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第14回|原因は羊でした

行動分析学を取り入れた「犬との暮らし方」にまつわる連載。犬と生きていくこととは、犬を飼うとはいかなることか。保護犬はると行動分析学者ボクの生活から、そのヒントをお届けします。*マガジンページはこちら

 従兄弟のタナカがうちに来てくれたおかげで、はるのお腹の調子が悪そうなときでも心配することなく大学に出勤できるようになった。深夜に起こされることはまだあったが、それでも心身ともにボクはずっと楽になった。
 気持ちに余裕ができたので、下痢の原因を本格的に調べ始めた。まずは山本央子先生に相談して、察子さんもお世話になっている獣医さんを紹介していただいた。ボクのうちから車で30分くらいのところにある人気の動物病院だ。院長先生が診察し、丁寧に説明してくださった。

 まず、検査結果から下痢の原因は特定できないが、下痢になったときに抗生物質と下痢止めを使うのは間違っていないという見解をいただいた。ボクは、元々、なんでもかんでも抗生物質を処方する医者を信用していない。下痢のたびにはるに抗生物質の注射を打つ近所の獣医さんに対して疑心暗鬼になっていたので、このセカンドオピニオンには安心した。

 もう一つ気になっていたのは甲状腺の異常だった。はるは福島第一原発の事故で避難区域に指定された家屋で保護された犬だ。放射線の影響かもしれない。院長先生は、断言はできないが、血液検査の結果をみる限り、その心配はほぼないでしょうと言ってくれた。これにも本当にホッとした。

 最後に院長先生は、近所の獣医さんにアレルギー検査を依頼してみてくださいと提案してくださった。ボクはハッとした。はるのフードを変えたのが、ちょうど1か月くらい前だったからだ。
 はるを一時的に預かってくれていたアニマルファンスィアーズクラブ(AFC)のご厚意で、うちに来てからもAFC特製の生肉冷凍パックを送ってきてくださっていたのだが、お手間をおかけするわけにもいかないと、新学期が始まるタイミングで既製品のドッグフードに切り替えていたのだ。何種類か試してみて、はるの食いつきが一番良かった半生タイプのブランドを選んでいた。あれが原因なのかもしれない。

 そういえば、フードを変えるならアレルギー検査をしてくださいと佐良先生もおっしゃっていたではないか。なんという不覚だろう。
 早速、近所の動物病院でアレルギー検査をお願いした。採血してから約1週間は、AFCにお願いして生肉冷凍パックをもう一度送っていただき、検査結果が届くまで首を長くして待った。
 検査結果は、近所の獣医さんも驚くほど、多種多様なアレルギー反応を示していた。米、玄米、大豆、トウモロコシ、ジャガイモ、カツオ、ニシン、ブタクサ、ニワトコ、オリーブ、ブナ、オーク、クワなどなど。アレルゲンのオンパレードだ。そして、ラム。半生タイプのドッグフードの主原料は羊肉だった。下痢の原因はこれに違いない。

 はるにあげていたおやつ類についてもすべて原材料を確認してみた。すると、馬鈴薯とかコーンスターチが含まれているものがあるではないか。イモともろこしじゃん。これもあかん。
 ドッグフード専門のオンラインストアで買い物をしていると、こんなおやつもあるんだ、これは食べそう、あれも食べさせてあげたいと、孫を溺愛するじーじのように爆買いしてしまう。その結果の血便なら、犯人はアレルゲンではなくボクじゃないか。本当にごめん。

 下痢の原因は特定できたが、アレルゲンが含まれていないフードを探し出すのは至難の技だった。検査結果と原材料表を突き合わせて探していくが、ほとんどのドッグフードには米か大豆、芋か小麦粉が含まれている。ラムが含まれているフードも意外なほど多い。出回っている数十商品のうち、適合しそうなフードは2、3しかなかった。すぐに取り寄せ、試してみて、はるがよく食べたブランドを選んだ。
 アレルゲンが微量でも含まれるおやつ類はすべて廃棄し、添加物なしで、つなぎにデンプンなども使っていない乾燥ササミなどのみ残した。
 こうして、血便にまで至ったはるの体調不良問題はようやく解決した。それでもボクの中に住む溺愛じーじはいなくならなかった。隙さえあれば新しいおやつを買おうとする。

 そこでルールを作った。新しいおやつを試すときは一度に一つのみとし、いつから食べさせ始めたか記録しておくことにしたのだ。一度に複数の新しいおやつをあげてしまうと、お腹を壊したときに、どれが原因だったかわからなくなる。だから必ず一つずつ追加し、次のおやつを追加するまでしばらく様子をみる。ラムが原材料のフードがそうだったように、食べてすぐに下痢になるわけではない。記録をつけておかないと、いつから食べさせていたのか記憶に頼ることになるが、あいにくボクの記憶は頼りない。

 散歩や食事などの世話をタナカにもお願いするようになったので、散歩に行った時刻やそのときの排尿や排便の様子、食事を出した時刻、新しいおやつをあげ始めた日などがわかるように、1週間単位でA4一枚の用紙に記録していくことにした。職業柄、こうした記録用紙を作成するのはお手の物だ。
 一人で世話をしているときには問題にならなかったが、世話を分担すると、散歩のときにうんちをしたかどうか、食事を出したかどうか、食事のときにヨーグルトや他のサプリを混ぜたかどうかなどなど、細かなことが曖昧になる。「これ頼んだよね」、「聞いてないよ」みたいなすれ違いも起こる。記録用紙はこういうトラブルを予防することにも役立った。

実際の記録の様子

 アレルギー対策が功を奏し、はるの体調が万全になり、たくさんあげても問題ないフードやおやつもはっきりしたので、タナカに手伝ってもらい、はるの呼び戻し訓練を始めることにした。
 呼び戻し訓練とは、名前で呼ばれたら飼い主の元に戻ってくるように犬に教える練習だ。これができないうちはドッグランでリードを外して思いっきり走らせることができない。いや、走らせることはできるが、そのまま戻ってこなくなるかもしれない(これについてはいずれまた書きます)。もしも散歩中にリードが外れることになっても、呼び戻しができれば脱走されなくてすむ。はるがうちに来た初日に起こった事故はぼくの中でトラウマになっていた。できるだけ早く呼び戻しを教えたかったのだ。

 呼び戻し訓練は、飼い主一人でやるのは不可能ではないにしろ難しい。二人いれば、タナカにはると一緒にいてもらい、ボクがそこから離れてからはるの名前を呼び、そのときにタナカがリードを緩め、はるがボクに向かって走ってきたときにボクがはるにおやつをあげて強化できる。そしてすぐさま、今度はタナカがはるの名前を呼び、はるがタナカに向かって走ってきたらタナカがおやつをあげれば強化できる。二人の間を行ったり来たりして何回も練習できるわけだ。
 このために、ロングリードと呼ばれる10mくらいある長い紐を購入した。近くの無法地帯公園で夕暮れをすぎてから練習を開始した。最初は3mくらいから始める。リードを緩めると、名前を呼ぶ前からこっちに向かって走ってくる。いつもはボクたちのどちらかと散歩しているのに今日は両方一緒にいるのが斬新なせいか、尻尾をがんがん振っている。楽しそうだ。リードを3mから5m、5mから10mにしても問題ない。

 はる、お前は天才か!と褒め称えていたら、アローとアローのママさんがやってきた。ボクはタナカを紹介した。以来、タナカは近所の犬友に「イトコのタナカさん」あるいは「もう一人のパパさん」として知られるようになった。

to be continued…


★プロフィール
島宗理(しまむね・さとる)[文]
法政大学文学部教授。専門は行動分析学。趣味は卓球。生まれはなぜか埼玉。Twitter: @simamune

たにあいこ [絵]
あってもなくても困らないものを作ったり、絵を描いたりしています。大阪生まれ、京都在住。instagram: taniaiko.doodle