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絶景温泉200#8【百沢温泉】

新しくスタートした連載「絶景温泉200」。著書『絶景温泉100』(幻冬舎)で取り上げた温泉に加えて、さらに100の絶景温泉を順次紹介していこうという企画である。

第8回は、百沢温泉(青森県)

これは絶景ではない――。そんな批判も甘んじて受け入れる覚悟である。

今回は、湯船の前に山や海の大自然が広がるような絶景温泉ではない。内湯のみの素朴な温泉施設で、眺望はまるでなし。年季の入った浴室は「絶景」とは真逆に位置しているようにさえ感じる。

それでもあえて「絶景」と言い切るのには理由がある。湯口から弧を描きながら注がれる源泉そのものが絶景なのである。ジャンルを無理やりつくるとすれば、「湯口の絶景」といったところだろうか。

そんな異色の絶景温泉が湧くのは、青森県弘前市の百沢温泉郷である。青森県の最高峰であり、活火山でもある岩木山の麓に湯けむりを上げる素朴な温泉地だ。

ちなみに、岩木山は津軽平野のどの位置からでも望むことができる、まさに津軽のシンボル的存在だ。とりわけ印象的なのが、円錐形の美しいフォルム。まわりに山々がない独立峰で、山裾から山頂まで一望できるため、1625メートルの標高以上に迫力を感じる。その姿が富士山を彷彿とさせるため、地元では「津軽富士」の愛称で親しまれているという。

百沢温泉郷には7軒ほどの温泉旅館が健在だが、内湯の絶景は「百沢温泉」という小さな温泉施設にある。地元の人が銭湯代わりに利用しているようで、いつ訪れても入浴客が途切れない。

けっしてキレイとはいえない年季の入った内湯には大小の湯船が3つ。黄緑色をおびた濁り湯がザバザバと投入され、勢いよく湯船からあふれていく。いちばん大きな湯船でも10人入れば一杯になるサイズなので、「投入された湯がそのままあふれていってしまうのではないか」と心配になるほど湯量が豊富なのだ。

20080805百沢温泉~嶽温泉 005

湯船につかりながら、湯口から注がれる源泉を見上げる。少し高い位置から投入される湯が激しく音を立てながら落ちてくる。窓から差し込む光に反射し、キラキラと輝いている。神々しささえ感じるほどだ。間違いない、絶景である。

ドカドカとかけ流される湯の音に耳を澄ましながら、浴室がまるで洪水状態になるほど湯が大量にあふれていく様を見ていると、それだけで癒される気分になる。

「小さな湯船に大量の温泉をかけ流す」。これほど贅沢なことはない。百沢温泉のような豪快な湯船には、なかなかお目にかかれない。温泉の源である岩木山のパワーと、無理に湯船を大きくしない経営者のセンスに大感謝である。

温泉そのものもすばらしい。46℃の源泉は、鉄と塩と炭酸が混ざったような複雑な風味で、その濃厚さが五感すべてから伝わる。大量に湯が投入されている分、鮮度も高い。

帰り際、宿の主人に声をかけられた。「こんなに岩木山がキレイに見えるのはめずらしいですよ」。窓の外を見ると、雲ひとつかかっていない岩木山が鎮座していた。あまりの神々しさに心を打たれ、思わず手を合わせた。「すばらしい温泉を与えてくださり、ありがとうございます」。

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