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温泉ライターが本気で推す温泉本#9『温泉の日本史』

温泉の沼にハマり、湯めぐりを始めてから20年。その間、数多くの先人たちの書籍から温泉について学んできた。

そこで、私がこれまで読んできた温泉関連書籍の中から、特に影響を受けてきた本を紹介していきたい。

第9回は、『温泉の日本史』(石川理夫著、中公新書)

第2回で紹介した『本物の名湯ベスト100』(講談社現代新書)の執筆者でもある石川理夫氏の著書だ。

石川先生の著作はほかにも多数あるが、いずれもテーマの掘り下げが深く、多くの学びがある。日本の温泉の歴史について理解を深めたいのであれば、本書が最適である。

そもそも温泉の歴史を真正面からテーマとして取り上げた作品は少ない。温泉に関する本は、専門家や達人が選んだおすすめの温泉を紹介する類いが多い。そのなかで個別の温泉地の歴史について触れられることはあるが、それは表面をなぞる程度でしかない。

個別の温泉地の歴史をかいつまんで知ったところで、温泉の歴史全体を俯瞰することは難しい。

たとえば、開湯伝説によく登場する名前がある。弘法大師こと、平安時代の高僧・空海である。

空海が発見したとされる温泉地は、あつみ温泉(山形県)、法師温泉(群馬県)、修善寺温泉(静岡県)、出湯温泉(新潟県)、龍神温泉(和歌山県)、関金温泉(鳥取県)、杖立温泉(熊本県)など全国に及ぶ。

なぜ、空海はこれほど多くの温泉を発見できたのか。

唐で仏典のみならず、土木工学、鉱物、医薬など幅広く学問を学んだ空海は、社会事業や寺院の造営に必要な木材や金属資材を探し集めるために、全国各地の山林・山岳に分け入った。その過程で温泉を発見したという。著者は本書の中でこう述べている。

山岳・山林の行場・霊場を巡り、ときには寺院造営の要請を受けて鉱物資源、木材を調達する彼ら(山岳修業を行う仏教僧)は、行き先で自然に湧き出る湧泉・温泉に出会う可能性は現実に大であった。周囲は雪が残るのにそこだけ雪が溶け、地面がなま温かい所を錫杖をうがつと、温泉水がにじみ出てきたこともあったろう。

空海が実際にどれだけの温泉を発見したかは知る由もないが、後年、弘法大師が人々の信仰を集めるようになると、空海を慕った修行僧や聖によって開かれた温泉までもが、空海が発見したとして伝承されたのではないかと著者は推測している。弘法大師の知名度を利用して、温泉地の泊付けを図ったというわけだが、十分にあり得る話である。

こうした知識が頭の中にあるとないとでは、温泉地で得られる感慨の深さも大違いである。知識がなければ、「空海が発見した温泉」と聞いても、「へぇ~」とわかった気になって終わりである。

温泉にかぎったことではないが、歴史を知っているかどうかで、観光スポットの見え方も変わってくる。たとえば、観光スポットとして人気のある城。その背景にある歴史を知らないと、「かっこいい」「すげぇ」という感想しか出てこない。

私は高校まで世界史専攻だったこともあり、20代の頃まで日本史はさっぱりだった。だが、温泉地など各地をめぐることで、それぞれに長い歴史があることを実感し、歴史を学ぶことの大切さ、そして面白さを知った。

私も温泉の歴史についてはまだまだ勉強中である。一生かかっても、温泉史を網羅することは不可能だろう。だが、知れば知るほど、温泉が愛しくなる。だから、学びはやめたくない。

本書は「温泉史」を俯瞰するには恰好の一冊である。飛鳥・奈良時代の古湯にはじまり、昭和・平成の観光の発展と変容まで、一足飛びに学ぶことができる。

しかも、さまざまな文献を引っ張り出し、それを根拠に著者の推察を加えていく。だから、一つひとつのテーマの掘り下げが深い。

その分、気軽な気持ちでは読了することはできないが、最後まで読み終えたときには、温泉のことがますます好きになり、温泉旅に出かけたくなるだろう。

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