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シニカルムーンフェイス

『秋の夜の 月にこころのあくがれて 雲ゐにものを 思ふ頃かな』

次第に秋めいてきた今日この頃、ふと台風一過の晴れた夜空に浮かぶ月を見つけるとこんな詩を思い出す。

秋夜の月へ心が遊離して雲の上で物思いにふけってしまう。なんて意味らしい。

けれども月が趣と風情に満ち満ちた美しい天体だった日々は今や昔。

21世紀の終わり頃からか、中途半端に発展した宇宙開発は民間にも浸透し始め、最も手頃な月は資本主義の亡者どもの犠牲となった。

まず、はじめに一流セレブ達が自前のロケットで月を目指し始めた。それに着想を得て旅行代理店の参入。月世界旅行は成功者の証、誰もが憧れる輝きの都。だがそれも次第に陳腐になり始め、いつの間にやら中流階級のハネムーンの鉄板に。もうしばらくすると学生に人気のデートスポットに。

そしてとうとう騒がしく低俗な風俗街に。

かつては気品と知性の象徴であった青白い天体は、今や下品なショッキングピンクでクレーターにネオンを垂らし、地球の夜空の一角を不健全なオーラで覆っている。

子供がぼうっと月を眺めようモノなら「あんなものは見てはいけません」なんて注意される始末。

異性に「月が綺麗ですね」なんて言おうモノならそれはいかがわしい誘いに他ならない。

かつては世界中に月の美しさを詠んだ詩が多くあったそうだが今ではこの有様。

むしろ、月の風俗街で生まれた娼婦の子供が月から見える地球に憧れて詩を詠むとか詠まないとか。

『地平より いでし青影懐かしむ 目からこぼるる 小さき海よ』 


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