ヒーローになりたかった少年の唄2021⑥
4ちゃんねるの夢
「DTM」とか「DAW」とか今では言うけど、僕の子供時代には「MTR」だった。
これは、音楽の録音システムの話である。
今でも『〇〇歌ってみた』などの動画が人気だが、「DTMer」という言葉ができるずっと前は、「宅録」(自宅録音)と言われていた。
宅録の歴史は古く、パソコンが普及するはるか以前からアマチュアでもコツコツと自宅で録音をする音楽マニアたちがたくさんいた。
僕は「多重録音」ていうものがあることを中学生になってはじめて知った。
それまではバンドで音楽を録音する時には、メンバーがスタジオに揃って、せーの!で演奏したものをマイクで録るとばかり思っていたけど、実はワンパートづつ別々に録音したものを、まとめて一緒に再生しているということを知った時には、少年の小さな細い目からウロコがボロボロと剥がれて落ちた。
おかげで中学生の僕は、その後非常に目つきの悪い不良少年へと変化していくのだ。
なるほど。
録音の時、演奏の途中で誰かが失敗してもそのパートだけ録りなおせばいいのか。
というか、そもそも別々の時に別々に録音したものを全部一緒に再生しちゃえば、それが音源になるんだ。
ということは、もし自分で全部のパートの演奏ができたら、全て一人で音源が作れるということだ。
うわ、ヤバい。
やってみてぇ。。
当時MTR(マルチトラック・レコーダー)というカセットテープを使った多重録音機はとても高価で、中学生の僕には簡単に手に入れることはできなかったけど、音楽雑誌の情報を読んだりしているうちに、もう欲しくて欲しくてたまらなくなった。
当時のMTRの主流は4チャンネル(4トラック)のものだった。
8チャンネルとか16チャンネル、すでに24チャンネルなんてものもあったが、そんなのは大金持ちのミュージシャンしか買えない遠い遠い存在であり、眼中にも入らない。
頭の中で考える。
1チャンネル これは、絶対エレキギターだろう。
2チャンネル やっぱり歌だ。
3チャンネル ベースギター。
4チャンネル ドラムかな?
おお。。
これで全部一人で音源が作れるんか。
むっちゃワクワクする❤
だが、MTRを手に入れるには金がかかる。
そんな金はないし、中学生ではバイトすらどこも雇ってくれない。
どうしようか。
家に今あるものでなんとか代用はできないもんか。
ウチには二台のカセットデッキがあった。
両方とも録音が出来るやつだ。
この一台づつに同じテンポでギターと歌を録音して、一緒に再生ボタンをポチッとすれば一応2チャンネルの再生機になるよな。とすれば、あともう二台録音できるカセットデッキがあれば、合計4チャンネルになるじゃんか!
貧乏人は金を使えない分、頭を使うのだ。
祖母の家から一つ、友達の家から一つ録音できるカセットデッキを借りた。
まず演奏がみな同じテンポじゃなきゃならないが、メトロノームすらない。一定のテンポで音を出すものがなにかないかと考えたあげく、祖母の家にエレクトーンがあったことを思い出した。
エレクトーンのヘッドホンからドラムの音を出して、それをガイドに聴きながらやれば全パート一定のテンポで録音できるし、ドラムはそのままその音を録音しちゃえばいいじゃんか!
俺って天才!!!
ギターもまだ簡単なコードしか弾けないけど、まぁ実験だしそれで良しとしよう。
デッキ1でギターの録音をする。
デッキ2の録音は、同じドラムの音を聴きながらアカペラで歌う。
そして、デッキ3のベース。
ベースは持ってないし弾いたこともないけど、トーンを殺してボンボンボンボンてギターの低い弦を弾けば似たような感じになるはずだ。
同じくドラムの音をヘッドホンで聴きながらコードのルート音をとにかく低い四分音符で弾いて録音。
そして、最後はエレクトーンからヘッドホンを引っこ抜き、ドラムの音を流してそいつをそのままデッキ4で録音。
どうだ!
MTRなしで4チャンネル全て録音したぞ!!
さて、今度はこれを同じタイミングで再生しなければならない。
とはいえ、これがもーほんとに難しい。
ぴったり同じタイミングで四台の再生ボタンを押さねばならないのだ。
デッキによっても回転数の微妙なズレがあるし、カセットテープによっても少しづつ癖が違う。
弟を呼び、両手で一人二台づつおなじタイミングで再生ボタンを、せーの!で押してみたがタイミングが全く合わない(笑)
それでもあきらめず、カウンターを見ながらテープの出だしの場所を調整したりして何十回かやった時、なんと一度だけ奇跡的にいいタイミングになった。
おおおぉ。。。。
歌のピッチはめちゃくちゃ、ギターはつっかえつっかえ、ベースにいたっては全くベースらしい音ではなかったものの、エレクトーンのドラムだけはちゃんとしてて、聴いているうちにドンドンずれていってしまったけど、確かに何秒か何十秒か、全部の音がシンクロして一つの楽曲のように聴こえたのだ✨✨
さすがにそのやり方でその後録音することはなかったけど、これが僕の初録音だった。
その後、色々試行錯誤を繰り返し次に考えたやり方は、
・デッキ1にエレクトーンのドラムを流しながらギターを一緒に録音
・デッキ1に録ったギターとドラムを流しながらデッキ2でベースを録音
・またデッキ1に戻り、デッキ2で録った音を流しながら歌を録音というスタイル。
これが、いわゆるオーバー・ダブといわれる手法であることに気づくのはずっと未来の話だ。
音質は録音を重ねるごとに劣化するが、デッキは2つでいいし、再生タイミングの問題も解消し、この手法でその後何度も録音にチャレンジした。
中学生の最後の頃にはTASCAMの中古MTRを手に入れ、その後何台も色んなカセットMTRを乗り継ぎ、それがMDやDATになり、そのうちパソコンになって、今では自分のスタジオでCDを作ってお金をいただくまでになったが、録音の作業中に今までやったことのない作業をしなきゃならなかったり、どうやって処理したらいいか悩んだりした時は、この頃のことを思い出すことがある。
デジタルになろうが、ハイファイになろうが、あの頃の超アナログな試行錯誤が僕の録音魂の源なんである。
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