見出し画像

等級制のメモ書き

どこにいってもある等級制にまるで納得いかなかった。
等級を上がらない限り給料が枠の中に納まる、そして等級が上がると管理職になるのを要求する人事に合理性が感じられなかった。

ゲーム業界で優秀なプログラマや優秀なデザイナー=優秀な管理職なわけがないのは明らかだ。
そして等級だと、技術者として現役でいたいと思う優秀な人間の給料を上げることに制約がかかる…つまり転職を促してしまう。
さらに高い等級が管理職(マネジメント職)になっているのも理解できなかった。
人のマネジメントは技術そのもので、マネジメントを勉強した人がなるべきだ。
マネジメントも技術なのに等級があがるとマネジメント層になってしまうのは、マネジメント技術者にむりやり転職させるのに等しいから、全く合理性がない。

さらに等級制と結びついた様々な評価システムも合理性が感じられない。
ともかく評価者の数を増やして責任をあいまいにしているようにしか見えなかった。
結局、等級制はマネジメントする側が、まともにマネジメントできないのをごまかしているとしか思えなかった。

余りに不思議だったので等級制はなぜ出てきたのかを調べた。
90年代、日本にも能力主義を導入しなければならない、という話になる。
ところが、日本は年功序列。能力主義と相性が悪い。
そこで出来たのが等級制。下のように作る。

ヒラ(等級1)の給料は10万ー20万円。
主任(等級2)の給料は15万円ー25万円。

等級の中で優秀な人間は上の等級よりいい給料がもらえるから能力主義だという世にも馬鹿らしい話で、等級制は昭和の年功序列を言い換えただけにほぼ等しいものだった。

こんなものを評価システムの基礎に置いている段階で、給与体系として話にならないのは、ゲーム業界にいれば誰でもわかるだろうと思う。

起業する人は本当に人事はよく考えた方がいい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?