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美しきことだま 岡野弘彦『バグダッド燃ゆ』

 『バグダッド燃ゆ』は釈迢空(折口信夫)のお弟子さんである岡野弘彦の歌集。本作品で第29回現代短歌大賞、第22回詩歌文学館賞を受賞した。
 現代短歌のようなポップさやとっつきやすさはない。しかし句読点や空白の使い方が絶妙で、惚れ惚れする日本語が並ぶ(調べたところ、折口の詠み方を踏襲しているらしい)。
 この方の歌は、どれも優しさが底のほうで滴っている。美しさもかなしさも老いも愛も、沁みるように優しい。深い深い歌集。

死にし娘の 道を浄清めて散る花の 夜目すさまじく 地(つち)に花ふる

心燃えて からくれなゐの道ゆくと 汝(な)をともなひて 行きし日ありき

身をもみて 死なむと迫るおもかげの世をへだつれば いよよ愛(かな)しき

これよりは道絶えはてて無しとしるす 結界の石 越えて歩みき

現し身の逢ひをとげねば かなしみは 世々の念(おも)ひとなりて 凝(こご)りぬ

地(つち)に寝て 身もよもあらぬさびしさに 吾を生みいでし親を 呪へり

東京を焼きほろぼしし戦火いま イスラムの民にふたたび迫る

コーランの祈りの声は 砲声のしばらく止みし丘より ひびく

千万の人の死にゆく 暁に 日本の桜 あはれ 散りゆく

美しき ことだまはわれに やどり来よ。このあかときの空に 祈らむ
            岡野弘彦『バグダッド燃ゆ』(砂子屋書房)より



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