301号室とエメマン
合鍵とエメマン。これがあいつの家に行く時の私の持ち物。
営業マンのあいつはいつも仕事をするときエメマン片手にプロボックスで商談に向かうのが当たり前らしい。
コーヒー無いとやってられんとかよくベランダでタバコを吸いながら愚痴ってる。まあ大学生の私にはよくわかんないけど。
仕事頑張れなんていくらでも口なら言える。けどそれって心から応援してる感じがしない。だから私はいつもエメマンを持ってあいつの家へと向かい、仕事頑張れと念を込めたエメマンを冷蔵庫に入れて細長い部屋で彼の帰りを待つ。
そしてあいつが鍵を開けた瞬間、私は玄関へと走ってハグをする。
「仕事お疲れ様ー!!」
「わあ、あかりちゃんや!帰ってきたらあかりちゃんがいるとか幸せすぎる!!」
その言葉を聞いて幸せに浸る。それがバイトのない日の私の日課だった。
今日はバイトがない。いつも通り私はエメマン片手にあいつの家に向かう。けど今までの日課とはちょっと違う。
あいつの家の前に着いた私はLINEを送った。
「家着いた。」
「俺今買い物行ってるわ。」
「そっか。何時に帰ってくるの?」
「20時過ぎ」
「私は大丈夫だけど、そっちは厳しいよね?」
「明日仕事やしな〜」
「了解。エメマン、駐輪場のバイクの上に置いといたわ笑」
「ごめんな、ありがとう」
いいよそんな。お礼はいらない。愛がない人から感謝なんてされたくない。自分でエメマン置いといて何言ってんだって話だけど。
私はもうあいつに触れることができない。触れる資格がない。今の私はあいつの帰りを待つこともできない。だって鍵も返しちゃったし。でもまだ忘れられないや。未練タラタラなの。まあ向こうもわかってるでしょ。好きでもない相手の家に普通行かないし。
私はいつも通りエメマンに仕事頑張れと念を込めた。けど今回は違う念も込めといた。
「私のこと忘れないで」
重い女だなって思うでしょ?正直もう呆れたんじゃない?けどこれが本当の私だから。重くて欲深くて愛されたいっていう気持ちが誰よりも強い女なの。少しでも自分の存在を認めて欲しいの。
私を空缶みたいに捨てたあなた。いつか後悔してほしい。でもね、もうエメマン渡すのも今日で最後にするから。だってこれ以上渡し続けたらストーカーみたいだし。その辺の常識はある女なの。あの子とは違って。
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