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SIerが「SI嫌」にならないために

2019年10月10日に、私、及川卓也の著書『ソフトウェア・ファースト あらゆるビジネスを一変させる最強戦略』が発売となりました。このnoteでは、出版の経緯や書籍づくりの裏話、発刊時に削った原稿の公開など、制作にまつわるさまざまな情報を発信していきます。

こんにちは、及川です。

Amazonのレビュー数が増えてきて、なんか幸せな気分です。良い評価をしていただけるのも嬉しいですが、丁寧な言葉で感想をいただけるのが嬉しいです。厳しい意見も、今後の参考になります。

1990年代後半、ちょうどWindowsが職場でも使われるようになった頃、私は多くの書籍を執筆しました。共著ばかりでしたが、ほとんどのものは私が主著者でした。執筆したWindows関連の技術書はちょうどWindowsの普及時期と重なったこともあり、ベストセラーになったものもありました。

それから20年ほどが経ち、久しぶりに書き下ろしの書籍を書いたのですが、当時と大きく異なるのが、ソーシャルで読者の方々の感想が可視化されることです。TwitterやAmazonをはじめとする各種レビューなど、厳しい意見もそのまま著者の目に飛び込みます。

自分の書いたものに責任を取れと言われればそれまでですが、厳しい意見ばかりが続くと、メンタルに響き、書いたことを後悔さえします。もう二度と書くものかと思ってしまっても不思議はありません。

幸いにして、今回の私の書籍に関しては多くの方からお褒めの言葉をいただいていますが、他の方の書籍のレビューはかなり厳しい言葉が並んでおり、本人もきっと辛いだろうと想像します。

正直な評価は他の読み手への参考になるので、是非とも共有してほしいと思いつつ、知を共有するという、ある意味勇気ある行動をした人たちへの敬意は忘れずにいただけたらなと思う次第です。

と、ちょっと関係ない話から始めましたが、今日はSIerへの想いを書かせていただきます。

SIerの本来の使命と現状

システムインテグレーター(SIer)はマルチベンダーシステムが普及した1990年代に登場しました。情報システムが複数のベンダーからの調達部品で構成されるようになった結果、それらを組み合わせ、要求通りの機能を実現するために、一般企業のパートナーとなったのがSIerです。

その後、SIerは当初のインテグレーション(統合)の域を超え、情報システムの企画から開発や運用という幅広い領域を請け負うようになり、一次SIer(プライムコントラクター)をトップとした多重下請け構造を作り上げます。

「パートナー」とここで書かせていただきましたが、SIerも営利企業であるので、自社の利益を追求するのは当たり前のことです。その結果、顧客と伴走するパートナーという役割を忘れ、儲けに走ってしまっているのではないかと思わせることがあります。これは完全に私の私見であり、実際に働いている方々の中には憤慨される方もいらっしゃるのではないかと思います。

しかし、SIerと顧客の間の紛争は至るところで起きており、メディアで話題にのぼることも少なくありません。日本だけで見ても、スルガ銀行と日本IBM、野村ホールディングスおよび野村證券と日本IBM、NTT東日本と旭川医大などの訴訟は有名でしょう。これらがSIer側の儲け主義の結果だとは言えません(顧客側の問題も多く指摘されています)が、SIerが本来のパートナーという関係になりきれていなかったのは事実でしょう。

米国のアクセンチュアとレンタカー会社のハーツ(Hertz)の訴訟などはもっと日本でも報道されるべきではないかと思います。米国でさえこのようなことが起きているというのは、日本固有の問題ではないということがよく分かります。これは、レンタカー会社のハーツがアクセンチュアに委託したWebサイトとモバイルアプリのリニューアルプロジェクトが失敗し、訴訟に発展してしまったという事例です。

ハーツは以下のように主張しています。

(1)プロジェクトの度重なる遅延。2017年12月完成予定が2018年1月にずれ、そして2018年4月に再度変更、だがそれさえ守れなかった。

(2)依頼していたレスポンシブデザインが実現されない。スマホ、タブレット、デスクトップ、ラップトップ向けを要求したのに、スマホとデスクトップしか対応しておらず、タブレットへの対応を確認したところ、追加料金を請求された。

(3)サイトの情報や構造はグループ会社含めて共有することを依頼していたのに、完全に無視された。DollarやThriftyというブランドやグローバルサイトでは使えなかった。

(4)コードがとんでもなく酷かったし、セキュリティ問題(悪夢と言っている)が待っていた。Angular 2で書かれたコードがあまりにも酷かったので、全部捨てたほど。

(5)AdobeのAEM(Adob​​e Experience Manager)を使っていたが、コーディングもファイル構成もアーキテクチャに沿っていないので、アプリケーションは不安定になり、更新もままならない。JavaもJava標準に沿っていない。

(6)WebのCMSのために、RAPIDと呼ばれるものを使うことを勧められ、そのとおりにそのライセンスを購入したが、アクセンチュアはその使い方をわかっておらず、それを使わない場合よりも修正に時間を要するようになった。

(7)テストも酷かった。全く不適切で、リアルワールドテストではないし、エラーハンドリングもしていなかった。

(8)スタイルガイドは対話式で、更新しやすいものを明示的に依頼していたにもかかわらず、PDFでしか提供されなかった。再度依頼したら、想像通り、追加料金を要求された。

詳細は、Case Study: How Hertz Paid Accenture $32m for a Website That Never Went Live - Henrico Dolfing に綺麗にまとめられています。英文ですが、英文を読むのが苦手な人でもGoogle翻訳で日本語にすれば大意はつかめると思います(余談ですが、Google翻訳の品質の向上が著しく、英文が読める私でも最近はついGoogle翻訳を使ってしまようになってます)。

ただ、このハーツの話には、彼らがあまり言いたがらないサイドストーリーもあります。この一連のプロジェクトは新しく採用されたCIOが進めたものでした。もともと社内にいた内製のエンジニアを解雇し、アウトソースすることを決めた張本人ですが、プロジェクトの失敗が明らかになり辞任に追い込まれます。ベンダー側だけでなく、顧客側も自社のIT戦略をきちんと制御しきれていなかったという問題があったのでしょう。

書籍『ソフトウェア・ファースト』では次のような事例を紹介しています。

 筆者の知人は、ある大企業のシステム開発にかかわった時、まさにこのジレンマに直面しました。某有名ベンダーによって作られたそのシステムは、本来の目的に適しているかどうかに関係なく、そのベンダーの事業戦略上必要だという理由だけで、あるプロプライエタリなインフラ技術が採用されていました。その技術は利用契約を結んだベンダーのエンジニアしか扱えないものだったため、ちょっとした機能変更にも相応のコストと長い期間がかかります。

筆者の知人の会社にはITが分かるエンジニアがいたので問題を把握し、最終的には自社でオープンソースを中心にしたシステムを内製することで解決しました。しかし、もし社内にITが分かる人がいなかったならば、問題を問題とも認識せず、ITのシステムとはこんなものだと我慢して使い続けていたことでしょう。

書籍ではボツとなりましたが、もう一つ別の事例を紹介します。

 別の例では、IoTデバイスからの制御データを扱うシステムにもかかわらず、テキストマイニングのツールが使われるようになっていました。知人が理由を聞いても理由がはっきりしなかったのですが、どうやら対応したベンダーがそのツールの販売代理店になっているからではないかということが判明しました。このために、このシステムは制御データを文字変換し、それでテキストマイニングツールに流し込むという作業をしていたそうです。

これは少し解説が必要でしょう。IoTデータの監視や可視化にテキストマイニングを用いること自体が問題なのではなく、手段が先に決まっていたという点に問題があります。

いくつかの事例を紹介しましたが、現在のSIerの課題の一つとして、本当に顧客のパートナーとなりえているのかという点はあるのではないかと思います。

SIerへの期待

昨今のデジタル・トランスフォーメーション(DX)の流れの中で、SIerも顧客のDX推進を行うような動きが出てきました。これ自体はパートナーとしての立ち位置への回帰とも考えられ、大変望ましいことだと思いますが、実はSIerの本質的な問題もはらんでいます。

書籍『ソフトウェア・ファースト』では次のように述べています。

 SIerの中には昨今のデジタル・トランスフォーメーションブームに乗っかり、関連する案件の受注を増やしているところがあります。事業会社のデジタル・トランスフォーメーションをサポートするというビジネスで、継続して成長する形の事業に対して、ITの専門集団としてコミットする形です。そのため、契約形態もレベニューシェアと呼ばれる収益分配契約にしたり、成果報酬契約にするなど、多様な契約形態が結ばれるようになっています。
 しかし、デジタル・トランスフォーメーションは事業と組織の双方に変革を起こすことが目的です。組織変革にはITの専門家の育成や採用が必須です。自ずと、内製化比率を高めていくことが重要となっていきます。そうなると、多くの(従来型の)SIerにとっては自分で自分の首を締めることになるはずです。事業会社が自走できるようになったら、デジタル・トランスフォーメーションに対する外部からの支援は終了となります。デジタル・トランスフォーメーションの本質を突き詰めていくと、SIerは関連する案件をやり続けることで自らの存在価値を最小化していくことになるのです。

つまり、顧客のDXを進めれば進めるほど、自らの存在意義を失うことになるのです。

DXを進める顧客が増えた後の世界におけるSIerの役割については書籍をお読みいただくとして、ここでは、私がSIerに期待したいことを書きます。

前述のとおり、SIerの負の側面は自社の利益を最大化してしまうことだと思います(課題を単純化して書かせていただいています)。本来は、自社の利益を上げるためには、顧客の利益を最大化する必要があるのです。顧客の課題を解決するためのパートナーとして伴走し、その課題解決から得られた利益の一部を自社の利益とする。これが正しいSIerのあり方でしょう。

顧客課題を解決するというのは、顧客が市場において競合力を持つということです。ここまでは釈迦に説法であり、多くのSIerがこれを目指していることでしょう。

しかし、その命題を忘れ、自社の利益優先で動いているように思える事例がいくつか見受けられます。日本には、凄まじいスピードで変わりゆく社会の中で苦しみながらも、まだ資金だけはある企業が多く存在します。これらの顧客から、時には不要なシステムを売りつけるようなことをしてでも利益をあげる姿は、まるで高齢者を騙して儲ける詐欺と揶揄されても仕方ないのではないでしょうか。

顧客の利益を優先して考えたならば、日本企業で共通の課題となっている過剰なカスタマイズなどは、ここまで起きていないことでしょう。顧客が望むからという理由で言う通りのシステムを作ってしまった結果が今の状況なのです。真のパートナーとして、作るもの/作らないもの判断やビジネスプロセスなど顧客側が変えるべきことは進言すべきでしょう。

SIerへのさらなる期待

さて、ここまでは現時点でも良心的なSIerならすでに取り組んでいることでしょう。しかし、SIerにはもっと高い視座で臨んでほしいと考えます。顧客の競合力を高めるとお話しましたが、その場合の競合は多くの場合、日本国内市場となります。残念ながら、現在の日本のITは国際的な競争力が高いとは言い切れません。結果、日本ではITシステムに対して期待されるものも低く、他国では5年前か10年前のレベルのものであっても十分に通用してしまいます。競合他社の提供するシステムに合わせるだけで勝負できてしまうからです。

たとえ使いにくいユーザーインターフェイスのアプリを提供していても、他社も同じようなものなら、改善する必要はない。その結果、目が肥える機会を逸したユーザーからの期待も低いままとなり、日本企業のIT力も低いままとなります。これでは世界市場で戦えないのです。

ある家電製品はハードウェア性能は極めて高く、ほとんど壊れないので海外でも人気です。しかし、この製品をBluetoothでコントロールするスマホアプリの出来がとても悪かったため海外では他の競合製品を買う人が増えてしまっていると米国在住の知人に聞きました。日本ではまだスマホと連動させるニーズが高くないのか、競合が存在しないからか、問題にはなっていません。この案件にSIerが絡んでいたかは分かりません。しかし、こんなことがあちこちで起きているのです。SIerには顧客の競争力を高めるだけでなく、日本の競争力を高めるという高い視座で取り組んでほしいと期待します。

ここまで2つの視座をSIerには持ってほしいとお話しています。1つが顧客の価値を高めることで、もう1つが日本の価値を高めること。下品な言い方をすると、顧客を儲けさせることと日本を儲けさせることを考えようということです。

理想から言うと、SIerにはさらに高い視座を持ってほしいと思います。それは地球レベルで考えることです。現在、世界は分断が進み、国家や民族間での紛争が激しくなっています。ビジネスの世界でも、米国企業が欧州で反発を受けるようになったり、米中の貿易戦争が激しくなったりしています。日本の価値を高め、日本が儲けるようにというのは、日本企業がその中に加わることに過ぎません。しかし、高齢者を騙して儲けるようなことをやめるべきとお話したのと同じように、現在、世界はさまざまな課題に直面しており、地球自体が老い先短い高齢者的な状況なのかもしれません。そんな中、我々はより高い視座で物事に取り組むべきではないでしょうか。

顧客価値を向上させ、日本の市場価値を向上させ、グローバルレベルでの産業力を向上させ、地球全体の課題解決に取り組む。視座を一つずつ上げるとこのようになるでしょうか。SIerには是非このような高い視座で顧客のパートナーとして伴走してほしいと考えます。

ソフトウェア・ファーストの読者が読後の感想をTwitterなどで共有してくれる中には、SIerの方も多くいらっしゃるようで、その中には「読んだら辛くなった」と書かれている方もいらっしゃいました。

そのような想いをさせてしまったことを申し訳なく思いますが、実はあれでもかなりマイルドな表現にさせていただいています。初稿など、SIerに一族郎党皆殺しにでもされたのかと思うくらい、自分でも驚くほどの辛辣な表現が並んでいました。

しかし、それもこれも、すべてSIerへの期待の裏返しなのです。この想い、伝わりましたでしょうか。書籍にも書きましたが、なんだかんだ言っても、すべての企業がすぐに内製化できるわけでもありませんし、戦略的に内製化しないという選択は十分あり得ます。そんな中、日本のIT力を高める鍵はSIerの変革にあるとも言えるでしょう。

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