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呪縛の解放で天職と運命を

呪縛

幼少期、親から深い愛情を受けつつ、一方で要求が強く長期に渡っていた場合、それがもたらした心的外傷は長期に渡って残ってしまう。

深い愛情がその心的外傷を肯定するため、心的外傷と自覚できない。今の自分の人格を形成していることどころか、その出来事すら思い出せない。そのため、その親から離れたとしても、いつまで経ってもその傷は癒やされず、むしろ習慣づけられているから、その要求に応じて自分を律し続ける。つまり無意識に自分を縛る「呪縛」になってしまう。

仕事

不快な経験を「仕事」で価値あるものに昇華させる。過去の不快感の元となる人、またはそれに似た「人」に向くのではない。「人」に向いてしまうと憂さ晴らしで終わってしまうし、争いごとは果てしない。そして、そもそも自分に向かってきたその人も環境の犠牲者なのかもしれない。

だから、その不快な経験をした「環境」を反面教師として、異なる環境を作り出す。それは実体験した自分にしか出来ない「仕事」なのだろう。今、自分が同じような「不快」な環境に居なくても、それに代わるものが世の中に無い限り、現在も同じ苦しみに困っている人がいるはずだ。その対策となる環境を具現化するのは、他の誰でもない自分しかいない。

自己覚知

それには自己覚知。過去の不快な出来事を思い出す作業が必要。自己覚知は苦痛だけれど、できると自分の人生の納得感が得られるようだ。

誰かに言われなくてもやらないと気がすまない、
やらずに死ぬわけにいかない「仕事」を見つける。
それが自分の「使命」。
経験者にしか出来ない「仕事」、それが自分の「天職」。
そして、その「天職」を得た境遇、それが自分の「運命」となる。

過去の自分の経験を是認できれば、内なる子供が承認される。「呪縛」から開放される。内なる子供を無視しないで、厳しくしないで、甘やかさないで、活躍させる。それが自分の「情熱」の源になり、自分らしさとなり、自分の生きてる意味になる。

働くことは生きること。


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