プリファードエンド④

新学園都市


1週間が経った。僕はDループの視察に行くため空港に来ていた。どうやら、僕が1席購入した後、直ぐに2席が購入されたらしく、その2人も同時視察をするらしい。
竹中さんから送られてきた電子コードで航空券を発行すると、画面に係りの人をお待ちくださいと出た。すると、何というかラグジュアリーな所謂VIPルームのような場所に通された。扱いにもびっくりだが、地方都市の空港に立派なVIPルームがあることにもびっくりした。初めて行くわけでは無いが、東京に行くのは何だか特別で少しの興奮が伴うものだった。


東京に着いたら電車での移動にして貰った。総資産3兆円のVIPの僕だったが、飛行機の時点でVIP扱いに疲れてしまったので、ここからは自分で電車で向かうと話した。電車が好きなんだと言っておいた。都会から出発する電車は郊外の住宅街を抜け、だんだんと田舎になる。田園風景をしばらく走っていたと思ったら、大きなトンネルに入った。トンネル内でアナウンスが入る。『次は、新学園都市です。』それと同時にスマホにもナビからの通知が入る。『まもなく降車駅です。』降りる準備をしようと、持っていた本をカバンにしまっていると、トンネルを抜けた。
信じられない景色だった。何とも言えない景色だった。一番に目に入るのはルーヴル美術館にあるようなガラスのピラミッドを、より大きく白くした鏡張りのピラミッド。さらには何台もの原寸大のロケットが並んでいた。

新学園都市に入るには改札を抜けた後、セキュリティゲートを通って入場しなければならないらしく、そこを通り抜けようと思ったら引っかかってしまった。無理を言って電車で向かうことにしたのが仇となった。
駅員に事情を話すと、竹中さんが直ぐに車で迎えに来てくれるそうだった。結局迷惑をかけてしまったと思ったが、そんなことは正直小っちゃいことだと感じるほど、新学園都市の景色に圧倒されていた。

モノの数分で竹中さんが到着した。
「やあ、仲本くん。新学園都市へようこそ。」
「こんにちは。すみません。迎えに来てもらって。」
「全然、良いよ。この都市に居る研究者には労働時間なんて概念がそもそも無いからね。」
とりあえず車に乗り込む。
「この車、自動運転ですか?」
「ああ。この都市の中は基本的に自動運転車しか走ってないよ。交通事故はほぼゼロ。」
「ほぼですか。」
「偶にバグるんだ。でも、死亡事故が起きたことは無いから、超安全だよ。」
「そうですか。良いですね。さっき労働時間なんて概念がそもそも無いって言ってましたけど、殆ど滅茶苦茶忙しいんですか。」
「それは、どうだろう。人によるかな。言葉通りの意味で本当に労働時間が決まってないんだよね。僕ら研究者はこの都市ではかなり優遇されていてね。給料は低いけれど衣食住に困ることは無い。食品も服も家賃も光熱費も全部、研究費として処理される。生きている上ではお金が掛からないんだよ。その代わり、研究成果を出さないと一瞬で首が飛ぶ。逆に言えば研究成果さえ出してれば何も言われないんだ。だから労働時間も自由だ。」
「研究者には最高の環境ってことですね。」
「成果の出せる研究者にはね。」

「ところで、今日来る2人の話は聞いている?」
「いえ全く。VIP待遇が辛くて空港からは一人で来たので、何も聞いてません。」
「そうかそうか。じゃあ私から話そう。君がDループへ参加することが決まってからすぐに2人決まったんだ。マックス夫妻って分かるかい?ネット決済最大手のC-Payの創業者とその夫人だよ。」
「C-Payって誰でも使ってますよ。分かっていたけど、本当に金持ちですね。でもC-Payの創業者ってことは、あの累進課税みたいな金額設定なら相当払ったのでは無いですか?」
「あぁ、それは上手く躱されたよ。最初、2席買うから安くしろって言ってきたけど断わったんだ。そしたら向こうもバカじゃないから、資産の少ない夫人の名義で支払ったんだ。2席で3兆円ちょっとだったかな。」
「そうですか。それでも3兆円ですか。」
「素直に払って欲しかったけど、現金で持ってる資産はあんまり無いみたいだし今回は仕方なかったかな。」
「夫妻はもう既に到着しているんですか?」
「一昨日東京について、昨日は東京で会合があったらしい。今日は新学園都市について色々見てからくると言っていたから、もう着いているかもしれないな。」
「待たせてしまっていたら悪いですね。」
「大丈夫。電車で来てくれたから予定よりもだいぶ早く着いている、予定時刻に遅れることは無い。」

Dループのある施設は何の変哲もないオシャレなオフィスビルのような場所だった。一階にあるカフェの奥にある会議室のような場所に案内された。案内の人はとても美人な女性だったが、モデルとかではなくDループ計画の研究者の一人だという。
Dループに搭載されるモノを実物や写真と共に説明された。Dループ内はインターネットが通じないので、高性能な独立したコンピューターを搭載する。その中には莫大なコンテンツのデータ以外にも、統合型AIエージェントの『ZEROゼロ』が搭載されるらしい。ZEROは基本的なDループ内の環境調整や運転管理を行う。その他にも通訳としてのコミュニケーション補助、病理診断、タイムリープによる時間計算、外部環境の異常の予測を行う。Dループの脳であると同時に僕らの命綱でもあった。
『ZERO』は世界初の物理的な機体を持った自立統合型人工知能であった。所謂ヒューマノイドというモノだった。
Dループ内は独立した環境で成立していた。電力は外部から供給されるが、酸素などは緑化ユニットという場所で植物から生成するらしい。想像以上に大きな乗り物だった。

一通りの説明を受けた後は、カフェで軽食を出してもらいマックス夫妻の到着を待った。サンドウィッチが美味しかった。


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