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ケルト文化の魅力 ―「自然の生命」を敬う心と知恵の泉―

鶴岡真弓(多摩美術大学・芸術人類学研究所所長)

「ウィスキー」「セーヌ川」「アーサー王」。
現代の日本人もよく親しんでいる単語・名前には、実は「ケルト語」起原のものがたくさんある。
どれも意味深く、それは今日のアニメやゲームで大活躍するケルト戦士や、祭司ドルイドや、妖精たちが生きていた古代から現代にまで続いている、ケルトの【自然を敬う心と知恵】を深く伝える言葉なのだ。

もともと「ウィスキー」とはお酒のことではなく、大自然の恵みたる、聖なる「水(イシュケ)」のことだった。今日でもアイルランドやスコットランドやウェールズなどケルト文化圏を旅すると、たくさんの水の聖地、「聖なる泉」に出会うことができる。
そのとおり、フランスの「セーヌ川」もケルト(ガリア)人が崇拝した「川の女神セクアナ」が語源。セーヌ川の水源は最重要の【聖地】で、2万点ものコインや木の偶像などの「奉納物」が発見されていて、現代でも巡礼の人々が絶えない。 
セーヌ川、ライン川、ドナウ川、古代ヨーロッパの河川のネットワークで縦横に活動したケルトの人々は、いのちの源の泉や水源を心から敬い、渡る時にはコインを投げて感謝したのである。

ケルト系神話・伝説で最高の人気を誇る「アーサー王」の名は「熊/アルトゥス」から来ている。ケルト人が大陸にいた時代、森の王である熊や、精霊の鹿を神々として敬った。ケルト人の【動物神崇拝】の心がこの名に照り映えている。アイルランド神話のヒーロー「クー・フリン」も少年時代に闘って倒した「クー/犬」の異名をもっている。

ケルト文化の伝統には、現代人が忘れてしまった【自然】の恵みと生命エネルギーへの感謝と、その根源から学んだ知恵が満ちている。
そのポイントは、自然には決して人間が征服できない、生命の時空が無限に広がっていて、【生きとし生けるもの】に永遠のパワーと思慮を与えてくれるという、ケルトの人々の想像力の深さ、鋭さである。

ケルトの神話・伝説では神々や精霊が住む【異界/アザー・ワールド】がしばしば舞台となる。
それはケルト人がヨーロッパの各地に住み優れた鉄器を創造していた先史から絶やさなかった思い、人間が支配するこの世ではなく、自然という聖なる時空を、心から敬い大切にしてきた精神をもっていたことである。

だからケルトの神話や芸術には、異界に通じるパワーをもつ、動物の名をもつ戦士や、精霊たちが活躍し、人間には知れない「神秘的な出来事」が次々に起こるのである。
このことを知ればアイルランドのトム・ムーア監督がアニメ化したように、なぜキリスト教時代になっても、聖書写本の『ケルズの書』には、圧倒的に「動物文様」のデザインが出現するのかの理由も分かる。

ケルト文化は「いにしえ」のものではない。
それは正に私たち現代人が直面している、自然と人間の関係を教え、「生きとし生けるもの」の一員としての人類がこの地上で、何を未来に伝えていけるかを、問いかけている。
ロングセラー『ケルト事典』や『ケルト人』(※1)から、『ケルトの神話・伝説』(※2)や『地図で読むケルト世界の歴史』などまで、これらの本にはその重要な答えが宝箱のように詰まっている。

聖なるオークの樹の枝に、希望の光を、きらめかせながら、今日も【ケルトの知恵の森】の泉は私たちの訪れを待っている。


※1・2→現在品切れしております。

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