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20世紀ウィザード異聞【改稿】3-③

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・スコーンが焼けるまで

 翌日からちまたは竜人の話で持ちきりになった。
 朗読番組の代わりに突然流された竜人の物語。あれは作り話なのか、実話なのか。それともいつもの番組での劇中劇なのか。
 昔、魔法使いを使って竜人狩りを煽った連中は大いに慌てた。ラジオ局に抗議し、竜人の話などでたらめだ、人間が悪者になるなどありえないと躍起になって否定する者も居たが、それは局側をにんまりさせるだけだった。良くも悪くも反響が大きいということは、それだけ多くの人間があの番組を聴いたということだ。
「文句言いたい奴は言えばいいさ。こいつは貴重な記録だ。絶対、ムダにはしないからな」
 録音技師の男は、竜人の声を納めたテープの大きなリールを見つめて、誰に言うでもなくつぶやいた。
 当初、番組が無断で差し替えられたことにカンカンになっていたスポンサーも、あまりの反響の大きさに態度を変えざるを得なくなった。もっと竜人の話を聴きたいという街の声が日に日に高まってきたからだ。
 ラジオ局で導入されたばかりの新しい録音方式のテープは、これまでより鮮明に音声を再現した。エレインの話は再放送され、そうなると他局も争ってあちこちで埋もれていた竜人の話を取材するようになった。

 そんな日々の中、ユーリアンが一通の電報を握り締めて飛び込んできた。「やったぞ、からくり箱の底が抜けた!」
 オーリはユーリアンから受け取った紙片に目を落とした。悪名高い竜人管理区が年内に廃止されることになった文面が綴られている。
「また急な話だな。理由は?」
「予算難」
 ユーリアンが笑いを堪えた顔で答えた。
「世知辛いな」
「ああ、でもそれがこの国の偽らざる台所事情さ。貧乏万歳! 竜人なんて表向きは居ないことになってるだろ? いないものをわざわざ隔離したり管理区を維持したりする予算はない、というのが一応の理由だ」
「じゃ、実際の理由は他にあるってことか。まあいい、ともあれおめでとうだ」
 答えるオーリに笑顔はない。
「なんだ、もっと喜べよ。エレインはこれで晴れて自由に……おい?」
 驚くユーリアンの目の前で、エレインが悔しそうに両眼から涙を溢れさせた。
「あたし、喜べない」
 ギリリと音を立てて、椅子の背に爪が食い込む。
「だってそのためにステフは……」
 オーリは爆発しそうなエレインをなだめるように抱き寄せて、同じく沈痛な表情をした。
「あの子、そんなに悪いのか?」
「ああ。ラジオ局から帰ってきて、ずっとだ。ガートルード伯母があらゆる術を使って回復させようとしているけど、意識が戻らない――戻らないんだ!」

 * * *

 エレインの声が電波に乗ったその日、ステファンは首都に居た。
 もはやイタズラどころではない大がかりな『喉乗っ取り魔法ピリニマ・ロクィ』を成功させるには、ラジオ局側にも2人の魔力を持つ者が必要だと聞いていた。
 声を受け取るいわば『受信機』役の魔女、そしてもうひとり、語り手であるエレインの声を良く知る者。オーリは当然、エレインの傍に居なくてはいけないから、後者はステファンが引き受けることになっていたのだ。難しい仕事ではない、魔女と手を繋いでいればいいと聞いていた。ただ心を空にして、エレインの声を自分の喉に宿らせる――声変わり前の11歳の少年には、適役のようにも思えた。
 初めて見る都会のラジオ局で、物珍しさに目を輝かせながら、ステファンはオーリから借りたローブにしっかりとくるまっていた。電気系統に影響を与えないように魔力を抑えるには、自分の小さなローブでは間に合わないからだ。前日のテストで、こんな魔法は初めて見たと興奮気味に言う局員たちにキャンディなどもらい、どきどきしながら魔女の到着を待った。

 ところがアクシデントが起きた。
 首都の空気はあまりにも汚かったのだ。
 ただでさえ車やバスが増え、排気ガスでどんよりしていたところに、この日は急に冷え込んだせいで、家々のストーブに大量の石炭がくべられた。その煤のせいで街の上空は一寸先も見えないほどに濃いスモッグが満ちてしまった。
 年老いた魔女はその中を懸命に飛んで来たものの、ラジオ局に辿り着く頃には消耗してもう呼吸さえおぼつかず、とても『受信機』の役は務まりそうにない状態になってしまっていた。
 放送の時間は迫っていた。『中止』の声が囁かれるのを聞いたステファンは、夢中で叫んでいた。
「止めちゃだめだ! ぼくが2人分の働きをします。魔女さん、声の受け取り方を教えて!」

 オーリが小さな弟子のあまりにも無謀な行動を知ったのは、放送終了後のことだった。
 ステファンを迎えに行ったガートルードは、おいおいと泣き崩れる魔女の横で魂が抜けたように転がる少年の姿を見て、全てを察した。

 そして1週間。治癒魔法に長けた魔女が入れ替わり立ち代りステファンの治療にあたってきたが、体力も魔力も充分に回復したはずなのになぜか意識だけが戻って来ないのだ。
「ステフ、ステファン」
 小さな額に自分の額を押し付けて、もう何度呼びかけたか知れない名前をオーリが呼び続けていた頃、階段下から甲高い声が響いてきた。
「どいて、どきなさい! 母親のあたくしが会いにきたのです、治療中だろうが知るものですか。息子に会わせなさい!」
 勢い良く開いたドアの内側で一瞬立ち止まった小柄な婦人は、魔女達を押しのけてベッド脇に駆け寄り、ひざまずいていたオーリを突き飛ばすようにして息子に取りすがった。
「ステファン!」
 強引に魔法を中断されたオーリが眩暈してうめくのには構わず、ミレイユは両手で息子の頬を挟んで呼びかけた。
「聞こえて? 聞こえるわね、お母さんよ! 目を開けてちょうだい!」

* * *

 灰色の濃い霧の中を、ステファンは歩いていた。

 前へ? 後ろへ? 右へ? 左へ?

「参ったなあ。迷子になっちゃった」

 立ち止まり、周囲を見渡してため息をつく。ため息は透明なつむじ風となり、目の前の霧を一瞬、晴らした。

「あれは……?」

 霧の向こうに見晴るかす、緑の渓谷。その中を駆けてゆく赤い髪。
 けれどそれらはすぐにまた、濃い霧に隠されてしまった。
 ステファンはしばらく茫然としたが、すぐに口元に笑いを浮かべた。

「隠してもだめだよ。ぼくにはちゃーんと見えるんだ」

 そして目を閉じ、息を詰めて意識を集中する。頬に風を感じて再び目を開くと、渓谷の様子は一変していた。
 あちこちで上がる黒煙。眩い火花と、銃声。怒号。悲鳴。
 知っている。これはオーリの絵で見た、エレインの話で聞いた、フィスス族最期の日の光景だ。ステファンは身震いし、走り出していた。

「やめて! 竜人は悪くないのに!」

 そう、知っている。この後、エレインの父も母も、誇り高き仲間も皆、全滅することになるのだ。けれどそんなことを目の前で見たくない。1人でも2人でも生き残っていて欲しい。でないと、エレインはひとりぼっちになってしまう。

「逃げて! 魔法使いは残酷なんだ、みんな逃げてってば! エレ……」

 黒い煙にむせた。呼吸ができない。すぐ足元で火花が飛び散った。

「危ない!」

 突然誰かに腕を引っ張られて、ステファンは再び霧の中に戻った。
 咳き込んで呼吸を取り戻しながら、どうしてと抗議しようと顔を上げる。

「過去は、取り消せないんだ」

 霧の向こうで静かな声が語りかけた。どこかで聞いた声だ。

「どんな許せない過去でもだ。もっと早くに気付くべきだった。答えは現在と、未来にしか探せない」

 霧をかき分けて、その人が歩み寄る。次第にはっきりと顔が見えるようになると、見覚えのある鳶色の目がまじまじとこちらを見ているのに気付く。

「お前……ステファン? ステファンなのか?」

 間近で自分の名を呼んだ人の顔を見て、ステファンは驚き、息を飲んだ。そして次の瞬間には飛び上がって首に抱きついていた。

「お父さん――お父さん!」

「ステファン!」

 紛れもない、これは父だ。父の顔、父のにおい、父の声。なにもかも、2年間頭の中で忘れないように何度も思い出していた、そのままの父だ。

「信じられない。どうやってここへ? ひとりで来たのかい?」

「うん。あのね、ぼくピリニマ・ロクィっていう、声だけを送る魔法のお手伝いをしたんだ。そしたら……」

 ステファンは覚えている限りの事情を話した。

「なんだって? そんな難しい魔法を手伝ったのか。なんて無茶をするんだ、お前は」

 オスカーは言いながらも、誇らしそうに息子の頭をくしゃくしゃにした。
 けれど懐かしい温かな腕がしっかりと自分を包んだのを感じた途端、ステファンは猛烈に怒りを感じて、父の肩を、頭を、力任せに叩き始めた。

「なんで! どうして出てっちゃったんだよ! ぼくの誕生日だったのに! 何にも言ってくれないでさ! ひどいよ、ずるいよ!」

「ステファン、そうだったね」

 涙と一緒に押さえようとしても溢れてくるものを飲み下し、ステファンはそれまで一度も口にした事のない言葉を思いっきり吐き出した。

「お父さんの、ばっかやろう!」

 父の腕に力がこもる。ステファンはなおも泣き喚いた。

「お母さんもだあっ! いつもいつも怒ってばかりで、ぼくの言うことなんてちっとも聞いてくれなくて! もういい、ぼくは魔法を覚えたら悪い子になってやるんだ! エレインに、うんと悪い言葉を教わってやる。お母さんの、ば……」

 大きな手が口を塞いで、ステファンにそれ以上の悪口は言わせなかった。

「お前は、悪い子になんかならないよ。前に言っただろう、この世に生まれてきてくれただけで、もう既に『いい子』なんだって」

 オスカーの目が笑っている。ステファンはしゃくりあげながら、自分と同じ色の目を見つめ返した。

「ステファン、今わかったよ。おまえはお父さん達に対して、本当はずっと怒ってたんだね? 怒ってたのに、誰にも言えなかったんだね?」

 涙でぐしゃぐしゃになった顔で、このまま父の手に噛み付いてやろうかと思ったがそれはできず、ステファンはひと言だけ返した。

「――うん」

 オスカーはもう一度しっかり抱きしめてくれた。ごめんな、という声が聞こえたようにも思ったが、もうそれはどうでも良かった。ステファンは父の肩にしばらく顔を埋めてから、腕を突っ張って地面に飛び降りた。

「でも、ぼくはもう11歳なんだよ。自分の杖だって持たせてもらったんだ。だから」

「だから?」

「お父さんのこと、許してあげてもいい」

 自分でもひどく幼稚な言い方をしてしまったと思い、急にステファンは恥ずかしくなって顔を背けた。

「そうか、許してくれるのか。お母さんのことは?」

「お母さんは……」

 言いかけて、ステファンはふと誰かに呼ばれたような気がして振り向いた。

 呼んでいる。オーリが、エレインが、マーシャが。いやもっと多くの声が、懸命に自分を呼んでいる。そして……

「お母さんの声だ」

 ステファンの耳に、はっきりとそれは届いた。初めて聞く、ミレイユの泣き声。

「帰ろう、お父さん。お母さん泣いてる。早く帰らないと」

「帰ったら、お母さんのことも許してくれるかい?」

「うーんと、わかんない。だってさ。お母さんは、お母さんだもの」

 ステファンは半分照れくさい思いで答えた。オスカーが笑ってうなずく。

「先に帰りなさい、声がするほうへ。それが出口だ」

「お父さんは?」

「別の出口から帰るよ。なに、すぐに追いつくから」

 手を振るオスカーにきっとだよ、と念を押して、ステファンは自分を呼ぶ声に向かって駆け出した。

*  *  *

「どうして目を開けてくれないの……」
 何度呼びかけても反応のない息子の手を握り締めて、ミレイユはさめざめと泣いていた。けれどひとしきり泣いた後、ふと自分の手首の内側にある腕時計を見、ベッドの枕元にある置時計を見て、涙をぬぐった。
「まあ、この時計ったら1分も遅れているじゃないの。いけません!」
 周囲の呆れた顔を無視して置時計の針をきっちりと合わせると、やおら立ち上がり、腹に力を込めて声を放った。
「ステファン・ペリエリ! 何時までそうしているつもりです、いいかげんに起きなさい、遅刻しますよ!」
「はいっ!」
 突然はっきりとした返事を返し、鳶色の目が開いた。
 おおお、と魔女たちがざわめく。
「ス、ステファン?」
「ステフ、目が覚めたの?」
「坊ちゃん!」
 拍手と歓声が起こる中、オーリとマーシャが両側から駆け寄った。

 ミレイユはその場で放心したように座り込んだ。エレインが気付いて、そっと抱え上げ、ステファンの脇に座らせる。
「お、母、さん」
 一音ずつ確かめるように言いながら、ステファンは手を伸ばして母の顔に触れた。
「この子は……まったくもう、この子は11にもなって! 相変わらず寝起きが悪いんだから!」
 灰色とも緑色ともつかぬミレイユの目から、何粒もの涙がステファンの顔に降る。ああ、お母さんはこんな目の色をしていたんだな、とぼんやり考えながら、ステファンは妙に心地よい思いで母を見つめた。ええと、お母さんを許すんだっけ、許さないんだっけ……まあいいか。

 突然、ドンドンドンと何かをノックする音と共に、篭ったような人の声がした。一同は顔を見合わせ、声を辿って視線を巡らす。オーリはベッドの下を覗き込んだ。
「こいつから聞こえてるんだ」
 オーリが引っ張り出したのは、古い革製のトランクだった。ステファンが家を出る時にどうしても持って行くと言って譲らなかった、オスカー愛用のものだ。
「お父さん……」
 ステファンのつぶやく声に何かを察したように、オーリが指を弾いた。火花と共に革ベルトが一斉に外れ、トランクの蓋が勢い良く開く。と、中から何者かの上半身が飛び出してきた。
「オスカー!」

 トランクの中は『保管庫』の本と同じように広い空間がひろがっている。オーリとユーリアンが左右から腕を引っ張ってオスカーの身体がすっかり出てしまうと、空間は音もなく閉じてただのトランクに戻った。
「やあ、オーリにユーリアン。ここは? 今日は何日だ?」
「12月12日……」
 茫然としたままでオーリが答える。オスカーはぐるっと部屋を見回し、ステファンの枕元にある小さな置時計に目を留めた。「12時12分。ぴったり、計算どおりだ。やあ、ミレイユ」

「このっ……!」

 オーリがオスカーに掴みかかった。そのまま殴りつけるのではと肝を冷やしたマーシャが止めようとしたが、彼はそのままステファンの隣にオスカーを突き飛ばした。
「何が『やあ』だ、なにを呑気に! まず謝れオスカー、家族にも友人にも。どういうわけだか全部説明してもらうぞ!」
「もう、謝ってもらったよ」
 か細い声がして、ステファンの顔が横を向いた。自分の隣に落ちてきたオスカーに手を伸ばし、これ以上の幸せは無い、というような笑顔を見せる。「お帰り、お父さん」
「ただいま、ステファン」
 父子は笑い合い、再びしっかりと抱き合った。

「まあ、なんてこと!」
 ミレイユの甲高い声が部屋に響いた。
「オスカー、あなたという人はどうしていつもいつもそうなの! 出かける時も突然なら帰るのも突然なんだから! 第一ここはよそ様のお家なのよ、カバンの中から入ってくる人が居ますか、お玄関から入っていらっしゃい!」
 ひと息でまくし立てる声に皆が呆気に取られている中オスカーは、
「わかった!」
 と答えて弾かれたように廊下に飛び出した。玄関はこっちだな、という声と階段を駆け下りる音が聞こえる。
「お母さんったら……」
 困惑するステファンをよそに、細い眉を吊り上げたままのミレイユは足音も高く玄関に向かう。マーシャが慌てて後を追った。

 玄関ベルが鳴る。マーシャが扉を開けると、妙に改まった顔のオスカーが立っていた。
「突然お邪魔してすみません。こちらにミレイユというご婦人はいらっしゃいませんか?」
 マーシャが答える前に、ずい、とミレイユが進み出た。
「あたくしがミレイユですわ。ミレイユ・リーズ」
 皮肉たっぷりに旧姓を名乗ったミレイユの手をオスカーの両手がしっかりと握った。
「オスカー・ペリエリと申します。もう一度どうしても貴女にお会いしたくて、はるばる戻って参りました」
 鳶色の目に強い光りが踊っている。段差の上から見下ろすミレイユは硬い表情を崩さないまま、ちょっとだけ頬を染めた。
「まあ……まあ、お2人とも。さあどうぞお家の中へ。暖炉の前でゆっくりとお話くださいまし」
 マーシャが目尻の涙をぬぐいながら笑って、2人を居間に導こうとした。オスカーが鼻をひくつかせて顔を輝かせる。
「スコーンの匂いだ。ああ、懐かしい! この2年間、何かを食べるってことを忘れていたからなあ」
「ええ、もうすぐ焼きあがるところですよ。2階の皆さんもお呼びしてお茶にしましょうかねえ」
「では、あたくしもお手伝いいたしますわ」
 ミレイユはオスカーの手を振り払い、背中を向けたまま小さな声で付け足した。
「オスカーのお茶の好みは、あたくしが一番知っておりますから」

 暖炉に新しい薪が加えられた。
 2階に居た魔女たち、エレイン、ユーリアンがお茶の席に着く。昼寝から覚めたばかりのアーニャもいる。そしてステファンは毛布にくるまれたまま、オーリに抱えられて下りてきた。だっこなんて小さい子みたいで嫌だ、と彼は駄々をこねたが、ひとりで歩くほどにはまだ回復していない、とどうしてもオーリが許してくれなかったのだ。
 お茶をミレイユに任せて、マーシャはスコーンの焼け具合を見た。いい色になってきたが、もうひと呼吸置かなくては。美味しいスコーンを食べるには、急いではいけない。ものごとには必要な手順と、掛けねばいけない時間があるものだ。

 そう、時間ならこれからいくらでもある。じっくり、じっくり。

 やがてオーブンから取り出されたキツネ色のスコーンは、美味しそうな甘い匂いを放つだろう。

・謎解きの答え合わせ

 誰もが、聞きたいこと、話したいことを山ほど抱えていた。
 そして誰もが我先にしゃべろうとしたので居間の中は騒然とし、ガートルードは何度も立ち上がって厳しい声で場を収めねばならなかった。
 ミレイユはほとんど口を開けたままで聞いていた。無理もない。これまで魔法など頭から否定し、まして竜人など存在すら知らずにいたというのに、この場に飛び交う言葉のほとんどは彼女が誇る『常識』の範疇はんちゅうを超えているのだから。 
 
 そんな母を半ば気の毒に思いながらも、にぎやかな部屋の中でステファンは幸福だった。暖かい部屋とふかふか毛布。熱いお茶とミルクの匂い。焼きたてスコーンに、マーシャが奮発したジャムとクロテッドクリーム。テーブルの上には魔女や「ソロフの兄弟」たちから届けられたお見舞いのお菓子が山のよう。
 オーリの隣にはエレイン。
 ユーリアン夫妻と、昼寝から覚めたばかりの小さなアーニャ。
 最初は怖いと思っていたけど、治療を懸命にしてくれた、あんがい人の好い魔女たち。
 そしてなによりも、今は傍に両親がいる。父と母の真ん中に座るステファンは、満ち足りた思いで代わる代わる2人を見上げた。

「さて、では」
 両手をパン、と叩いてユーリアンが立ち上がった。
「謎解きの答え合わせをしようぜ。オスカー、吊るし上げにされる覚悟はできてるか?」
 悪い顔で笑うユーリアンにオスカーは苦笑してうなずいた。
「まずは君自身のことだ。オーリが言ってたんだ、君には過去へ自由に旅をする能力があるんじゃないかってね。それは本当か?」
「本当だ」
 おお、とかムゥ、とかいう声が部屋に広がった。
「証明できるか?」
「できないね」
 あっさりと降参の仕草をして、オスカーは手を広げてみせた。
「証拠の品がない。いくら過去をつぶさに観ることができても、その時代の物に触れたり手を加えたりするのはタブーだからね。木の葉1枚、石ころ1個、持ち帰れやしないんだ」
「そうじゃ。異時間移動魔法における禁則というもんがある」
 老魔女のひとり、リンマがぼそりとつぶやいてうなずいた。
「まあ、時間を遡るなんて自然の理に反することだわ。不真面目です!」
 ミレイユに叱られて、オスカーは鼻を掻いた。
「うん、ミレイユに信じてもらいたくて、なんとか証拠を撮ろうとカメラを持って行ったこともあるんだがね。フィルムには何も写ってはいなかったよ。遺跡の発掘チームに参加した時には定説を否定するようなことばかり主張するから、よく仲間に言われたよ。オスカー・ペリエリ、お前の説は面白いが荒唐無稽だってね。悔しいが、貴重な遺跡が埋もれているはずの場所が地雷原になっていて、歯がゆい思いをしたこともあったな……」
「証明なんかできなくても、オスカーに力があることは信じるよ。だが忘却の辞書を使った事情やあんな手紙を残したいきさつは説明してもらいたいね」
 オーリが水色の目をじろりと向けた。まだ少し怒っているようだ。
「こいつは拗ねているのさ。そんな面白い魔法を使うんならなぜ事前に教えてくれなかったのかってね」
 ユーリアンは茶化すようにオーリを見やり、それから真顔になってオスカーに向き直った。
「で、どうなんだ。やっぱり覚悟の上であの辞書を使ったのか?」
「そうだ。あの紙を切り取った時点で辞書の魔力が溢れ出すのは知っていた。だから11月の聖花火祭の夜に辞書を使い、手紙をガーゴイルに託して、僕は旅立ったんだ」
「旅立ったって、あのトランクの中から? もう、お行儀の悪い」
 ミレイユが細い眉をしかめた。
「誰もお父さんが出て行ったのに気付かなかったはずだ……」
 ステファンは今さらのように、自分があの古いトランクを持っていきたい、と言い張った時のことを思い出して複雑な気分になった。
「でもガーゴイルが手紙を届けたのは12月。なぜ1ヶ月も空白があった?」「ひとつには、隠しておく為。世界中を回らせたんだ。なにせこっちは魔法道具の使い手としてはルール違反をしてるんだから。『魔法監理機構』にでも知られたら、手紙まで取り上げられかねない。それじゃ困るんだよ」
 すらすらと答えながらオスカーはジャムつきスコーンを齧り、美味そうにお茶を飲んでいる。
「カンリなんとかって、前に先生が言ってたとこ?」
「そうだ。魔法使いや魔女にだってね、秩序はあるんだよステフ。いろいろ禁則を設けてるし、違反すれば罰も受けなきゃいけない」
 ステファンに簡単な説明をして、オーリは難しい顔をした。
「ルール違反って。何をやらかした、オスカー」
「うん、まあ。正直に言うとね、辞書を使ったのは1度だけじゃない。何度か過去に戻って、書き込んではやり直し、を繰り返したんだ」
 唖然とする一同の前で、オスカーは悪戯を告白する子どものような顔をした。

「なんと、オスカー・ペリエリ! わかっとるのかえ? 忘却の辞書に書き込めるのは、一人につき1項目だけじゃぞい」
「それなのに過去に戻って何度も書き直した? なんたることよ、辞書の禁則と時間の禁則、両方を破ったことになるわえ。監理機構に知られずとも懲罰もんじゃ!」
 タマーラとゾーヤが皺に埋もれた目をひんむいて非難の声をあげた。
「わかってますよ魔女さん。だから罰は甘んじて受けたんだ」
「罰って……2年間、この世界から消えちゃうってこと?」
 父と再会した場所――灰色の濃い霧に閉じ込められたような世界を思い出しながら、ステファンは恐る恐る口を開いた。
「島流しのようなもんよの。『シムルゥの間隙』というてな、この世とあの世の境にある世界よ」
「そこではあらゆる時間を行き来することができるが、自分の時間は流れぬ。意識はあるが、誰とも言葉を交わせず、働きかけることもできぬ。と言うて死ぬこともできず、まあ生きながら幽霊になるようなもんだわ。普通は1年と待たず精神が壊れてしまうもんだがの。まともに生きて帰る者は稀じゃわえ」
 魔女たちが歯の無い口で説明するのに割り込んで、オーリが身を乗り出した。
「そうだ、どうやって帰ってこれたんだ? あの12本の罫線は、やはり何かの時限魔法なのか?」
「条件付き時限魔法、ってやつかな。古書の中で偶然見つけた、まあ抜け道のような方法だ。『外なる鍵と内なる鍵、12の魔の目といまだ開かざる魔の目、5つの12』これらの条件がすべて揃わなければ時は満ちないんだから、賭けのようなものだな」

「まてまて、この謎かけは僕も解こうとしたんだ。まだ答えを明かすなよ、オスカー」
 ユーリアンがメモを取り出した。
「まず最初の一節。いきなり難題だ。『外なる鍵と内なる鍵』なんだろうな……」
「ねえトランクの鍵はどうなってた?」
「いや関係ないでしょ、オーリが解錠魔法でバチッと開けちゃったし」
「何かキーワードでもあったのか」
「この上まだ謎を増やすなよオーリ。開けゴマ、ってか?」
 大人たちの迷推理を聞きながら、ステファンは落ち着いて答えた。
「ぼく解るよ、それ。お母さんと僕で同じ夢を見て辞書の魔法を解いちゃったことだ」
 一同が顔を見合わせた。
「正解」
 オスカーが満足そうに手を叩く音が響く。
「なぁる……魔力の無いミレイユさんは『外なる鍵』、ステファンが『内なる鍵』というわけか」
「冗談じゃありませんわ。勝手に人を鍵扱いしないでちょうだい」
 ミレイユがオスカーを睨んだ。

 まあまあ、と手で制してユーリアンが続ける。
「『12の魔の目』というのは多分、あの辞書と手紙の謎解きに関わった6人の魔法使いと魔女のことだ。違うか? 僕、トーニャ、オーリ、ステファン、ソロフ師匠に、大叔父様」
 指を折りながら数えるユーリアンの横で、オーリが考え込んだ。
いまだ開かざる魔の目、とは?」
「まだ開かないってことはいずれ開く……魔力を持つ目、か。うーんなんだろうな」
「トーニャのベビー。そうでしょ?」
 こともなげにエレインが答えた。オーリが膝を打つ。
「エレイン、そうだよ! なぜ解ったんだ?」
「普通そう思うわよ。お腹の中でまだ目を開いていない、でもすでに魔力があるから魔の目、ってことでしょ」
「女性の勘ってのは、時々恐ろしくなる……」

 オーリが頭を抱える隣で、トーニャが手を挙げた。
「あら、でもちょっと待って。オスカーがいなくなったのは2年前よね? 娘のアーニャが生まれて間もなくのころよ。『いまだ開かざる魔の目』が今お腹にいるベビーだとして、2年前はこの子の存在なんて誰もわからないはず……」
 トーニャにうなずいて、ユーリアンが眉を寄せた。
「オスカー、まさか君は未来にまで飛べたんじゃないだろうな」
「いや、それはここにいる小さな魔女の力だ」
 オスカーの言葉に、皆は一斉にアーニャを見た。小さなアーニャはきょとんとして齧りかけのお菓子から口を離した。
「トーニャ、2年前に君の出産祝いに行ったことを覚えているかい? 生まれたばかりのアーニャが、まさに今、皆で集まっているこの場面を見せてくれたんだ、ほらこうして」
 オスカーは人差し指をアーニャに差し出した。アーニャは握手するようにその指を握り、なんでもないことのように
「おかえちゃーい(お帰りなさい)」
 と答えた。
「あの時、壁のカレンダーに1952の文字が見えた。そして君たち家族に新しいベビーが仲間入りするらしいこともわかった。だから未来に希望を託して時限魔法を使うことができたんだ」
 ステファンは壁の赤いアドベントカレンダーを見た。毎日ひとつずつ数字の窓を開けていくやつだ。残り少なくなった窓の上には、確かに1952と今年を示す数字が書かれている。
「アーニャ!この子ったらそんな力があったの?」
「でかした、さすが我が娘!」
 トーニャとユーリアンは両側から愛娘を抱きしめて頬ずりし、皆は口々に歓声をあげて小さな魔女を褒めたたえた。

「そういうことか……」
「お前は理屈で考えすぎるんだよオーリ。『5つの12』これなんて、単純に今日の日付と時間のことだったんじゃないか」
 ユーリアンが再びメモを手にした。
「12月12日、12時12分か。ええと、秒数まで指定してたとすれば……」
「いや、まさかそこまではね。トランクから出るまでだって何秒かかかるんだから」

「12回目」
 ミレイユが小声でつぶやいた。
「なにがです?」
「今日は……その、12回目の記念日、なんですわ。オスカーと、あたくしの……」
「あ、結婚記念日だ! そうだよね、お父さん」
 オスカーはうなずき、ちょっと拗ねた顔でそっぽを向いているミレイユを見つめた。
「覚えていてくれたとはね、ミレイユ」
「あ、当たり前ですわ! あなたこそ、とうに忘れてらしたんじゃなくて?」
 落ち着きなく手元でハンケチをくしゃくしゃしながら、ミレイユは怒ったような困ったような顔をしている。

「でも、おかしいな」
 ステファンは首を傾げた。
「なぜぼくは簡単にお父さんに会えたんだろう。誰とも言葉を交わせない場所だったんでしょう? でもぼくは普通にお父さんと話せたよ。それに……」
 怒りに任せて父をさんざん叩いた、とは言わず口の中でゴニョゴニョとごまかした。
「どこでオスカーに会ったって?」
「あの、さっき目が覚める前に、夢の中で」
 答えながらステファンは自分の言葉の矛盾に気付いた。そう、『夢の中』だったのだ。実際に父と会話したり、触れたりしたわけではない。
「お父さん。お父さんからぼくはどんな風に見えてたの? 声は聞こえてたよね?」
「ちゃんと聞こえてたよ。姿も見えたし、ポカポカ叩かれた時は痛かった」「まああっ、お父さんにそんなことをしたの?」
 咎められてステファンは首をすくめたが、ミレイユはそれ以上叱るわけでもなく、気持ちは分かるわ、とつぶやいて頭を撫でてくれた。

「先生、あれって同調魔法みたいなもの?」
「いや。君は『ピリニマ・ロクィ』でエレインの声と同調するうちに意識が深く沈んでしまって、ほとんど死に近い場所に居たんだ。きっとそのためにオスカーの居た『シムルゥの間隙』に入り込んでしまったんだと思うよ。でもそれは、同調魔法とは似て非なるものだ。前に君は、ソロフ師匠の童心に会って声や触感まで現実のように感じ取っただろう。今回はおそらくその逆のことが起こったんだと思う。――まあ、勝手な推論だが」
 ふーっとため息をついて、ユーリアンが呆れたように椅子にもたれた。「なんともはや、君ら親子ときたら、とてつもないな!」

「まあまあ、難しいお話だこと。それよりお茶のお代わりはいかが」
 マーシャが熱いお茶を勧めて回った。
「親子なんてね、そんなものでございますよ。魔法なんて使わなくても、心を通わせようと強く思えばちゃあんと繋がるもんです。そうでございましょ、ミレイユ様」
 突然話をふられて、ミレイユは慌てて咳払いをした。
「そ、そうですわね。前にステファンが手紙で教えてくれましたわ。あたくしが夢で見たのと同じ光景を見たと。そのおかげであたくしは、ウルリク兄さんのことを思い出し……そうだわ、オスカー!」
 厳しい声で呼ばれて、オスカーは姿勢を正した。
「ステファンが教えてくれましたわ。あなたって人はよくもまあ、無断で人の記憶を消すなんて失礼なことを! そもそもあなたがそんな勝手なことをするから、こんな騒動が起きたんじゃありません? 反省なさってるの?」「お、お母さん。だってそれは、お母さんのために」
「お黙りなさいステファン。だいたいねオスカー、あたくしはそんなに弱い人間ではありません。ウルリク兄さんのことだって、ちゃんと実家に行って話し合って……話し合って……」
 まくし立てていた声が急にしぼみ、ミレイユは膝の上に視線を落とした。「あたくし、生まれ変わりなんて信じませんけど。どうしても、ステファンを見る度にウルリクの小さい頃と重ねずにはいられなくて、それが恐くて。けどこの前実家に行って久しぶりに写真を見たら、思っていたほど2人は似ていなかったわ。そうよね、もともと違う人間なのだし。あたくしが勝手に息子と兄のイメージを結び付けてただけだと気付きましたの。だから……」
 おろおろしているステファンの顔をなでて、ミレイユは苦い微笑を浮かべた。
「あたくし、やっと分かりましたの。この子はステファン。ウルリクとは違う男の子。オーリ先生からの電報で意識が戻らないと知ったときは、また同じ悪夢を繰り返すのかと心臓が止まりそうだったけど、ちゃんと戻ってきてくれましたもの」

「そのことに関しては申し訳なく思っています。貴女がた夫婦のだいじな一人息子を危険にさらしてしまった」
 オーリは立ち上がると、右手を胸に、ジグラーシ流に頭を下げた。ユーリアンもそれに倣う。なんとガートルードも、3人の治療の魔女たちも、大きなお腹のトーニャまでもが膝を折って頭を下げた。
「あら……あら、あら」
 ミレイユは恐縮してしまい、両手を口元で合わせて、どうしましょうというようにオスカーを見た。オスカーはうなずきながら微笑む。
「大丈夫、この子は力があるって言っただろう」
「そうね、あたくしには理解できない力ですけど」
 ミレイユはちょっと拗ねたように言い、もういいわというように両手を開き、頭を横に振った。

わたくしからも言っておかねばならないことがあります。ステファン・ペリエリ」
 ガートルードに名を呼ばれてステファンは緊張したが大魔女の水色の瞳は優しく微笑んでいた。
「よく《こちら側》に戻ってきてくれました。ラジオ局での行動は無謀であったとはいえ、結果的に多くの者を救ったのですよ。我々は感謝せねばなりません」
 そんな大げさな、とステファンは毛布の中で肩をすぼめた。実際のところ、自分が何をやったのかあまり覚えてないのだ。
「聞きなさい、小さな魔法使い。あの日のブラスゼムで何が起きていたか? ただ空が汚れていただけではないのですよ」

 12月5日の首都の空に満ちていたのは、単なるスモッグだけではなかった。
 竜人を街から追い出し管理区に追いやってから、首都ブラスゼムには目に見えない邪気や微細な魔物たちが簡単に入り込むようになっていた。人の希望を奪い、生きる力を奪おうとするそれらは年月とともに澱のように溜まり、汚れたスモッグと撚り合わさり、街全体を喰おうとしていたのだ。

 竜人は魔法使いの守護をするだけではなく、彼らが住む「場」を護る働きをしていたのではないか?

 人間たちは今回の『スモッグ事件』でようやくそれに気づき、だから大慌てで竜人を呼び戻し、管理区の廃止を決めたのだという。

「だったら感謝しなくちゃいけないのは、ぼくに、じゃなくて竜人たちに、じゃない?」
「もちろんですよ。彼らへの感謝と償いも、急いでせねばなりません。間に合ううちに」
「じゃあ…じゃあ」
 エレインが緑色の目を大きく見開いて立ち上がった。
「あたしたちはもう野蛮な怪物じゃないのね? 人間と一緒に居ていいのね?」
 エレインが両眼から涙を散らせ、よかったあ! と言いながらガートルードに飛びついてきた。大柄な魔女は突然のことに戸惑いながら、よしよしとその背中をさすって言った。
「竜人と共に生きる意味を、人間に気づかせたひとつのきっかけがオーレグ、いえオーリローリの絵。そしてこのフィスス族の娘が語った話。その声をラジオの電波に乗せたのがステファンなのですよ。皆、自分の力を誇りなさい」

 部屋に歓声と拍手の音が満ちた。
 エレインはステファンとミレイユにもハグしてきた。怪力ハグではない、人間流にちゃんと手加減したハグだった。オーリ、ユーリアン、オスカーは握手を交わし、誰彼となく健闘を称え合った。
 ミレイユはわけがわからない、という風に目をぱちぱちさせながら、なんなのこの人たちは、と呟いた。

「でもまあ、みんな幸せそうだから良かったのでしょ。あたくしもこれでようやく、時計が動き始めた気がするわ……」

 ひとり呟き、ミレイユは小さく微笑んだ。

* * *

 それから数日間、ステファンが歩けるようになるまで、ペリエリ夫妻はガルバイヤン家に滞在した。
 ミレイユはマーシャとすっかり意気投合してなにやら毎日楽しげだったし、ずっと子ども部屋に泊まりこんで息子の世話を焼いた。
 この国の子どもの例に漏れず、赤ん坊の頃からずっと独り部屋で寝かされて怖い思いをしてきたステファンにとって、母が常に傍に居るなんて今さら気恥ずかしいような、困るような。
 けれど身体が思うようにならないんだから仕方ない、と言い訳して、ステファンは生まれて初めて『わがまま』というものをあれこれ言ってみた。ミレイユの小言は相変わらずだったが、「いけません」がだんだん「しかたないわね」に変わっていくのが愉快だった。

 オスカーはオーリたちと『保管庫No.5』のコレクション整理に精を出しながら、毎日ステファンに遺跡発掘の話を面白おかしく語り、ミレイユには古典的な愛の詩をそらんじてみせた。対するミレイユは「その発音は正しくない」とか「文法がおかしい」などと容赦ない感想を述べながら、一方ではヘソ出しエレインの姿を見て「あたくしも鍛えればあんな筋肉がつくかしら」と大真面目に呟き、オスカーを慌てさせた。

(次の話)


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