みんながマスクをつければ満席でも大丈夫⁈ 宮沢孝幸・京大准教授に聞く、コロナ時代の映画館の安全と安心
新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が解除され、各地で映画館が再開しています。
ウイルス学の専門家・宮沢孝幸京大准教授は、ウイルスの量を「マスク」と「こまめな手洗い」によって削減することで感染を防ぐ「1/100作戦」を提唱されています。
また、「そもそも映画館はローリスクなので営業自粛は不要だった」「みんながマスクをつけるなどの対策を取れば、映画館は満席でも大丈夫」とも主張されています。
その根拠は?つけるのはどんなマスクでもいい?上映中の飲食は?会話は?咳やクシャミは?緊急事態宣言に意味はあった?第二派が来たら?
新作映画「精神0」を劇場公開中の僕にとっては、特に気になる問題です。映画ファンの皆さんにとっても、知りたいことではないでしょうか。そこで宮沢先生にオンラインで様々な疑問を直接ぶつけてみました。インタビューには各地の映画館の方々もオンラインで同席されました。インタビューのYouTube動画は、文末にあります。
聞き手:想田和弘(映画作家)
答え手:宮沢孝幸准教授(京都大学 ウイルス・再生医科学研究所 附属感染症モデル研究センター ウイルス共進化研究分野主宰)
協力:東風/ノーム/一般社団法人コミュニティシネマセンター/シアター・イメージフォーラム
収録日:2020年5月28日(書き起こし原稿に加筆・修正を加えています)
宮沢氏が提唱する「1/100戦略」
想田 緊急事態宣言が開けて映画館が営業を再開しています。でもその営業再開の仕方は、全興連(全国興行生活衛生同業組合連合会)のガイドラインに基本的にのっとった形で、定員の30%から50%くらいに座席を限って皆さん運営されています。で、これについて僕は「仕方がないのかな」と思っていたんですが、宮沢先生が「観客全員がマスクをしていれば満席でも大丈夫だ」ということをツイートされているのを見て、えっ!と思ったわけです。もしそうだとしたら、いまはどっちみち来場者の皆さんにはマスクをしていただくことが基本になっているのだから、別に席数を限る必要すらないんではないかと思って。
先生は3/27の深夜(日付の上では3月28日)にFacebookに投稿された「檄文」のような文章で一躍有名になられましたが、「1/100作戦」というのを提唱されています。それが立脚しているのは、まず「ウイルスっていうのは1個や2個じゃ感染しない」という事実です。つまり、ウイルスの量を1/100に減らせば人への感染能力はなくなるわけで、そのためにまず重要なのが、マスクをするということ。要は感染者がマスクをしていれば、口から出ていくウイルスを含む大きな飛沫がブロックされるわけです。そしてウイルスの量が減れば感染力は著しく低下していく。ウイルスを含む飛沫が手についた場合でも、洗ってウイルスの量を1/100に減らせれば、それだけで感染力がなくなっていく。そういう理解をしたんですけれども、宮沢先生、僕の理解で間違ってないでしょうか。
宮沢 僕が間違っていない限り、間違ってないです。
想田 なるほど。
ウイルスの量と感染力
宮沢 私は長い間ウイルス研究をしていて、ミクロな研究、つまり試験管内での実験から、マクロな研究とされる動物への感染実験をやってきました。それで僕たちは動物感染実験をするときに、実験する動物にウイルスをどれだけ大量に打ち込むかっていうことに苦労するわけですね。試験管内であまり増えないウイルスもあり、その場合は本当に大変で、ウイルスを大量に濃縮したりして感染させます。
そのウイルス量は、本当にウイルスの種類によって様々なので、どれだけの量で感染するのかということは、明確には示せません。ウイルスそれぞれが全然違う性質を持っていて、標的も様々なので、どれだけの量で感染するか感染しないかということは、明確に線を引くことができません。しかしながら、概ねのところは大体わかるのですね。それは似たような性格のウイルスだったら似たような感じということがあって、それで僕たちは推定しているわけです。
例えばエイズ(原因ウイルスはHIV)に感染している人がいるとします。ではHIV感染者とコンドーム無しでセックスした場合、どのくらいの率で移ると思いますか。想田さん、いかがですか。
想田 分からないです。
宮沢 大体でいいですよ。
想田 そうですねえ、2回に1回くらいですか。
宮沢 これは様々なホームページ等にも出てると思うんですけど、大体1,000回に1回とか100回に1回とかくらいなんですよ。
想田 えっ、そんなに少ないんですか。
中国のレストランの例が示すもの:
空気感染はほぼ起こらない
宮沢 そうなんですよ。では、今度のコロナウイルスがどれくらいなのかということなんですが、中国のレストランで発生した感染に関して、テーブルごとのデータを示した図があるんですが、これは結局、空調の空気の流れの上流で、感染している人がマスクをせず大声で喋っていて、下流にいた人に感染してしまったということなんですね。恐ろしいことだと思うかもしれませんが、ここで注目していただきたいのは、このレストランにおいて空調の下流ではないテーブルでは一切感染が起こっていないわけです。それから、そのテーブル間を通り過ぎるウエイトレス、ウエイターも感染していません。これが何を意味しているかというと、やっぱり大きな粒子が飛んでいったところにしか感染は起こらないということです。皆さん、もっと細かい小さい粒子がふわーっと飛んでいって部屋の中に充満して移るんではないかと考えるかもしれませんが、それはなかったんです。
想田 それはいわゆる「エアロゾル」ということですか。
宮沢 はい。エアロゾル、まあ、ふわふわーっと浮いて漂ってるやつですね。ですので、直接、一定量の飛沫が来ないと感染しないということは明白だと思うんです。
想田 つまり、空気中にふわふわ浮かんでいるウイルスを吸い込んだとしても、量が少ないから感染しないということですね。
宮沢 そうです。昨日もタクシーの運転手さんが言っていましたけれども、「やっぱり唾液ですよね」という話です。空気感染は考えなくていいですよね、窓を開けていれば大丈夫ですよね、ということを言っていて、私はその通りです、と答えました。
もし本当に空気感染するのであれば、電車の中でも感染は爆発的に流行しています。満員電車の中でも皆さん黙ってマスクをしていますし、それで密着していても感染は拡がらなかった。いや、それはただ隠しているだけだ、と言う人もいますが、もし隠しているとしても、それが本当であれば、感染者はもっと爆発的に増えていたはずです。
国内のR0=基本再生算数「1.7」が示すこと
宮沢 ある集団で免疫がまったくない場合に、1人から何人に感染が拡がるのかという「R0(ゼロ)(基本再生産数)」の値が国内においては1.7だったわけですね。さらに、いまは、実効再生産数(Rt=実際に1人から何人の人に感染するのかという指標)はもっと低くなってます。
想田 1人の感染者から1.7人に感染するということですね。
宮沢 このデータは、––––教科書に載っているかどうか分かりませんが、普通に考えたら空気感染しないレベルです。空気感染するものでは麻疹などが有名なんですけども、この値が12から16なんですよね。ですからR0が1.7ということは、空気感染はほぼ無視していいということなんです。で、お互いマスクをしていたらソーシャルディスタンスを2メートルなんて絶対必要ないし、片方だけがマスク着用という場合でもかなり防げると私は考えています。
「マスク」「消毒」「症状のある人の入場制限」で感染は防げる
想田 それで、映画館であれば、満席であっても全員がマスクをしていれば感染リスクは非常に低い、十分低いとお考えだということですね。
宮沢 そうですね。それプラス、咳がよく出る人にはご遠慮いただく。新型コロナウイルス感染者ではなくて咳喘息の人には申し訳ないんですけども、咳止めの薬を入場前に吸入するなどして対応していただく。あるいは熱が出ている人にはご遠慮いただく。それに入退場時には手のエタノール消毒をしていただく、という条件をつければ、まあ映画館の中でぺちゃくちゃ喋る人はほとんどいないと思うので、上映の会場で移るとは、私は到底思えないんですよ。
普通の不織布マスクで十分
想田 着用するのはどんなマスクでもいいんですか。アベノマスクでもいいんですか。それとも不織布のような……。
宮沢 不織布の方がいいでしょう。でも、アベノマスクでも1/10にはなるんじゃないですか。ならないかな? まあ、ある程度は予防効果はあると思います。思いっきりくしゃみをしたらほとんど抜けちゃうよっていう人もいるんですけど……。不織布のマスクのほうがいいでしょう。マスクを持ってきてない人には配るという処置はできませんか?
想田 できると思います。これは普通にドラッグストアとかで売っている不織布のマスクでいいということですよね。別にお医者さん用のとかではなくて。
宮沢 全くその通りです。
想田 そのマスクは洗っても大丈夫なんですか。
宮沢 いや、洗うともちろん透過度は上がります。水を弾くような性質になっていますので、洗わない方がいいです。もし無いのであればしょうがないかなと思っていますが、今はそこそこマスクが出回っているので、–––少なくとも京都ではマスクは普通に売っていますし、東京でも売っていました。田舎はどうか分かりませんけれども……。
想田 洗っていたものであっても、しないよりは全然いいわけですよね。
宮沢 もちろんです。
上映中の咳やくしゃみや笑いや飲食
想田 で、その場合に、マスクをした上でくしゃみをしたり、咳をしたり、ということを心配される方がいるかもしれません。例えば、後ろでくしゃみをされたら嫌だという声を聞いたりするんですけど、それについてはどうなんでしょうか。
宮沢 心情的には分かりますよね。でもまあ、無視できる範囲だと思うんです。座席では口と口との距離は1メートル以上空いていますよね。後ろから飛んできて口に入るって、ちょっと考えにくいと思うんです。
想田 対面だったらもっと入りやすいかもしれないけれども、映画館の座席は対面ではないわけですから、後ろの人がくしゃみをしたり、咳をしたとしても、自分の口には入ってきにくいということですね。
宮沢 そうです。髪の毛に付くのが心配だったら髪の毛を触らないとか、触ったら手を洗うとか……。髪の毛にウイルスが付いているときにシャンプーをしたら移りませんかとか、最初に水で流すときに感染しませんか、ということを以前聞かれたんですが、それはないです。お水で希釈されてしまうので、たとえ一部が目や口に入ったとしても、そんな微量では感染しません。
想田 上映中に笑ったりとか、ちょっと隣の人とこそこそ話したりとか、そういうことはどうでしょう。
宮沢 笑いとくしゃみだったら、圧倒的にくしゃみの方が強いですよね。とてつもなく大笑いしたら分かりませんけど、映画館でとてつもない大笑いってするかな。みんな笑いをぎりぎり堪えているんじゃないかなあ。
想田 いずれにせよ、くしゃみで大丈夫なぐらいだったら笑いも大丈夫ということですよね。飲食はどうですか。上映中は控えていただいた方がいいでしょうか。
宮沢 マスクを外してしまうので……。お水やジュースをマスクをずらして飲むのは全然オーケーだと思います。ですが、ずっと何かをポリポリ食べながら見ているのは、ずっとマスクを外していることになるし、その時にくしゃみが出たらどうするの!?っていう話になるので、よくないでしょうね。ポップコーンをずっと食べながら見る人もいるかもしれないけど、ちょっとそれはご遠慮願うしかないのかな。
検温や換気
想田 それと、さっき熱のある方にはご遠慮していただいて、ということをおっしゃっていましたけど、検温を行う場合には、何度以上だったらご遠慮いただくのがいいとお考えですか。
宮沢 分からないですね。普通は37.5度でいいと思うんですけれども、普段から熱が高めの人もいるので……。まあ、37.5度でいいんじゃないですかね。
想田 映画館内の換気についてはどうでしょう? もともと法律で義務付けられた換気の基準っていうのがあって、これは十分であると言えるのでしょうか。
宮沢 空気感染はほぼ可能性ないと言いましたけど、ゼロではないんですよ。すごく狭くて、天井が低いところでシャウトしたら、それはかかる可能性がある。マスクしなかったらもっと可能性が高くなりますが、マスクしていたらその可能性はどんどん低くなります。私が見る映画館は天井が十分高いですね。天井が低い映画館ってあるんでしょうか。ちょっと想像がつかないんですけど……。
ゼロリスクとローリスク
「わいわい騒いでる密」と「黙ってる密」は違う
想田 考え方としては、ゼロリスクはあり得ないということですよね。例えば車を運転すれば事故を起こす可能性はある。だけど皆さんは運転をする。なぜなら便利だから、そしてそれが必要だからということですよね。ゼロリスクではないけれども、運転免許を取って車検をしていれば運転してもいいんではないかというふうに、ある程度リスクが下げられればそれをやってもいいんではないかと考える。そういう考え方で言えば、映画館も大丈夫だということですね。
宮沢 そうですね。たしかにパッと見では「密」のように見えるんですけれども、黙って座っている「密」と、わいわい騒いでいる「密」では全然話が違うので、それは考慮していただかないと困る。
黙っているならマスクも不要
想田 そうですよね。だから例えばマスクをしていなくても、全く黙っていれば30センチくらいの距離にいたとしても感染リスクはほとんどないというわけですね。
宮沢 ないと思います。夏は外に出たらどうしてもマスクはできないじゃないですか、暑くて。それはマスク取っちゃって黙ってればいいわけです。話すときだけマスクつければいいし、部屋に入って涼しければマスクしてもいいんだけど。絶対マスクが必要かというと、マスクがないんだったら完全に黙ってればいい。でもくしゃみするなっていう前提ですけどね。
想田 要するに飛沫が他人にかかるような状況にいるときにはマスクをした方がいいけれども、そうでなければ別にマスクすらいらないということですね。
宮沢 そうですね。鼻や口から呼吸だけして、その呼気で移るっていうことは万に一つもないと思うんですけどね。
想田 マスクも「いい加減に付けている人がいるじゃないか」って反論する人がいるんですけど、例えば鼻だけ出している人とかいますよね。でもこれも僕の考えだと、要するに口から唾が飛ばなければいいわけだから、これでも十分……。
宮沢 もし今回のウイルスに感染して鼻水が出ていたとしたら、くしゃみでそれがぷしゅって飛散するということがあり得ますけど、鼻水が出ているくらいなら「鼻隠して下さいね」っていうことなんですよね。
映画館やクラシックコンサートはローリスク
想田 映画館で、来場者の方々に「連絡先を書いて下さい」というお願いをしているところもあると思うんですが、これの有効性についてはどう思われますか。
宮沢 要するに、何かが生じたときにクラスターを調べるということですよね。僕は必要ないと思う。というか、映画館はハイリスクという部類ではなく、そもそもローリスクの部類だと思うので、クラスターが発生し得ないから別にいいのではないですかというのが僕の意見です。例えばクラシック・コンサートなんかもクラスター発生するわけがないと思っているので……。
想田 映画館もクラシック・コンサートも同じような状況ですよね。
宮沢 クラシック・コンサートだと「ブラボー!」って叫ぶ人がいるけど、ブラボーを禁止すればいいわけです。
想田 他に映画館の中で気をつけた方がいい場所はありますか。
「手袋着用」に意味はない
食べるときは黙って
宮沢 券売所は気をつけなくていいと思うんです。もぎりっていうんですか。チケットを渡す人は手袋して下さいって言う人がいるだけど、僕、意味が分からなくて……。なぜ手袋をしなくてはいけないのか、分からないんですよね。その人が手を消毒してればいい話です。手袋は必要ないですよね。
で、申し訳ないですけど、食事をサーブする人や作る人はマスクをしていただきたい。消毒している限り、手はそれでいいと思う。手袋していたって、どこか触っちゃったら汚染されてしまうわけなので、変わらないんですよ。そのへんの理屈が僕はよく分からない。
想田 そうですよね。手袋をして何かを触った後に、その手袋を捨てるんだったらいいけれども、捨てないんだったらむしろ危ないわけですよね。
宮沢 そうです。手袋してそのまま目鼻口なんかを触ってはダメだということです。手から感染するなら手袋は必要ですけど、でも手からは直接感染しません。手からビューっとウイルスが入っていくというようなYouTubeを見てびっくりしたことがありますが、それは絶対ないです。
それから、食事をみんなでする場所は注意が必要です。フードコーナーがある映画館もあるので、その場合は大きな声を出さないという普通の注意が必要です。
想田 黙って食べればいいわけですね。
宮沢 そうです。もし黙って食べられない場合は、ちょっと距離を取って小さな声で、といった対策ですね。あとはトイレで並んでいるときに「マスクを外してぺちゃくちゃ喋るのはやめましょう」「喋るならマスクをしましょう」ということですね。
アルコール消毒液の活用法
想田 トイレのドアノブとか蛇口などは定期的に消毒した方がいいんでしょうか。
宮沢 それはやれればいいんですけど、きりがないかもしれないですね。触った人が気をつけて、その手を目や口や鼻などにくっつけないということ。あとは映画館のどこかにプッシュ式の消毒液などを置いておければいいでしょう。なかなか手に入らないですか。
想田 いえ、あります。プッシュ式の消毒液のアルコール度数は何%以上だったらいいんでしょうか。
宮沢 70%以上がベストです。70%以下のものも売っていますけど–––1/100ということを考えれば、60%でも50%でも……。
想田 50%以上あればいいということですか。
宮沢 70〜80%がいいんですけれども、度数が低くてもある程度はもちろん効きますので、十分な量をつけていただければと思います。申し訳程度につけるのはダメです。
想田 空気を消毒するという噴霧器などが売られていますが、これは有効なんですか。
宮沢 私は疑問視しています。要らないと思います。
想田 回と回の間に換気をするという点について、これは有効ですか。
宮沢 した方がいいと思いますが、ドアを開けるくらいですかね。
想田 肘掛けなどを上映が終わる度に消毒するということについてはどうですか。
宮沢 あった方がいいですね。入場するときに手を消毒しても、そのあと鼻を触ったりすることはあるので、消毒はあった方がいいです。でも座った本人が「ここは汚染されているんだ」と意識的に気をつけていれば同じですが。つまり入場時に手を消毒していなくても、目鼻口を触らなければ感染予防効果はあります。
想田 そうするとやっぱり観客の意識というか、協力をして頂くということがすごく重要になってくるわけですね。
宮沢 そうですね。
想田 では、映画館の方々からのご質問を受け付けたいと思います。
映画館支配人 いま宮沢先生のお話を聞きまして、かなり勇気づけられています。
敵はウイルスではなく「国民感情」と「厚労省」
宮沢 いや、その……。敵はウイルスではなく、国民感情と国民を信頼してくれない厚労省ということをずっと考えているんです。油断をされては困るわけです。「もう大丈夫なんだ」「ソーシャルディスタンスは関係ないんだ」と誤解して、マスクを着けずに、わーっと喋ったり、飲み屋でどんちゃん騒ぎをしてもらっては困るわけです。かと言って、ソーシャルディスタンス2メートルを守って、マスクを着けてじーっとしていてください、というのもおかしいんですね。そのへんが難しいんです。それを国民全体が分かってくれないとなかなか上手くいかないんです。おそらく、厚労省の人たちも、国民の様子を見ながら判断していくと思います。国民を説得しないとダメなのかなと思っています。
夏のマスクと熱中症
映画館支配人 これから暑い日が続くようになると、マスクによる熱中症が心配になってくると思います。マスクは重要という先生のお話ですが、そのあたりはどう考えればいいでしょうか。
宮沢 ええ、それは考えなければいけないって昨日も言ってたんです。僕は、外だったら大声を出さない限りはマスクは要らないんではないか、というところまで緩めてもいいんではないかなと思っています。というのも、いま10万人あたりの感染者数が0.5人という話ですよね。その10倍いたとしても1万人に1人いないわけです。
1万人に1人いない状況でそこまで警戒しなくてはいけないのか。しかも1万人に1人感染者がいたとして、そのうち他人に感染させる能力があるのは5人に1人です。さらにその伝達する期間が感染初期に限られるということになると、どんどん掛け算していくんですね。<1万人に1人>×1/5×期間……。もう、万に一つではないわけです。100万に一つかもしれない。そのぐらいのレベルになるので、そこまで警戒しなくてはいけないのかなと思うんですよね。
ですので、外に出て、暑いのであればマスクを取っちゃって、なるべく小さな声で、ということでいいんじゃないのかな。それで、何か事が起こって感染爆発しそうな兆候が見えたら、その時に考えればいい話だと思うんです。僕は、夏の暑い時に外で感染するリスクはほぼないと思っています。むしろ、熱中症等の被害の方が大きいと思うのです。
集団免疫がつくのは「6割」か「2割」か
映画館支配人 もう一つお聞きします。いま感染者の増加が一旦止まっていますが、最終的に新型コロナウイルスのリスクから安心できるようになるためには、住民のかなりの割合、6〜7割がかからないといけない、という話を聞きます。それは本当なんでしょうか。ワクチンの話は置いといて……。
宮沢 私は、その数字に疑問を持っています。60%というのは基本再生産数=R0の値で、数学的に導かれるものなんですね。僕は、世の中にはもともとウイルスに感染しにくい人がいたっていいのではないかと思っています。今までのダイヤモンド・プリンセス号や長崎に停泊していたクルーズ船の状況を見ると、大体20%なんですよ。だから、僕はマックスで20%ぐらいなんではないかと、ずうっと言い続けてきたんですけど、先日、西浦(博)先生(北海道大学教授)も20%ぐらいではないかと言っていましたね。
そうすると、いま我々がどのくらい感染しているかという話になるわけですけど、それはまだ分からない。一時5%という話もあって、だったらその4倍頑張ればいいと思ったんですけど、日赤の調査で零点何%という数字が出てきて、分からない状況です。完全に安心するのは当分先で、このペースで行くと数年はかかるだろうなというレベルだと思います。
緊急事態宣言による休業要請には意味がなかった
過剰な対策でウイルスを抑えても「失敗」
宮沢 僕が恐れているのは、感染者数が上がってきた時に、緊急事態宣言が出て、–––緊急事態宣言それ自体はいいんですが–––、また「映画館もダメ」と言ってくることなんですよ。今回、緊急事態宣言が出た時に、映画館は外れると思ったんです。それが休業要請でしょ。びっくりしました。京都市にすぐに電話しようと思ったほどです。「どういうことですか? 意味が分からないんですけど」と。緊急事態宣言が出ても映画館は自粛しなくてもいいと思っていました。だから今回の緊急事態措置の検証をきちんとやって欲しいんです。
専門家会議の人は、我々の努力によってうまくいったと言うけど、過剰にやって感染を抑えられたとしたら、それは失敗なんですよ。コロナの被害は出なかったけど、営業ができなかったという被害が出たわけですから。
3月27日から4月7日の時点で、実効再生産数は1を切っていた。それから緊急事態宣言を出した後もその数値は変わらなかった。つまり、緊急事態宣言に基づく休業要請は、ほとんど意味がなかったということなので、そこはしっかりと検証していただきたいですよね。普通に考えれば、リスクのないところを止めたところで何の意味もない。
想田 ちょっと待ってください。いますごく驚いたんですけど、緊急事態宣言をやったことによって感染のカーブが下がったんじゃないんですか?
宮沢 違います。それは西浦さんも厚労省も発表しています。3月27日にピークアウトしていて、4月7日まで同じ程度に下がって、4月7日以降もグラフにすれば新規感染者数は同じ角度で下がっていました。緊急事態宣言をする前の状況で事足りていたわけです。ですので、緊急事態宣言による休業要請は意味がなかったんですよ。
想田 意味なかったんですか!
宮沢 意味ないです。緊急事態宣言の前に居酒屋さんなんかが自粛していましたけど、それはすごく意味がありました。要は感染しないところまで止めちゃっても、実効再生産数の数字(新規感染者減少の角度)は変わりようがないわけですよ。「それでも感染してたじゃないか」と言うかもしれないけど、それは病院とか介護施設での感染発生で、あとはアンノウン、どこで感染が起こったか分からないんです。これは多分アンダーグラウンドの業界。アンダーグラウンドの業界は表に出てこないので、これは感染経路不明になってしまいます。
専門家委員会に専門家が逆らえない
映画館支配人 あと2点質問したいと思います。一つ目はもうお話に出てきたことですけど、あらためて確認したいと思います。東京都の興行組合からスクリーン内では「十分な座席の間隔を確保すること」というガイドラインが出されているんですけど、専門家の意見として、それは必ずしも必要ではないという理解でいいのでしょうか。
宮沢 これが困ったもので、私は専門家ですけど、国にも専門家委員会があって、そちらは「間隔を空けろ」と言っているんですね。なので、意見が割れているということなんです。で、私に賛成してくれる人は陰ではいるんですけど、専門家会議にはあまり逆らえないというか、声を上げられない状況なんです。「おかしいよね」と思っていても声を上げられないんです。声を上げているのは僕ぐらいです。だから「専門家の宮沢さんが言っているから大丈夫」と言えるのかというと、そうとは言えない。「宮沢は違うんじゃないの」と言われたら終わりなんです。
映画館支配人 でも先生のご意見としては、間隔の確保に固執する必要はないということなんですね。
「ソーシャルディスタンス」の基準は撤回すべき
宮沢 私の意見としては、ソーシャルディスタンスを取れる業種についてはソーシャルディスタンスを取ればいいということです。2メートルとか1メートルとか、ソーシャルディスタンスを取れるのであれば、取っていただければいい。
だけど、取れない業種ってあるわけですよ。取れない業種というのは、取ったら損益分岐点を越えられない、損失になってしまうという業種です。そういう業種に対して何が何でもソーシャルディスタンスを取れというのは酷です。だから、それができないなら違う方法を考えましょうね、という話です。
それが「黙る」とか「マスク」とか「手指の消毒」です。そういうことでお願いしたい。ところが、厚労省の方は、ソーシャルディスタンスが金科玉条になっていまして、1丁目1番池という感じで最初に出てくるわけです。これを何とか撤回していただかないと、事が前に進まないんですね。
「舞台挨拶」は可能か
映画館支配人 分かりました。ありがとうございます。もう1点ですが、映画館では映画の上映だけでなく、イベントもあります。例えば映画監督に来てもらって、作品に関して観客と質疑応答する。そういうことが映画館で映画を見る楽しみの一つとして重要だと思っています。想田さんの『精神0』でもどこかでやりたいなと思っているんですけど、それは可能なものなのかどうか。ある程度客席と距離を取ってマスクを着けてということだとは思いますけど……。
宮沢 要はソーシャルディスタンスを取ればいいわけであって、話す人が舞台に立っていれば観客とは離れられますから問題ありません。舞台に立つ人がマスクをする必要はありません。
「ソーシャルディスタンス」の矛盾
想田 ソーシャルディスタンスについて補足します。宮沢先生は、もともと欧米でソーシャルディスタンスという考えが生まれて、それは人々がマスクをしないという前提で考えられたんだろうと推測されています。そのディスタンスも国によって違うんですよね。日本やアメリカは2メートル、WHOは1メートルと言っています。オランダは1.5メートルなんですよ。だから科学的見解のように言われていますが、そうでもないんじゃないか。そういうことですね?
宮沢 ええ、そうでもないんですね。いろんな人が反論してくるわけですけど。CDC(米疾病予防管理センター)も「マスクしていても2メートル」と言ってるじゃないか、と言うんですけど、マスクはあとから追加されたのに、どうしてソーシャルディスタンスが変わらないんだと思うわけです。マスクを着けていたら、ソーシャルディスタンスが短くなるのが普通じゃないですか。
想田 そうですよね。CDCはもともとマスクを推奨していなかったんですよね。でも最近は推奨しているわけです。
「安全」と「安心」
宮沢 そうです。「安全から安心」という話ですけど、日本の場合はこのハードルがすごく高いんですよ。狂牛病の時のことを考えて欲しいんですが、この時、専門家委員が「安全だ、安全だ」と言い続けたんです。ですが、野党が「怖い、怖い」と言い出したんです。専門家グループが計算すると、アメリカ産の牛肉を食べたところで、狂牛病の患者は全国に最大1名出るか出ないかというところだろう、ということだったんです。ところが皆さん怖がってしまって、アメリカ産の牛肉はダメだということになったわけです。
そのトバッチリで、僕の大好きな焼肉屋さんが潰れちゃったんです。本当に怒り心頭だったんです。そういうことをやっているし、2009年の新型インフルエンザの時も「怖い、怖い」ということになってすごく混乱しました。
だけど喉元過ぎれば熱さ忘れるで、それを検証しないんですよ。政治家たちも「うまく行っただろ?」と言うけど、混乱したことを反省していないんですね。今回も「安心」の方をどうするのかという反省の機会が何回もあったんだけどできていない。だから大変だなと思っています。
想田 ウイルスで命をなくすというのも、もちろん怖いわけですが、それ以上に犠牲が出そうなのが生業をなくすということで。これ、食べるために必要ですからね。お金なしで生きろって言われても無理なわけですから。だからそっちの被害をどう最小限にしていくかが大事ですね。
宮沢 ウイルスと闘っているのではなくて、感情と闘っているんですよね。敵はそっちなんですよ。
想田 やっぱり自分や大切な人が死ぬかもしれない、その死の恐怖ってのは凄いんですよね、人間にとって。
宮沢 ねえ。面白いですよね。僕たちはいったい何千年それと闘ってきたんですかね。ブッダも克服しようって言ってたのに。いまだに克服できないんですね。
想田 死が怖いからといって、「怖い、怖い」といってみんなで死んでしまっては馬鹿馬鹿しいので、怖いけれども「こうすれば大丈夫じゃないか」と工夫をして「できること」をどんどん増やしていければ。いままで「これもダメ、あれもダメ」と「できないこと」ばかりでしたけれども、これからひとつひとつ「できること」を見つけて「できないこと」を減らしていく方向に社会全体が進んで行ければいいな、と。
宮沢 そうですね。ちょっとだけ勇気を持っていただければいい話だと思います。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?