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「ソロ温泉」の湯船は小さいほどいい!

わざわざ温泉地に足を運ぶ理由のひとつが、家とは違った広々とした湯船で思う存分に湯浴みを楽しむことだろう。だが、狭い温泉にこそ名湯あり。小さな湯船を一人で独占する「ソロ湯船」が最高である。その理由とは――。

大きな湯船が苦手な理由

家の風呂とは比べものにならないほど広々とした湯船の中で、手足を思いきり伸ばして浸かる。あるいは、誰もいないプールのような巨大な露天風呂で童心に帰って泳ぐ――。これも温泉の醍醐味のひとつ。

しかし、「100人がいっしょに入れるような大きな湯船とひとりしか入れない小さな湯船のどちらかを選べ」と言われたら、私は間違いなくひとり用の湯船(ソロ湯船)を選ぶ。

理由は2つ。まず、これは個人的な好みだが、大きな湯船は開放感がある一方で、定位置が決まらず、落ち着かないから。広すぎて、かえって心が不安定になり、ソワソワしてしまうのである。だだっ広い湯船だと、自分にフィットする場所を探さなければならない。その点、小さな湯船はそうした気苦労がない。

もうひとつは、(かけ流しの湯船であれば)ひとり用の湯船のほうが新鮮な湯を堪能できるからだ。当たり前のことだが、湯船の容積が小さいほうが、どんどん湯があふれ出て入れ換わる。湯船が大きければ大きいほど、湯が滞留する時間が長くなる。

そもそも湯船の中の温泉は、均等に入れ替わるとは限らない。湯船の構造にもよるが、どうしても古い湯は湯底のほうに滞留してしまい、水面の新しい湯が先に湯船からあふれていく。

入り組んだ形の湯船ほど、その傾向が強くなる。隅っこの落ち着く場所ほど「ここの湯はずっと流れずにとどまっているのではないか」と心がざわざわしてくる。

温泉も食材といっしょで鮮度が命である。酸素に触れることによって酸化してしまうし、本来の成分の濃度が薄まってしまう。なにより不特定多数の人が入浴する湯船の湯が入れ替わらない、と考えるだけで居心地が悪い。自分は潔癖症の自覚はないが、気になると寛ぐどころではなくなってしまう。

「かけ流しだから新鮮」とはかぎらない

私は湯を使い回す循環濾過の湯船よりも、湯船からあふれた湯をそのまま捨てる源泉かけ流しの湯船をできるだけ選ぶようにしているが、源泉かけ流しだからといって、すべての湯が新鮮だとはかぎらない。

湯船の容積が大きければ、温泉が入れ換わる時間は長くなるので鮮度は落ちる。さらに、たくさんの入浴客が利用すれば、肌から落ちた汚れも排出されにくくなる。だから、かけ流しだからといって、手放しで歓迎するわけではないのだ。

これまで3600カ所以上の温泉をめぐる中で気づいたのは、湯船は小さいほど湯が新鮮で、気持ちがいいということ。湯船からあふれ出ていく湯の量が多いほど、贅沢で幸せな気分になれる(湯船が小さくても、入浴客が多すぎたり、湯の投入量が少なければ話は別だが・・・)。

だから、よく温泉施設などで見られる、ひとり用の壺(つぼ)湯(釜風呂とも言う)は大好物である。かけ流しという条件付きとなるが、このタイプの湯船があれば、ずっと居ついてしまう。さらに、体を沈めたときに「ザバーッ」と湯があふれ落ちる瞬間は快感ですらある。

ソロ湯船に適した究極の「つぼ湯」

究極のソロ湯船といえば、世界遺産にも登録されている湯の峰温泉であろう。その名も「つぼ湯」。開湯1800年。日本最古の共同浴場ともいわれる歴史ある湯船である。

1日に7色に変化するとされる湯は、湯底からぷくぷくと湧き上がる。いわゆる足元湧出泉である。空気に触れることなく、湯船を満たすわけだから、湯の新鮮さでは、これ以上の形態はない。

昔から変わらず湧き続ける湯船は、ひとり入浴すればいっぱいになるサイズ。つめれば2人入れなくもないが、肌が触れ合うほどで、カップル以外はあえて2人以上で入浴するのは野暮であろう。

泉温が高いので長湯できないのは玉に瑕だが、歴史ある湯にひとり浸かるのは何ものにも代えがたい幸せな時間である。

ポイントは「源泉供給量」

ひとり用の湯船でなくても、源泉の供給量が多ければ、新鮮な湯を堪能することができる

山形県鶴岡市に湧く湯田川温泉にも、幸福感を得られる小さな湯船がある。1300年の歴史を誇る湯田川温泉は、毎分約1000リットルという豊富な湯量が自慢だ。

8軒ほどの旅館が並び中心に位置するのが、共同浴場「正面の湯」。地元の人の生活湯だが、一般客も近くの商店で料金を支払えばカギを開けてもらえる(宿泊客は各旅館が対応)。

湯船は数人で一杯になるサイズで、浴室もこぢんまりとしている。だが、湯口から投入される湯量がすごい。透明な湯(硫酸塩泉)がじゃばじゃばと注がれ、湯船から大量にあふれだす。

それもそのはず、浴槽面積に対する源泉供給量(4時間あたり)が全国でもトップクラスなのだ。正面の湯は、山形県内の他のかけ流し温泉の約4倍、標準的な湯船の8倍もの源泉供給量である。たちまち湯船の中の源泉が新しいものに入れ替わる。気持ちよくないはずがない。

こんな贅沢な温泉の使い方ができるのは湯量が豊富だから。クセがなく、やさしい肌触りの湯は40℃くらいとぬるめなので、いつまでも浸かっていたくなる心地よさだ。体の疲れがみるみるとれていくだけでなく、気持ちよいほどにザバザバとあふれだす湯を見ていると、心も爽快な気分になる。

「ソロ湯船」を愉しむには、やはり同行者に気を遣わなくてすむ「ソロ温泉」(ひとり温泉旅)が最適である。「小さいほどいい湯船」を合言葉に、ソロ温泉に出かけてみてはどうだろうか。


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