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制度と技術の悩ましい関係 NFTの権利問題から考える

NFTの利用が各所で進んでおり、先日も日本郵便が切手原画のNFTアートの販売を行うと発表した。NFTは価値の流通手段として、また企業等とユーザーとのコミュニケーション手段の一つとして存在感を増している。

その一方で、常に聞かれる問題の一つが、「NFTは何の権利を保障しているのか?」という問題である。

そこには、「所有権や著作権など、法律で規定された権利を保障しているのか?そうでなければ問題ではないか」という問題意識が見え隠れする。

あるいは、逆に「このトークンは、前払い式支払い手段に則って設計されています」というように、既存の制度に寄せていることをアピールする説明も聞かれる。

こうした議論は、実践者にとって重要な関心事項でもあるし、実務上進めて行くうえで重要であることは間違いないだろう。

その一方で、無限の可能性を秘めた新しい技術やサービスを、既存の法律や制度に当てはめようとすることで、その可能性が大きく阻害されているのではないか、ということも感じる。

筆者は法律の専門家ではないが、制度と経済の関係については経済学においても研究されてきたテーマである。そこで、今回はWeb3分野の制度とイノベーションの問題について考えてみたい。

Fractional Ownershipとは何か

こうした問題に関心を持ったきっかけは、ある一つの論文を読んだからだった。カナダのヨーク大学のラッセル・ベルク教授らの論文で、NFT等の保有(Posession)や所有(Ownership)について詳細な検討を行っている。

この論文では、NFTの所有と、そのNFTの元となっている作品の所有がどのように異なるのかを以下の表のようにまとめている。

無題

所有権の概念や法規制は国によって異なる場合があるため、その点は留意が必要であり、またここで書かれているYes/Noについて異なるケースがある場合もあるかもしれないが、ここで重要なのは「Fractional Ownership」(部分的な所有)という概念を導入していることだ。

例えば、オリジナル作品の所有ではなく、NFTで購入する場合、作品を改変したり、他者を排除(コピーさせない)といったことはできない場合が多いが、転売の際にアーティストに還元することはできる。

さらに、実際にはNFTアートのプロジェクトによっても何ができるかは異なり、例えばCryptoKittiesでは(NFTの持ち主が)年間10万ドルまでそれを基に収益を得ることが認められているといったことが紹介されている。

要するに、NFTが既存の制度に合致しているか、していないかという2者択一の議論ではなく、NFTの運用実態を見ながら、どのような権利がそこに付随しているのか、いないのかを、解像度高く見て行くことが重要であることに改めて気づくことになった。

同論文で「NFTは、部分的所有(Fractional ownership)や部分的所有権(fractional property rights)を可能にした」と述べており、むしろ新しい権利・制度概念が必要であることを示唆している。

制度とイノベーションの関係

こうした制度とイノベーションを考える際に参考になるのは、新制度派経済学における議論の蓄積である。特に今回紹介したいのは、2009年にノーベル経済学賞を受賞したオリバー・ウイリアムソンが提示している以下の図である。

プレゼンテーション2


左側に4つの箱があるが、以下のようなものである。

レベル1 社会的に埋め込まれたもの(文化、習慣など)
レベル2 制度的環境(所有権など)
レベル3 ガバナンス:ゲームの実施(契約など)
レベル4 資源の配置と活用(実際の生産など)

中央の列には、それぞれが変化するのに要する年数が書いてある。つまり文化や慣習が変わるのには100年から1,000年かかり、制度が変化するには10年から100年かかるということである。契約の変化は1年から10年である。

そして、上位層は、下位層に対する制約条件となっており、下位は上位に対してフィードバックを行う。しかし重要なことは、上位は下位ほどにすぐには変わらないということである。ここで言う制度は「所有権」など根幹的なものが想定されてはいるものの、広く見れば制度の変化には時間がかかるということである。

よく「法制度がイノベーションに追い付いていない」ということが言われるが、それは今に始まったものではなく、もともとそういうものであるということも言えるだろう。

ここで、著作権や所有権の制度はレベル2に該当し、各NFTプロジェクトの設計はレベル3、販売や転売はレベル4に該当すると言えるだろう。著作権などの制度は、NFTプロジェクトを支えつつ、一定の制約条件を課してくる一方、プロジェクトの実践は制度へもフィードバックを行い、長い時間をかけて制度の改変を求める。

ここでレベル2の中にProperty rights(所有権)とわざわざ書いてあるのは、それが市場における経済システムの根幹にかかわることだからである。所有権が保証されていなければ、安心して投資をしたり、売買することはできない。

その一方で、ウイリアムソンは、契約を執行するための完全な法制度は想定されていないこと、したがって万能な単一の契約法に従うことは難しいことを示唆している。

つまり、上位の法制度は、下位の実践を総論では支えることはできるが、下位の実践は多種多様なものがあり、全てをカバーすることは想定されていないということであり、より個別の契約法や、ステークホルダー間の契約で処理していかなければならないこともあるということだと考えられる。

制度か契約か

上記で見てきたように、制度はイノベーションを底支えするものであり、また同時に制約にもなるものであるのは確かである。実践から制度へのフィードバックもあるものの、制度の変化にはそれなりの年数がかかるのが一般的である。

その一方、新制度派経済学の議論から言えることは、制度はありとあらゆる経済活動を定義できるほどオールマイティではないということである。実践は、先のNFTに関わる権利のように、多種多様であり得る。そのため、当事者間の契約や約款などで取り決めながら進めて行く必要もあるのかもしれない。

もちろん、上位の法制度に違反することは避けなければならないが、制度はオールマイティではないことを念頭に置きつつ、どのようにゲームのルール(契約)をデザインしていくかという視点も必要ではないだろうか。


(本論考は経済学の立場からの考察であり、実践にあたってのアドバイスを行うものではありません。実際の実践においては、弁護士等法律の専門家にご相談下さい。)

参考文献
Belk, Russell, Humayun, Mariam, and Brouard, Myriam (2022) Money, possessions, and ownership in the Metaverse: NFTs, cryptocurrencies, Web3 and Wild Markets, in Journal of Business Research 153, pp.198-205.

Williamson, Oliver. (2000). The New Institutional Economics: Take Stock, Looking Ahead. Journal of Economic Literature. 38. 595-613. 10.1257/jel.38.3.595.







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