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埃まみれの君を

27歳の時にバンドが解散した。僕のそれまでの20代の人生は、ずっとバンド活動が第一優先だった。18歳くらいからロックバンドがやりたいと強く思い、あらゆる手段でメンバーを探したけどなかなか見つからなくて。ようやく見つかって活動でるようになったのは、21歳くらいだったと思う。
 
スリーピースのバンドだった。僕がギターとボーカル。ベース。ドラムスだ。
ベースは、僕の弟だった。その頃、弟は別のバンドで活動していた。僕は作っている曲が入ったテープを聴かせた。一緒にバンドをやって欲しいと。少し考えて、いいよ、やろう、と言ってくれた。僕の書いた曲を気に入ってくれたのだ。僕の曲を最初に気に入ってくれたのは、そういえば弟だったな。
ドラムスは、弟のバイト先の後輩だった。当時はまだ高校生だった。彼はブラスバンドでマーチングドラムをやっていた。だからドラムには興味があったのだ。僕らはすぐにスタジオに入り、「いっせいのせ!」で一緒に楽器を演奏した時に高揚感を共有した。世の中にこんな楽しい事があったのかと、僕の頭の中はビリビリ電流が走っていた。
 
それから週に一回程度、スタジオでリハーサルを重ねながら曲を作っていった。そのうちライブハウスにも出るようになった。初めてステージに立った時の不安と緊張と多幸感は忘れられなかった。
 
年を重ねる毎に積極的に活動するようになった。地元古河のライブハウスでは頻繁に演奏していたし、都内のライブハウスにも毎月のように出演していた。対バンで知り合った仲間も出来たし、一緒のイベントになったバンドさんを自身のバンドのイベントに呼んだり、呼んでもらったり。音源を引っ提げての東名阪ツアーを打った事もあったなー。
 
どんなバンドもそうだけど、解散ていうのは突然だ。
ドラムスから、もうこれ以上バンド活動はできない、と話があった。
もちろん、止めることなんてできない。バンドっていうのは運命共同体だけど、個々の人間の集まりだ。彼には彼の人生があるのだ。どんなに頑張っても、どうしようもできない事がある。僕は、ありがとう、と言って彼と握手をした。その時、僕は少し泣いていたかも知れない。ずっと僕の作った曲、いや一緒にバンドで作った曲を気に入ってくれて、ずっと一緒に活動してくれたのだから。
 
そのあと、僕は弟と一緒に少しの間ツーピースのアコギ弾き語りのスタイルで活動をしたり、ソロで弾き語りをして活動していたけど、すぐに活動は止まってしまった。
弟も、もう音楽に対して熱い想いがないと言っていた。以前みたいにはいかないよ、と。
僕は最後まであがいていたと思う。でも、そんな自分もどんどん音楽の事を考える時間が減っていった。気づいたら、音楽を聴いたりギターを弾いたりする事が、ほとんど無くなってしまった。音楽が嫌いになったわけじゃないけど、昔のあのシビれるような感覚が消えていっているのをひしひしと感じた。
バンドの最盛期から僕はずっと会社員で、その会社にももう長く勤めていた。バンドが解散したと同じくらいに、僕は出世した。組織の中で位が上がったのだ。もちろん仕事量も責任も増える。忙しくなった事でさらに音楽の事が頭から離れていった。出世してから少しして、僕は会社の傍にアパートを借りる事にした。その方が仕事がしやすいからだ。そのアパートは楽器演奏が禁止だった。大きな音・騒音は近所迷惑になります、絶対にやめましょう。
 
そのようにして、僕はギターを弾かなくなった。
 
それから歳月が過ぎ、僕はその会社を辞め、家業である靴屋を継ぐ事になった。今までの仕事とは全く違う職種だったから、僕は毎日仕事と勉強でいっぱいいっぱいの日々を過ごしていた。そんな時いしつか君から連絡があった。
「一緒にバンドやりませんか?」
僕は断った。今はちょっと忙しくて、すみません。
でも、ナニカが心に引っかかった。そのナニカが何なのか、分かっていたと思う。でも、その時は仕方なかったんだ。
勉強を重ね、足と靴の全国的な資格を取った。提出課題も多く、30代半ばの連日の徹夜はかなりきつかったよ。なんとかクリアしたけど。
僕はこの資格を最初から目標にしていた。この資格がスタートライン。家業を継ぐには間違いなく必要なものだったから。バチェラーオブシューフィッティングって言うんだけどね。
 
それから僕はいしつか君に連絡した。一緒にバンドやりたいです、と。
 
ぼくのギターは、ギターケースに入ったまま靴の在庫倉庫の片隅に邪魔にならないように押し込まれていた。僕は本当に久しぶりにギターを引っ張り出した。埃にまみれていたので、まずケースを掃除しなければならなかったよ。
フタを開ける。久しぶりにギターを手に取る。弦が錆びきっている。チューニングも狂っている。親指で弦を鳴らしてみた。霞んだ音がした。寂しくて泣いているみたいに。いや、嬉しくて泣いていたのかも知れないな。
 
僕はまた、ぼくのギターを弾くようになった。僕が戻るのを、ずっと待っていてくれたみたいに。ありがとう。
 
そんな曲を作ろうと思った。そして良い曲が出来たんだ。みんなに聴いて欲しいです。
 
 
ぼくのギターがまた泣いて。

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