見出し画像

“推し”が飲食店を強くする

“推し”とのつながりは強い
真っ先にコロナショックに直撃されたなかのひとつが外食産業だった。クラスター(集団感染)の元凶のように言われ客足が遠のき、続く行政の人流抑制策と外出自粛要請で売上昨対9割減といった日々が続いたので新型コロナウイルスで止めを刺されるかたちになってしまった店も多い。

パンデミックの長期化を招いた新型コロナウイルスだったが、幸いにも変異の方向が毒性に向かわず感染力に特化していった。オミクロン株がデルタ株に置き換わってからは、ワクチン接種が進んだこともあって重篤化が減少し3回目のゴールデンウィークには行動制限がなかった。

当然のことながら外食機会を制限されていた来店客がリベンジ消費に向かい行政も東京都などが消費刺激策をたびたび打ち出してきているが、長引いた巣ごもり生活は日本人のライフスタイルに変化をもたらし、コロナショック前のやり方では通用しないことが増えている。これまでに築いた経験則にとらわれない柔軟発想によるチャレンジが求められているのである。

「おもてなし」や「ホスピタリティ」は飲食業で当たり前に使われている言葉だが、核にある“心”が曖昧で捉えどころないために、言葉遊びに終始し言い訳のための免罪符に使われてきた面も否定できない。
今こそ「おもてなし」を見直すチャンスではないだろうか。リモート生活で、ふれあい欲求が高まってからは飲食店にとって強力な武器になる。
 
コロナ以前に比べればコロナ禍を経て生活防衛のために外食がちょっとした贅沢になった。外食機会が少なくなれば食事店選びで慎重にならざるを得なくなる。利用頻度が下がれば「せっかくだから懇意にしているところにお金を落としたい」という心理が働く。

そういえばコロナ禍で人流が抑制されて飲食店集客が苦しい中にあっても、目立って強かったのは名物女将のいる店、評判の板長がいる店、ひいきのスタッフがいる店など常連客との絆が確立されている飲食店だった。
「心配だからとりあえず来てみた」という声が聞かれるようになり、経済が疲弊する中にあっても回復が早いばかりか、先々まで予約の埋まったところさえ見受けられるほどだった。
いざとなれば頼りになるのは“モノ”よりも“ヒト”と言うことだろう。

ニューノーマルの生活様式は大部分の人にとって生きていくうえで重要な要素と言うべき他人とのコミュニケーション機会を乏しくしてしまっている。今ほど「つながり」や「ふれあい」が渇望されている時代はないだろう。
このところ特にTVドラマなどで“推し”という言葉が増えたように思うのだがコロナ禍で集客できず困っているところを常連客に助けられたという話に共通するのも“推し”の心理ではなかったかと考えている。

大勢いるキャストの中でひいきのアイドルに「入れ込む」というのは、たとえば宝塚や歌舞伎などのファンに昔から見られた現象である。入れ込んだキャストが成長し出世していく様を共に喜び、共に感動する。しかし遠くからあこがれるだけの見守るべき存在ゆえに、自分だけが特別な関係になることを望んでいるわけではない。恋愛とも友情とも家族愛とも異なる不思議な感情であり、一所懸命入れ込めばファン自身も元気になれるという。
 
“推し”は推しメンバーから生まれた言葉だそうだ。AKB48の出現によって使われるようになった比較的新しいオタク用語である。好きなアイドルに感情移入して応援するという意味では、“推し”の前には“萌え”の時代があった。 
Googleのワード検索で推移をみると、“萌え”は2005年をピークに衰退し、それに代わって“推し”が勃興して来る。ちなみに2005年はTVドラマの「電車男」がヒットした年であり、AKB48の公式ブログが開設され第1期生の募集があった年でもある。 

“萌え”から“推し”へのバトンタッチにより、ひいきに対する内的な感情の発露から、時間を共有し一緒に何かをするという外的な積極行動へと変化していった。“推し”とのつながりを実感できる体験が手に入れられるのであれば、お金や労力を惜しまないというのが本物のファン心理なのだそうだ。
 
飲食店は外食という家では得られない非日常体験を売っているビジネスである。業態によって異なるとはいえ店格や知名度によっておおよその値ごろ感はある。しかしいくらぐらいの出費を妥当と感じるかは主観の問題であり、来店客によって判断基準は千差万別だろう。その延長線上では考えられない、決してまじわることのないパラレルな存在が“推し”という感情になる。

ファンがひいきの“推し”に金銭をつぎ込みたくなるのは、「決まりきった日常生活の中では得がたい感動を味わいたい」であるとか、「非日常性の中で生きることのしんどさを忘れたい」といった感情が原動力になっている場合が多く、ある意味贈り物をするのに近く、損得勘定を超えた“見返りを求めない愛”がベースになっている。
 
加えて現在の消費トレンドをリードしているのがY世代やZ世代であり、彼らが物欲よりもコミュニケーション欲の強い世代であることも、時代背景として押さえておく必要がある。この世代はスマホをたくみに操り、常にお気に入りの場所を探していて、気に入ればひいきしてくれる確率が高い。 

これまでのビジネスは、どちらかと言えばモノへの執着が強いベビーブーム世代とブランド好きな傾向の強いX世代がリードしてきた消費意識をもとにしているので、お客様にとって“便利”な存在になろうとビジネスモデルを磨いてきた経緯がある。
しかし時代の切り替わりによって価値観を共有できることの方が重要になり、なに(What)をどう(How)やるかよりも、なぜ(Why)やるかから出発しないと世の中に振り向いてもらえなくなりつつある。
 
気に入ってもらうためには、正直であり見せかけではない本物であることが求められるが、一度共振した来店客は、ずっと通い続けてくれるのである。お気に入りによりそい、「客と一緒になって成長させていく姿勢に惹かれる」「自分の声が店の成長に活かされると思うとうれしい」と言って、生涯の客になって利用してくれる。

今後は少子化を背景にライフタイムバリュー(顧客生涯価値)の高さが重要になり、瞬間的に盛り上がる花火のような短期売上よりも、継続利用のお客様による長期売上の方が、経営を安定させるためにありがたくなる。
お客様の利用を途切れさせないためにはファン化が手っ取り早く、飲食店にも一緒に心地よい食事を創り上げていくという発想が求められる。
つながりを強固にするためにも“推し”のしかけづくりが重要になるだろう。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?