階段。
救急隊員「〇〇さんの息子さんですか?」
突然の母からの電話で、知らない人が話し出した。
救急隊員「救急隊員の△△です。」
僕「えっ、はい・・・。」
救急隊員「〇〇さんが階段で転び落ちたようで。今から急いで来れます か?」
僕「はい!すぐ向かいます!」
状況が全く飲み込めないまま自宅を出た。当時、僕とは別々に暮らしていた母はパートナーと同棲していた。とにかく急いで向かわなければ。思考がまとまらないまま指定された場所へ着いた。救急車が一台止まっていた。そこは母とパートナーが住むアパートの正面だと気がついた。救急隊員の指示で救急車に乗り込んだ。母がぐったりとしていた。そこにパートナーはいなかった。
僕「大丈夫?」
救急車を呼ぶくらいだから大丈夫じゃないのはわかっていた。でもその時、僕はなんて声をかければいいのかわからなかった。
母「そ、そういち。。」
母が弱りきった身体で、震えながら声を発した。そっと、そばに寄った。何かを伝えたいようだ。片耳を母の口元近くへ持っていく。
母「✕✕さん、よんできて。。〇〇〇ごう、しつ、だから。。」
どうやらパートナーは家にいるらしい。ならなぜ、この場にいないのか。僕は激しく混乱していた。
母「✕✕さんに、つきおとされた。。」
頭が真っ白になった。母のパートナーは年中お酒を飲んでいて、気性が荒い人だとは知っていた。僕はパニック障害の発作を起こしかけながらも、プチODをしてなんとか意識を平常に保ち、パートナーがいる居室へと向かった。
ピンポーン!インターホンを鳴らした。すると上半身裸のパートナーが腰にタオルを巻いた状態で玄関先に出てきた。ついさっきまでシャワーを浴びていたようだった。僕はただただ困惑していた。意味がわからない。。理解が追いつかない。。
僕「✕✕さん、母が階段から転び落ちたよう…」
パートナー「知らん!警察呼ぶなりご自由にどうぞ!どーぞどーぞ!」
とにかく母が身体が心配だ。そう自分の心に言い聞かせるように、すぐその場を後にした。今思えば、パニック障害の発作を起こさないように逃げただけだった。母の心配より、自分の心配をしていた。情けなかった。何より、うまく立ち回れない自分自身が。
母「・・どうだった?」
僕は首を横に振った。
母「もういっかい、いってきて。。」
救急隊員「いいですか?もう出発しますよ?」
母は起き上がって、救急隊員を必死に静止しようとしていた。
救急隊員「まさか誰かに突き落とされたんですか?」
母は小さくうなずいた。母も警察を呼ぼうか、迷っているのがわかった。完全に情が移っていると感じた。
救急隊員「救急車はタクシーじゃないんですからね?」
母は黙ってまた横になった。救急車が病院に向けて走り出していった。
病院に到着して緊急外来の診察室の前で待ち続けて、どのくらいの時間が経っただろうか。母がゆっくりと出てきた。少し落ち着いたようだった。束の間の沈黙。
母「大丈夫だよ、大丈夫。」
母は泣いてた。
母「こんなダメな母親でほんとにごめんね。」
母にそう言わせてしまう自分が息子として情けなくて、悔しくて、涙があふれ出てきた。他の患者さんが少なからずいる中、母と僕はただただその場で泣き続けるしかなかった。
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