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特典本ができました!②

 創業130周年記念朗読劇の特典本が完成しました〜!!
 2冊とも、とてもいい仕上がりです!

DEKITAYO~~~~!!!

 特典2冊セットのうち、今回は、新規特別編集『織田作之助 新聞小説セレクション』をご紹介します。

織田作之助 新聞小説の魅力

 創業130周年記念に声優朗読劇を開催することになったとき、こうした畑違いのイベントに挑戦するのだから、特典はなにか出版社らしいものを作りたい、と思って企画したのが『織田作之助 新聞小説セレクション』です。
 織田作之助を朗読劇のテーマに決定するまでにも、そしてした後も、朗読劇をお客様によりよい形で届けるための糸口を探して、オダサクのさまざまな作品や評論を読みました。なかでも私たちの興味を引いたのは、彼の新聞小説でした。

 オダサクは戦中から戦後にかけて、内容が確認できていないものを除いて5本の新聞連載小説を残しています。戦争中は表現の自由は厳しく制限され、また敗戦直後はそれまでの価値観が一変してしまい、どういうものが受け入れられるのか全く分からない状況でした。何を書いたらアウトで、どう書いたらセーフなのか、多くの創作者がしり込みするなかで、オダサクはじつに軽快に、巧みに、読者にエンタテインメントを届けていたのです。

織田作之助の新聞小説作品
①『清楚』(「大阪新聞」1943年 5/1~29)全29回
  ※単行本=全集版と異なるショートバージョン。
②『十五夜物語』(「産業経済(大阪)新聞」1945年 9/5~19)全15回
③『それでも私は行く』(「京都日日新聞」1946年 4/26~7/25)全84回
  ※単行本=全集と大きく異なる初出形。
④『夜光虫』(「大阪日日新聞」1946年 5/24~8/9)全65回
⑤『土曜夫人』(「読売新聞」1946年 8/30~12/6)全96回 ※未完

 加えてオダサクは、「新聞小説」という媒体を活かして、当時の新聞に書かれていた記事をうまく連載小説に織り込み、作品にリアリティを添えるとともに、そこで描かれる物語が果たして現実なのか虚構なのかをあいまいにすることで、読者の臨場感と興奮を煽ったのです。
 一方で、日刊連載というハードな執筆条件と混乱期の粗悪な出版印刷事情もあいまって、紙面は誤植だらけ。原稿を一枚飛ばすミスまで発生し、そのせいで話が通じなくなったので、プロットを書き直す羽目になることも。当然原稿は遅れに遅れ、割を食ったのは挿絵画家、原稿なしに作家じきじきの電話によって挿絵の指示を受け、家族をモデルに慌てて描くようなことも日常茶飯事だったとか。
 この先の読めない執筆事情が、そのまま先の読めない物語に反映されているハプニング性、それが他の新聞小説とも異なる、オダサク新聞小説のえもいわれぬ面白さなのです。これらの突発要素は、単行本収録時にはつじつまが合うように大幅に改稿されている部分も多く、初出ならではのスリリングな魅力は、当時の新聞紙面にあたらなければ知ることはできません。

オダサク新聞小説集企画の始動

 本書の編者でもある斎藤理生先生(大阪大学教授)に企画のご相談をしに行った際、「やっぱオダサクは新聞小説がアツイ!」と意気投合し、新聞小説集の計画を本格的に練り始めたのはほぼ一年前。
 当初は5作品すべてを収録しようと思っていましたが、当時の新聞小説って1回の文量が現在の約2倍もあるのです。これは京極夏彦先生の京極堂シリーズ並の鈍器本&おねだん諭吉寄りのウン千円になってしまう、とあえなく断念。
 熟慮の結果、オダサク新聞小説の注目すべきポイントがすべて詰まっていて、単行本版とは大きく異なる部分があり、さらに敗戦直後の(創元社の拠点でもある)関西の姿が克明に描かれていることなどを鑑み、1946年春~夏に並行して連載されていた『それでも私は行く』と『夜光虫』の2作品に厳選することにしました。
 そのかわり、どの単行本にも全集にも掲載されていない、三谷十糸子・小磯良平による各作品の挿絵を全点収録することにしたのです。

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 前置きが長くなってしまいましたが、完成した書籍を見ていきましょう。
表紙や各話タイトルページのデザインにある作家名や作品名は、織田作之助の直筆原稿から抽出した、作家自身の手書き文字をあしらったもの。
表4には、『それでも私は行く』の重要アイテムであるサイコロがちょこんとかわいらしく鎮座しています。これも当時の連載紙面の挿絵から抽出したものなんですよ。

手書き文字を抽出した原稿(大阪府立中之島図書館所蔵)。「虫みました。」て何やねん

収録内容1:『それでも私は行く』

 収録作品1作目『それでも私は行く』は、敗戦直後の京都を舞台にした群像劇で、1946年4月~7月にかけて、京都日日新聞に連載されました。
 主人公は先斗町のお茶屋の息子で三高生(オダサクも在籍していた三高は、のちの京大教養学部)の梶鶴雄。紅顔の美少年ですが、家業を恥じてなかばデカダンな気分になっているのか、自分の行動をサイコロの出る目で決めるという変わった性癖を持っています。
 こじらせ梶くんを筆頭に、彼に懸想する先斗町のベテラン芸者・君勇、恋かどうかも自覚してないゆるふわ舞妓・鈴子、新円切り替えでボロ儲けし京都の花街でブイブイいわせる小郷虎吉、その妹で肉食系女子の宮子、小郷に泣かされた姉の仇を打たんとする弓子、梶くんを小説のネタに使おうとするいかがわしい小説家・小田策之助・・・・・と世界文学社界隈の愉快な仲間たち……など、個性的なキャラクターが思い思いに行動した結果、偶然と故意がもつれ合い、一つの殺人事件を引き起こすのです。
 戦火をほぼ免れたといえる京都市中心部の街並みや、大阪に比べてややのんびりした様子がつぶさに描かれるとともに、当時実際に新聞紙上で報道されていたニュースを物語に織り込む手法が、虚構と現実の境目をあいまいにさせ、当時の読者にも大いにウケたそうです。
 一方で、連載紙であった京都日日新聞の組版技術は十分とはいえず、通し話数や登場人物の名前すら間違うような誤字脱字は日常茶飯事。前述したように一枚原稿を飛ばされるという一大事件も起こり、やむなくオダサクは筋を変更し、自分自身を作中に登場させて収束をはかったようです。そして単行本に収録する際には、内容を大幅に書き直しました。
 今回の『新聞小説セレクション』では、実際の新聞紙面に当たらなければ読むことはできない連載版の「それでも私は行く」を収録し、誤植と判断して修正した文字には「*」マークをつけています。これはオダサクも怒ったやろな……と思わせる誤植の痕跡の夥しさにもご注目ください。

原稿は遅れに遅れ、本文をふまえて挿絵を描くというプロセスはほとんど踏めなかった。写真の画は、電話による指示にもとづき、三谷十糸子が娘をモデルに描いたものだという(三谷青子氏談)

収録内容2:『夜光虫』

 2作目は大阪を舞台にした『夜光虫』。1946年5月~8月、つまり『それでも私は行く』とほぼ並行して大阪日日新聞にて連載されていました。
 地元大阪に戻ってきたばかりの復員兵・小沢十吉が、友人の家に向かっている途中、まる裸の女性に助けを求められ思わず保護するというセンセーショナルな事件から物語は幕を開けます。
 かたくなに理由を語ろうとしない女性にせめて着物を買ってやろうと、小沢が駅に預けていた荷物を取りに行くと、引換票がスリにあっていたことが判明。引換票をスったのは、不良集団「青蛇団」に属する孤児の亀吉でした。小沢の荷物を闇市で売り払い、2千円の大金を手に入れた亀吉は、シノギの腕を兄貴分の豹吉に褒めてもらおうと自慢しますが、復員兵から物を盗るなとかえって叱られ、金を持ち主に返すよう命じられます。亀吉がようやく小沢を見つけ出し金を返そうとすると、なんとその金はさらにスられており、亀吉の懐には代わりに、ライバル不良集団「隼団」からの「青蛇団」に対する果たし状が入っていて――。
 これは『夜光虫』の錯綜する筋のごく一部ですが、大阪市内を縦横無尽に走り回り、偶然が偶然を呼ぶスピーディな展開のなかで、マジメでお人好しな小沢十吉と、ある人物に蛇の入れ墨を入れられ、スリや恐喝で身を立てている「青蛇団」の不良少年少女たちの因縁が奇妙に絡み合っていきます。エンタメ小説らしいサスペンス要素も盛り込まれていますが、日陰で生きる不良少年少女たちのたくましさと、同時に繊細な心の機微も描かれていて、青春小説のような趣も感じます。
 敗戦後まもない大阪は、焼け跡からものすごい勢いで復興しようとする熱気に満ちていた一方で、スリを筆頭に、恐喝、殺人、売春などの非行・犯罪が横行していました。これらの行為をはたらく若者は「悪の華」や「夜光虫」と呼ばれ、取り締まりに関する記事が新聞にもひんぱんに掲載されていたのです。オダサクはこの作品に、当時の大阪の「世相」を克明に描いたといえるでしょう。

見ごたえ十分な小磯良平の挿絵にも注目してほしい。このページは編集Oのイチオシ、豹吉兄貴。オダサクの大好きな「ゾッと寒気がする」ほどの美少年で、若者らしい刹那的な面もありつつ、誇り高く面倒見もよくカッコイイです。亀吉との掛け合いはまるでプ●シュート兄貴とペ●シのよう。

収録内容3:全集未収録資料

 本書にはさらに、『織田作之助全集』に収録されていない、近年発見された随筆や評論が7編収録されています。編者の斎藤理生先生によれば、オダサクが本格的に創作を行ったのは戦中から敗戦直後にかけての混乱期だったため、初出が不明であったり、存在そのものが忘れられている作品も少なくないそうです。
 本書に収録したラインナップは以下の通り。
①「近頃大阪色」(「都新聞」1940.8.24/コント)
②「禍なるかな長髪」(「都新聞」1940.9.18/コント)
③「関西の文学運動」(「関西大学新聞」1941.11.30/評論)
④「大阪の文学 地方文学論の否定と真の大阪的な作家としての西鶴論」(「関西学院新聞」1942.2.20/評論)
⑤「女と婦人」(「東京タイムズ」1946.4.10/随筆)
⑥「自戦記」(「大阪日日新聞」1946.7.31/随筆)
⑦「投書の心理」(「時局日本」214号、1945.9.1、15日号/随筆)

 すべてに斎藤先生の一言解説がついています。

オダサクVS俳優の月形龍之介との将棋対決の棋譜も掲載されている⑥「自戦記」の解説部分と、
その後に続く⑦の「投書の心理」。

 個人的に一番好きなのは⑦の「投書の心理」。今だったらSNSで簡単に吐き出してしまえるであろう、日常生活で直面したちょっとした理不尽を、新聞に投書するか、いやそんなことしても無駄か…と悩みつつ、結局原稿のネタに使っています。実際、SNSでもそこそこバズりそうなネタではある。
 ⑥の「自戦記」は、将棋好きだった織田作之助が、新聞社の企画で俳優の月形龍之介と将棋対決をしたときの随筆。解説にはその時の棋譜も掲載されており、これはなかなかレアな資料では。ちなみに、この棋譜を見た現役プロ棋士の評価によれば、オダサクの将棋の腕前は「自分は強い、と思っている素人のレベル」だそうです。し、辛辣――…!

収録内容4:斎藤理生先生による、「織田作之助 新聞小説」解説

 巻末には、本書の編者でもある斎藤理生先生による解説を収録しています。『それでも私は行く』『夜光虫』を中心に、織田作之助の新聞小説の魅力を、連載の経緯や当時の社会背景などにも触れつつ、簡潔にまとめていだだきました。
 単行本版との比較や、連載紙面に掲載されていた他の記事を参照した詳細な分析をふくむ、斎藤先生のより包括的なオダサク新聞小説研究については、大阪大学出版会から刊行されている斎藤先生の著書『小説家、織田作之助』をおすすめします!

***
【本書の概要】
オダサクが1943~47年に連載した5つの新聞小説のうち、戦後直後の京都・大阪を舞台にした『それでも私は行く』、『夜光虫』2作品を書籍化。
新聞連載版のテキストを再編集し、三谷十糸子、小磯良平による挿絵も全点収録。さらに全集未収録の掌編7点と、斎藤理生(大阪大学大学院教授)の解説を付した、ファン垂涎の豪華特別編集版です。

収録内容:
『それでも私は行く』
『夜光虫』
付録『織田作之助全集』未収録資料
解説「オダサク一九四六――京都・大阪・新聞小説」(斎藤理生)

四六判・並製・296頁
定価2,200円(税込)

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 特典本は後日、創元社ホームページなどでの販売も予定しておりますが、最も早く入手できるのは、2022年9月25日の創元社創業130周年記念朗読劇イベントです。イベントでは織田作之助を主人公にしたオリジナル脚本を、速水奨さん、木島隆一さん、堀江瞬さん、そして追加出演の決まった今井文也さんら人気声優陣が演じます。美しい声が紡ぐ物語を、サックス奏者の佐々木晴志郎さんが生演奏で彩ります。
 しかも、特典本は各定価2,200円のところ、2冊セットで実質2,500円で入手できてしまうオトクな特典付チケットもご用意しております。
 ご都合つかれる方はぜひ、会場にお運びいただければ幸いです!

創元社130周年記念朗読劇『フォアレーゼン 無頼 ~大大阪下のいちびり――人呼んで「オダサク」』公演詳細&チケット購入 → こちら

『夫婦善哉』簡易復刻の詳細については → こちら