと思ったんです。NewsPicksでさまざまな仕事をしていくうちに、妊娠・出産・育児にまつわる課題を耳にする機会もぐっと増えました。ただ、いろんな声を聞いて共感することはできても、本当の意味で理解しきれないことはたくさんあって。当事者でないとその課題を語れないとは思わないけれど、自分も経験したほうが実になる発信ができたり、深くわかりあえたりすることがあるんじゃないかと感じたんです。

じつは、卵子凍結をして判断を先送りにする選択肢も考えました。でも、凍結したからといって必ず子どもを授かる保証はないし、あいまいな可能性に未来を託していいとも思えない……。そもそも授かったとして、本当に育てられるかだって不安です。それでも、何にもアクションしないまま年齢を重ね、産めない時期を迎えたとしたら絶対に後悔する気がする。だったら、まずいまのタイミングで、子どもを持つことに一度トライしてみたほうがいいんじゃないかと考えました。

それから、パートナーがすごくいい人だったから、自然に「この人の子どもを産みたい」と感じたのも理由のひとつだと思います。本当に、いろんな場面で支えてくれる人なんですよね。だから、この人の子どもとして生まれてきて、この価値観で育ててもらったら、子どもはすごく幸せだろうなと思いました。

撮影:HANA-STUDIO

――パートナーの方も、子どもを持ちたいという気持ちにはすぐに共感してくれたのでしょうか。

最初は、若干驚いたと思います。すでに一緒に住んでいたとはいえ、私がその話を切り出したのが付き合って一年足らずのタイミングだったので。もちろん将来のことを考えて付き合ってはいたけれど、話が急に具体的になったから、ためらいはあったんじゃないでしょうか。でも、彼も同い年で年齢のことを考えれば早いほうがいいのはわかるし、子どもを持ちたい気持ちもないではないということで、共感してくれました。その時点ではまだ結婚していなかったのですが、具体的に不妊治療を始めるには婚姻関係が必要だとわかり……そこで事実婚という選択を取ったんです。

――不妊治療をするには、婚姻関係が必要なんですね!? 知らなかったです……!

治療を開始する際に、婚姻関係を示す証明書を提出しなければいけないんです。日本において「妊娠・出産がいかに結婚と紐づけられているか」のあらわれでもありますよね……。法律婚じゃないとNGな場合もあるのですが、私が選んだクリニックでは事実婚でもOKでした。

――事実婚を選んだのはどうしてですか?

第一に、夫婦別姓を望んでいたからです。公私ともに「中道」という苗字で呼ばれることが多く、自分自身もそこにアイデンティティを感じている部分があります。それに、苗字を変更する側だけがさまざまな書類の手続きを負担する仕組みも嫌でしたね。社会的な制度が変わってほしいと願っていながら、現状の法律に迎合するのも納得がいかず、事実婚を選びました。もし子どもがほしいと思わなければ、事実婚の手続きをとる必要性を感じず、そのまま暮らしていたかもしれません。

※妊活に対する意識調査「妊活白書」2023年度版より(https://www.rohto.co.jp/news/release/2024/0301_01/

出産での機会損失を考えればきりがない、けれど

――はたらきながら治療をはじめて妊娠されるまで、どんなことがありましたか。仕事との両立はさぞ大変だったことと思います。

幸い夫婦ともに器質的な異常はなく、人工授精や体外受精まで進まずに授かったのですが、タイミング法(※)だけでもすごく大変でした。いままで本当に仕事中心だったうえ、プレイングマネージャーになったばかりの時期だったから、生活がとても不規則になっていたんです。クリニックで薬をもらって「今日タイミングを取ってください」と指示されても、忙しくてすっぽかしてしまうようなことが何度もあって……そのせいで、夫婦仲が険悪になった時期もありました。妊娠のチャンスは月一回しかないのに、自分のせいで貴重な機会や信頼関係を失ってしまって、「もう無理かもしれない」と激しく落ち込んだのを覚えています。

――不妊治療中のパートナーシップは、本当に難しい問題だと聞きます……。その局面を、どうやって乗り越えたのですか?

正直なところ乗り越えた実感はなくて、早期に子どもを授かれたことが幸運だったとしか言いようがありません。

できるだけ夫婦で会話する時間をとったり、彼に偏っていた家事の負担がイーブンになるように改善したり、自分なりに夫婦関係を修復するようには努めました。仕事への向き合い方を見直したのも大きかったと思います。これまでは心のどこかで「メディアの仕事は不規則だし忙しいのも仕方ない」と開き直っていたんですね。仕事は大好きだし大切なんだけど、私が働いているのは彼といい家庭を築いていくためでもあるんだから、そこのバランスはとらなきゃいけない。治療をきっかけにそう再認識できたのは、よかったかなと思っています。

ただ、そういう経験をしたことで、子どもを持つのはやっぱりすごく大変なんだとも感じました。仕事のフェーズを考えるとあと半年くらいはどうしても忙しいから、治療をいったん中断したほうがいいんだろうかと思ったり、それよりお互いの価値観をすりあわせるほうが先だとコミュニケーションを増やしてみたり……妊娠がわかったのは、そんな矢先のこと。もしもあのあともなかなか授からなかったとしたら、治療を続けられていた自信はありません。

――いざ妊娠をしてからは、いかがでしたか?

安定期に入るまで、周りに言えなかったのが印象的ですね。じつは、私は過去に低用量ピルを飲んでいて血栓症になったことがあり、ハイリスク妊婦に該当するんです。そのせいで希望していた病院から転院しなければならなくなったり、同じ持病の方が妊娠を断念された経験談なども目にしたりして、今後どうなるか本当にわからないと怖くなりました。なので、安定期に入るまでは上長にしか妊娠を伝えられていませんでした。周りに報告するタイミングって、みなさんすごく迷われていますよね。いままでもよく耳にしていた話だったけれど、その気持ちがすごくわかりました。

――安定期に入るまでが体調が安定しないのに、言えないのって苦しいですよね……。

そうなんですよね。私は寝込むほどのつわりじゃなかったのですが、それでもしんどかったです。貧血がひどかったので30分くらい歩いただけでもぐったりしてしまうし、気持ち悪くて動けない日もあるし。でも、周りに言っていないから、おおっぴらに仕事を減らすことはできない。しかもそのとき、NewsPicksで大型カンファレンスの開催を控えていて、いつも以上に忙しいタイミングだったんです。周りからも「やつれているけど大丈夫!?」なんて言われ、心配をかけてしまいました。

安定期に入ってようやくオープンにしたとき「もっと早く言ってくれたらよかったのに、水臭いよ」的なことを言ってくれた人もいて、すごくありがたかったのですが……自分としては、見通しが立たない状態の恐怖が勝りましたね。ただ、フルフレックスでリモート勤務にも対応しているので、病院の待合室からでも仕事ができるし、両立は比較的しやすかったと思います。妊娠5ヶ月に入った今年のはじめからは、いったんユニットリーダー業務からも離れたため、より働きやすくなりました。

――両立がしやすくなる一方で「妊娠していなかったらリーダー経験が積めたのに」と歯がゆくなることもありそうです。手放したキャリアのことを考えてしまうというか……。

それはめっちゃありますね(笑)。しょっちゅう健診に時間を取られ、産前産後の半年くらいは物理的に休まざるを得ないことを思うと、男性がうらやましいと感じる瞬間は多々あります。不妊治療だって、最初の検査が終わったら「旦那さんはもう来なくていいですよ~。希望あればはオンラインで」ですよ。こっちは絶対に行かなきゃいけないし、妊娠中はしっかり身体的な負担があるのに。

……でも、私がそのままリーダーのポジションにいたとしたら、産前産後はマネジメント不在で動かなければいけないメンバーが出てきてしまいます。それはやっぱりよくないし、無理やりポジションを守ってもらっても、いまは自分が組織に返せるものがありません。だから、やっぱり離れるのが最善だと判断しました。

NewsPicksのマネージャー職は昇進のコースというわけではないし、産んだあとに頑張っていけば、またいずれ打席が回ってくるとも思っているんです。出産での機会損失を考えたらきりがないし、若くに産んでいま仕事に打ち込んでいる人を見るとうらやましく思うときもあるけれど、そこはもう仕方ない。いまこういう経験をすることが、のちのち新しいチャンスに繋がるのだと信じてやっていくしかありません。

※排卵日を予測して、妊娠しやすいタイミングに性交渉を行う方法

自分の価値観やパートナーシップが、劇的に変化するかもしれない面白さ

――最後に、今後についてを聞かせてください。これからの生活で、どんなことが不安ですか?

いまのところの妊娠経過は順調ですが、生まれてくる子どもが重い病気を持っていたり、なんらかの特性があって特別なケアが必要になったりすることは、起こりえると思っています。いまは「3~4ヶ月育休を取ったらすぐに復帰したい」「小学校に上がるころには一段落するかな」なんて想定しているけれど、そのとおりにいく保証はどこにもないし、自分の力でコントロールできるものでもない。そう考えると、この先いくらでも不安ですね……。

――ものすごくわかります……! では反対に、これから楽しみなことは?

子どもが加わることによって、どんな経験ができるのかは楽しみです。夫が「子どもが生まれるって『いまの生活に子どもが増える』んじゃなくて『これまでAだった人生がCになっちゃう』くらい大きな変化だと思うんだよね。だから、覚悟を持たなきゃダメなんだと思う」と言っていたんです。そう考えると、何が起こるのか想定できなくてドキドキする。だけど、そういう変化は必ずしもネガティブなものじゃないし、自分の価値観が変わるほどの出来事が起きるかもしれないんだと思うと、わくわくもしますね。

――生まれてからどんなふうに家事育児を分担するか、なんてお話もされていますか? 

具体的な話はそこまでしていないけれど、どちらかに負担が偏らないようにはしたいですね。普段は夫のほうが家事をしてくれていますが、引っ越して通勤時間が長くなってしまったので、見直しが必要だなと思っています。でも「私が育児」「夫が家事」みたいな分業にはしたくないから、都度話し合ってベストなかたちを探っていければと。

――そうやってお互いの希望をすりあわせながら、いい仕組みをつくっていくためには、家庭内で何が大切だと思いますか?

お互いがどうしたいかを伝え合うことでしょうか。育児ってこれまでの何よりも夫婦の共同プロジェクトなんだろうから、相手の希望をしっかり聞いておかないと、どこかで齟齬が出そうな気がして。「相手はこうしたいんじゃないか」「きっとこうしてくれるだろう」と勝手に判断しないことが、まずは大事だなと思っています。育休や今後の育児と仕事の両立について相談するなかで、自然とお互いのキャリアについて深く話し合う時間も生まれました。意外とそういう話をしてこなかったので、子どもがコミュニケーションのいいきっかけになっていると感じます。

――最後に、組織や社会に必要な仕組みについても聞いてみたいです。子育てにも納得いく関わり方をしながら自分のキャリアもあきらめず働くには、これから何が必要になってくるでしょうか。

組織に対しては、成果の測り方を変えてもらわないと、これから働き続けるのがハードだなと感じています。いままでは自分自身も長時間労働で成果を出してきた面があるし、そういう社員のほうがチャンスの多い傾向にあります。もちろん今後も、自分なりに戦略を立てて成果を出すつもりではありますが、アウトプットだけではなく、過程の生産効率なども見てもらえる指標があったらいいなと思います。

長時間働けない人の評価については、多様な人材の登用を進めるうえで避けては通れない課題だと思うので、改善していけるといいですよね。「子どもを産みたくない」というマインドの人が増えたのは、そういうしわ寄せの多くが、これまで女性に偏っていたからでもあるはず。自分の経験や仕事を通じて、アップデートしていくべきところに目を向けてもらえる機会を今後も増やしていきたいです。


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