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亀田誠治さんに聞いたAvoid Note、不調和の先にあるもの

2019年10月10日に、私、及川卓也の著書『ソフトウェア・ファースト あらゆるビジネスを一変させる最強戦略』が発売となりました。このnoteでは、出版の経緯や書籍づくりの裏話、発刊時に削った原稿の公開など、制作にまつわるさまざまな情報を発信していきます。

こんにちは、及川です。

昨夜、イベントで亀田誠治さんと対談させていただきました。亀田さんについてはご紹介するまでもないと思いますが、音楽プロデューサー、作曲家、アレンジャー、ベーシストなど多彩なマルチプレイヤーとして有名で、東京事変のベーシストであり、椎名林檎さんや平井堅さん、スピッツなどのプロデュースやアレンジを担当されています。

私は以前から、椎名林檎さんや東京事変を通じて亀田さんのファンだったのですが、さらに尊敬するようになったのは12年前の2007年のこと。日替わりでクリエイターが登場する「劇的3時間SHOW」に登壇していた亀田さんのクリエイターとしての姿勢に、我々開発者との共通点を見たときでした。それ以来、いつかお目にかかりたいと思っており、昨夜ついにその希望が叶ったのです。

これは、12年前当時ガラケーで撮った写真です。

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昨夜のイベントでは様々なお話をさせていただきましたが、実は、一番私が亀田さんにうかがいたかったのは、Avoid Note(アボイドノート)についてでした。Avoid Noteとは直訳すると「回避すべき音」、つまりベースなら、弾かずに避けたほうがよい違和感のある音です。

私は2008年、「Avoid Note 不調和の先に」という記事を日経BPのITProに寄せました。以下がその冒頭です。少々回りくどく感じられるかもしれませんが、イノベーションは、最初はただの変化から始まる、その最初の変化はときに違和感や不快感としてもたらされるということが言いたかったのです。

不調和の先に
 フレットレスベース特有の立ち上がりの遅い低音。
曲が始まって間もなく、ベーシストが出したその音は正直少し耳障りに感じられた。
 ベーシストはジャコパストリアス(Jaco Pastorius)。
 今では、そのときの曲が何であったか思い出せないし、彼が当時所属していたウェザーリポート(Weather Report)での演奏だったのかもわからない。ただ、曲の開始後すぐに彼が繰り出した違和感のある音が、曲の終盤に向かうにつれ一つのつながりを持ってきたのは、今でも生々しく覚えている。冒頭の音があらかじめ綿密に計算されて出されたものなのか、それともその音が影響を与えて、あのような(と言ってもわからないと思うが)背筋に鳥肌の立つような後半になったのかはわからない。ただ、演奏が終了した後でも、その冒頭の音を無駄な音だと考えた人はいなかったと思う。
 音楽理論ではスケールとコードから外れた、本来ならば出してはいけない音のことをアボイドノート(Avoid Note)と呼ぶ。ただ、ジャズやロックをはじめとする近代音楽は音楽理論の枠にとらわれない演奏も一般的であり、このアボイドノートの利用もその一つだ。
 コンピュータやネットワークの世界でも、最初耳にしたり、目にしたときに違和感を感じるものが、実はしばらく後の大きな潮流を生み出す種であったということは良くあるだろう。

書籍『ソフトウェア・ファースト』の出だし(はじめに)は次のように始めました。

 バブル経済崩壊後、日本は進化が止まっています。進化というのは、結果として後から見た時に進化 と評価できることであり、すベての進化は変化から始まります。つまり、日本は変化が止まっています。
 その理由は、社会が変化を望んでいないからではないかと感じることがあります。変化には、苦痛を伴います。一時的に不幸になる人も出てくるかもしれません。しかし、今の日本は全員が平等に少しずつ不幸になる道を歩んでいるのではないでしょうか。不幸になる人を生んでいいとは決して言いませんが、少しでも不幸になる要素がある変化を拒み続けた結果、全員が不幸になっているということはないでしょうか。 

以前よりずいぶんアッサリしましたが、同じことを言っています。亀田さんは、Avoid Noteをどう考えているのか? 私はどうしてもぶつけてみたくなったのです。

果たして亀田さんの答えは……

ないがち

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独特の音楽性を持つ椎名林檎さんは、デビュー当時、誰の手にもおえず、まさにAvoid Noteな存在だったとか。プロデューサーとして最後に白羽の矢が立ったのが亀田さんで、「亀田さんなら、僕らがどうしたらよいかわからない彼女の良さを引き出してくれるのでは」と相談を受けたそうです。

亀田さんと椎名林檎さんは楽曲制作時、「ないがち」という言葉を多様するそうです。この「ないがち」とは「有りがち」の対義語としてお二人が作られた言葉だそうで、世間には無いものや無いことを表しています。誤ってエフェクターを踏んでしまったときの音などを椎名林檎さんが「師匠! それないがち!」と喜んで、新しいものを率先して取り入れようとするそうです。

プロデューサーは、「ないがち」を世の中に受け入れさせるためにいる――そう亀田さんは表現していました。

亀田さんの言葉を通し、Avoid Note、不快感や違和感をまとって生まれるイノベーションの種を世の中に受け入れさせることがプロダクトマネージャーの一つの役割だと再認識しました。

「私の人生は今日のこの日のためのリハーサルだった」

そう会社のSlackに書き込んでしまったほどに待ち焦がれたセッションは、夢のように過ぎていきました。実現のために尽力いただいた皆さまに心より感謝申し上げます。

最後に、「Avoid Note 不調和の先に」の締めを引用して終わりたいと思います。

空に放り投げたベースから
 ジャコパストリアスは35歳で夭逝した。晩年はドラッグやアルコールにより精神を病んでいたようで、奇行ばかりが報道されることが多かった。演奏も必ずしも万全ではなく、往年を知るファンからはとても見ていられないほどのものもあったようだ。
 そんな晩年の演奏で記憶に残っているのが、よみうりらんどイーストでの演奏だ。当時、ライブアンダーザスカイというジャズイベントが毎年夏に行われており、そこに彼が出演したのだ。ギルエヴァンスオーケストラとの共演だったのだが、アンコールで彼が1人でふらふら出てきた(彼はいつも歩き方がおかしいのだが、このときはいつもにも増しておかしかった)。1人、舞台でアンコールに応えた彼はソロで弾きだした。メロディアスなベースソロ。途中、会場にコンサート終了のアナウンスまで流れる中、彼は最後まで弾きとおし、そしてベースを空に放り投げた。
 これが私がジャコを見た最後だった。彼の死後、年ごとに彼を再評価する声は高まっている。不調和の旋律の中からその先を見ていた彼が今生きていたら、どんな演奏をしたのだろう。


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