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新紙幣になっても思い出すのは貴方の

『海の揺らめきと 地球の呼吸だけ
   思い出すのは貴方の 思い出すのは貴方の』
     (Orangestar•Sunflower(feat.夏背))

この前、新宿の駅ナカにある「山本山」というお店でお茶漬けを食べた。
成人してしばらく経つが、まだ1人での外食は少々緊張する。高菜と明太子のお茶漬けを注文し、カウンター席に座る。お冷のコップが重ねて置いてあり、ピッチャーも目の前にあった。万歳、セルフサービスの水。
すぐお茶漬けが運ばれてきた。
「ほうじ茶をおかけになって召し上がりください」

ふむ。お茶がガラスの急須に入っている。こんな丁寧なお茶漬けがあるんだなあ。お茶漬けと言ったら永谷園一択で、いつもそれに白湯をかけて食べる私は、ほうじ茶もお茶漬けに使っていいんだ、と感心した。
お茶をご飯にかける。全部かけると多いな。お茶が結構残る。食べる。おいしい。無心で食べ終わったあと、残っているお茶が気になった。こんなおしゃれな店のほうじ茶なら、めちゃくちゃ美味しいんじゃないか?お冷の入っていたコップにお茶を注いで飲んだ。

咽せそうになった。
思いっきり出汁の味がした。

そりゃそうだ、ただのほうじ茶ならこんな美味しいお茶漬けになるはずがない。出汁顆粒を湯で溶かす永谷園とは違うんだよ。(永谷園大好きです)
とりあえず、飲んでしまったことはいい。問題は、この半分くらいほうじ茶(出汁入り)が入ったコップをどうするかだ。急須に戻すとしても、注ぐ音が目立つだろう。カウンター席だから、すぐ前に店員さん達がいる。コップに注いだ時点でバレているかもしれないけど。
となると、出汁まで飲みきるお茶漬け狂人と思われている方がましだ。飲み切るか。いや無理だ、次は絶対に咽せる。

二分ぐらい逡巡した私は、新しいコップを一個取り、それにほうじ茶の入ったコップを重ねた。
うん、半透明のコップなので、お茶の色が少々誤魔化せた。でも、コップが重なっている方が目立つんじゃないか?トレイを下げる時、いちいちコップの中身まで見ないかもしれないが、通常トレイに一個であるはずのコップが二個重なっていたら?
もう足掻くのはやめよう。腹を括った私は、気持ち大きめの声で「ごちそうさまでした」と言い残し、足早にお店を去った。

私はこういった「恥ずかしい話」を、積極的に他人に話す。なぜなら、笑ってもらえるから。私を笑うことで、私に親近感をもってほしい。つまりコミュニケーションのハードルを下げたいのだ。自分をとっつきにくいタイプだと思っているわけではないが、私からハードルを下げれば、相手もその分下げてくれる。私の前では、飾らなくていいんだと思ってほしい。そして互いに気を遣わない関係が築ければいい。「こいつ面白いな」と思われたいというエゴでもあるとは思うけど。

昔の私は、自分の「かっこ悪いところ」を絶対に人に知られたくなかった。いい子で、褒められる私でありたかった。弱さと失敗は一人で抱えて、他人に知られる前に克服すべきものだった。

小学生の時、友達と駄菓子屋に行くと、何やら騒いでいる女の子がいた。直接話したことはないが、いつも周りに人が絶えないあの子だった。
「せっかくのお年玉やのに、でも、どうしよう」
レジのおばあちゃんの前で、文字通り頭を抱えて悩んでいる。引き続き観察するに、どうやら千円札を崩すか崩さないかで悩んでいるようだ。これを買うならお年玉でもらって以来大切に取っていた千円札を崩すことになる、でも食べたい、ということらしい。周りの友達が、そんな彼女を囲んでげらげら笑っていた。
「千円くらいええやん」
「うちにとっては大事やねん!みんなはいつでももらえるかもしれんけど!うちお小遣い月500円やねんで!」

私の正直な感想は、「恥ずかしくないんかな」だった。クラスの誰がいてもおかしくない駄菓子屋でお小遣いの額を開示するなんて、私には絶対にできないことだった。彼女と同じ理由で、私にとっても千円札は大事だったから、なおさらだった。

中学生になった。駄菓子屋で見かけた時は顔見知り程度だった彼女と、同じクラスになった。同じクラスになって、彼女がなぜ人気者なのかが分かった。
彼女は弱みを隠さない。昨日お母さんに怒られた、と自分から話す。テストで悪い点を取ったら目に見えて凹む。相手が出来て自分が出来ない時は、教えてと言う。
彼女の横にいると、常に面白い。そして、自分もこのままでいいんだ、と思えるのだ。

彼女はもちろん、私に対しても弱みを見せてくれた。その度に私は、彼女の強さに触れた気がした。
本気で向き合うなら、どちらかが先に芯を曝け出すしかない。彼女は常に、先に傷つく覚悟を持って、曝け出してくれていた。
私は、少しずつ自分の失敗を人に話せるようになった。同時に、「自分」を認められるようになった。

彼女とはもう何年も会っていないけれど、千円札を見るといつも彼女を思い出す。
新紙幣になっても、変わらず思い出す。


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