僕らには未来も過去もモノも自信も必要ない

おはようございます。

都の営業時間短縮要請に対応して職場の退社時間が早くなって精神的に元気になってきたそうちゃんです。

皆さんは嫌な仕事からは逃げましょう。

さて今日は僕らには必要のないものの話をします。

職場にいてもSNSを読んでも努力だのやりがいだの自分を不幸にする話ばかりする人しかいないので正直疲れちゃいます。

物が散乱し、情報が氾濫し、常に何かとつながっている世の中では人はいつもなにかを気にかけていないと気が済まないようです。

でもいつも敏感に気にしているそれは案外自分には必要ないかもしれません。

最近で言えばコロナ禍や仕事、生活だったりでしょうか。

でも本当に今それを気にしている場合ですか?

そんなどこに行っても何かに囲まれる私たちに必要な物、必要のない物を花井sたいとおもいます。


未来も過去も今の自分には関係ない

過去を否定するとか、未来に希望を持つなとかそんな話ではなくて今この瞬間を生きる以上に大切なことがあるのか?というお話です。

今日が一番若い日という考え方もありますし、人に与えられた1日は二十四時間で人はいついなくなるかわかりません。

芸能人の話やこれからまた自粛になるかもといった噂に気をとめてる暇が本当にあるんでしょうか?

僕自身必要以上の不破を生まないためにそう言ったニュースも見出しだけ見て話は合わせて置きますが、内心ほとんど興味はありません。

事実僕はそういった話を聞いたときに初めてニュースアプリを開くほど世間の情報に触れません。

同様に老後に幾ら必要だとか若いうちにこれができない奴はダメだみたいな話には耳を傾けません。聞いてるフリをしても同意することはありません。

今なにをするのか?なにを目的に仕事をするのか?それを考えることの方が重要です。

未来の不安や過去の後悔に執着してる時間は今の私たちには必要ありません。


モノを持つことは不幸のもと

モノは持っていても良いです。

でも持つことが豊かさと勘違いしているのなら一旦その見栄を手放す行動として持ち物を手放して見てください。

僕は引っ越しの際に足の踏み場もないほど部屋にあった物の大半を手放しました。それでも実家にはたくさん物が残っています。

そして一人暮らしに必要な物を考えて持ってきたつもりでしたが、まだたくさんものがあります。

紙の書類や大きなスーツケース、使わない物で処分に困る物がまだ残っていて、たまに苦しくなります。

普段作業している場所は歩き回れるほどスペースがありますが、収納の中を見るとまだまだ余計だなと思う物がたくさんあります。

最近手放したいなと思うモノは会社員と言う立場ですね。

利用できますけど、個人的にはストレスで病気になりそうです。


やる気も努力も求めるだけ無駄

僕も最近気づきましたけど、やる気とか努力という言葉は幻想です。

仕事で努力とかやる気と言う言葉が出てきた時点でその職場で社員がそういった物を持つのは諦めた方がいいです。

やる気とはその行動を始めた時に興奮して湧いて来る物で先に出てくる物ではありませんし、湧いて来ないなら向いてないと言うことです。

努力もやりたくないことを乗り越える為に使う人がいますが、自分の強みが生きない場所、やりたくないことの多い環境で苦痛を伴いながら力を注ぐのは結果が出ないし、もっと違うやり方を模索していかないとその環境は変化せず誰も成長しません。

興味本位で初めて見たことを努力と思わず力を注ぐことができることが向いている事、好きなことなんだと思います。


最後に

見返してみるとすごい破滅的なタイトルに見えますけど、究極私たちに必要なのは損得を抜きにした人間関係ぐらいかもしれません。

なにも持ってなくても助け合える、何かを乗り越えた後も尊重し会える人間が周囲にいることが成功と言えるのかもしれません。

では良い1日を。

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