あの人ねえ、女ぐせが悪いので有名なんだよ/ 八胞 / HANAE M 作

「あの人ねえ、女ぐせが悪いので有名なんだよ」
とサークルの同期に聞かされたのは、20時を回った頃の副都心線でのことだった。「あの人」とは我々が所属している演劇サークルの部長のことである。背は高いし声も低めだったけど、女の人だったはずだ。「男ぐせじゃなくて?」と私は聞く。「女ぐせであってるよ」「あってるんだ」
私はふうん、と思う。


朝早くの練習でも誰も待たせずに部室の鍵を開ける人で(待たされたという話を聞いたことがない)、後輩の遅刻や無断欠席をやんわりと、しかし己の非をはっきりと自覚させる物言いで指摘する姿をつい先程の練習で見たばかりなので、かなり意外だった。そういったイベントは私にはあまり起きないので想像に過ぎないが、「そういうの」って終電が無くなった後とかに発端するもので、そしてその後に諸々が開催されるわけで、つまり夜中に起きている必要があると思っていたからだ(そしてこの想像はけっこう正しいだろう)。
「学科の同期とか、サークルの後輩とか、彼氏とサークル同じ人とか、とにかくあらゆるコネクションでやってるらしい」手広いねえ、と返すと、「事業展開じゃないんだからさあ」と少し叱られた。


「でもあまりに外面が良くて、ってか内面も良くて、ミスしない人だし、そういうことしても普通に接して来られちゃうから、誰も何も言えなくなっちゃって、今まで刃傷沙汰になってないみたいだよ」
普通に接してくれるならいいんじゃないの、と聞く。今後も顔を合わせる間柄なら、変に気まずくなるよりもいいんじゃないかと思う。本人なりに気を遣っているのじゃないだろうか。
「良くないよ、全然良くないよ、今まで通りに接されたら自分だけが覚えてる夢みたいじゃん、本当に一切お首にも出さずにいる人に『昨晩のことですが』なんて切り出せないよ怖くて、にっこり笑って『何のこと?』とか言われたらその場で泣いちゃうよ、何でもできるし信頼もされてるのに何でそんなことするのかわかんないよ、そもそも彼氏いるのにとか考えないのかなとか思うけど、もうあの人と一緒にいると、自分がその人のことを嫌うことも好くことも禁止されてるみたいに感じるんだよ、みんな」思い出したように「みんな」と付け足したところで、これが伝聞ではなく当事者談なのは明白だった。


同じことでも感じ方が違うねえ、と思ったが、それは言わなかった。

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作者の感想・あとがき
過去作を投げました。にぎやかしです!すみません!
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