1年半ぶりの景気の下方修正、 「新しい資本主義」の下、賃金は上がるの?

まなぶ」(労働大学出版センター)2021年12月号所収(世界のうしお欄)

①財務省「全国の景気判断 1年半ぶりに下方修正」と聞きました。どういったことでしょうか。また、どんな意図が隠されているのでしょうか。

財務省は10月27日、全国の財務局長会議で、全国の景気判断を1年半ぶりに下方修正し、「持ち直しの動きが続いているものの、そのテンポが緩やかになっている」としました。コロナ禍でのショック的な生産縮小からおおよそ1年半に渡って景気回復が起きていたものの、そのペースダウンが現れてきたという認識です。
11月15日に内閣府から発表された7−9月期のGDP(国内総生産)一次速報では、実質GDPは前期に比べ年率換算でマイナス3.0%となり昨年10−12月期、今年1−3月期の水準ともに下回ってしまいました。実質GDPでみると回復していたのは昨年の後半だけであり、今年に入ってからは停滞がはっきりしています。特に国内の民間需要が大きく減少しており、経済回復の動きは今年に入って完全に中断していると言えます。その意味で、「持ち直しの動きが続いている」とする財務省の景気判断は極めて甘いと認識だと言えるでしょう。
ただし、今回、財務省が景気判断を下方修正したということは、今後の財政面からの積極的マクロ政策に含みを持たせたということもできます。政治からマクロ景気対策として財政支出の追加あるいは減税が求められた時に財務省として強くは反対しないというメッセージであるかもしれません。ただし、矢野事務次官が文藝春秋11月号に財政破綻を懸念する寄稿を行なったように、財務省が財政規律を求める基本的な態度を堅持していることは明確です。

②コロナ不況の中で、事業の統廃合(選択と集中)が盛んなのでしょうか。こうなると賃上げ、格差是正どころか、雇用維持ですよね。

11月13日、東芝は全事業を事業ごとに独立した3社に分割することを発表しました。成長産業への経営資源の集中を目的としているとしています。インフラサービス会社とデバイス会社を切り離す計画です。風力発電や鉄道、電池などの事業でつくる「インフラサービス」社は、世界的に進む「脱炭素」につながる事業を行い、人工知能(AI)を使ったITサービスも提供するとしています。デバイス会社は、パワー半導体、光半導体、アナログ集積回路、データセンター向けの高容量HDD、半導体製造装置などの生産を担うとしています。
東芝のような巨大企業(従業員117,300名)が複数の独立会社に分割するわけですが、事業分野ごとの分割であるので、それぞれの分野における寡占的な地位は変わらないと思われます。
日本郵政グループと楽天グループによる資本・業務提携、ネット通販大手のヤフーとヤマト運輸との業務提携など、国内の大資本間の提携の動きも進展しています。また、日立製作所による米国のデジタルエンジニアリング企業グローバルロジックの買収、パナソニックによる米国の製造・流通業向けソフトウエア企業ブルーヨンダーの買収など、国際的な企業買収も盛んになってきました。
日立製作所の場合には、一方で子会社である日立金属を投資ファンドに売却することを表明、その他の有力子会社も売却の方向であるとの報道がされています。東芝の分割の動きもこれに対抗するかのような動きであると言えるでしょう。
こうした企業の事業再編は、リストラ=合理化の動きを進めるものです。今後の中核ビジネスにならないと判断された事業分野は、売却されたり、廃止されたりし、企業再生の名目のもとに人員削減や労働条件の切り下げの圧力が高まるでしょう。企業は人件費削減のためにますます非正規雇用の割合を増やそうとしてきます。そうした企業の経営方針のもとで、合理化に反対し、雇用を守る労働組合の闘いは非常に大事になってきます。
しかし、一方で、日本の大企業は景気全体が停滞しているにもかかわらず利益を大きく増加させています。日本経済新聞が集計(11月15日現在)した上場企業1、689社の21年4~9月期の決算では、純利益の合計額が前年同期の2倍となり、同期間で過去最高を更新しました。自動車や電機といった製造業は海外需要が急回復し、需給逼迫や資源価格の高騰で、非鉄金属や商社、海運の利幅も拡大、売上高純利益率も4~9月期として過去最高になったと報道されています。平均的な株価もバブル崩壊以降の高値を更新する動きになっています。円安が企業利益にプラスに寄与しているという要因はありますが、大企業は経営が苦しい事が理由で事業再編を行っているわけではありません。飽くなき利潤追求が行われていると考えるべきです。大企業には賃金引き上げの原資は十分にあり、労働者が賃上げ要求を控えなければならない理由はありません。来年の春闘に向け、健康で文化的な生活ができる賃金、公正な分配を求めて賃上げ要求を行うべきです。また政策面では中小企業への一定の財政措置をしながら最低賃金の引き上げを行わせることも大事です。

③岸田首相は「新しい資本主義」とか言っていますが、この先も市場にゆだねるほかないのでしょうか。

岸田首相は、当初「日本型資本主義の復活」を目指すとしていましたが、すぐに「新しい資本主義」と変えました。岸田首相は著書「岸田ビジョン」の中で、短期的利益を重視する「功利主義」を批判し、時流に乗って渋沢栄一の合本主義を持ち上げています。しかし、これは長期的に利益が上がることが大切といっているに過ぎず、資本主義の本質である利潤追求をより長期的な視点で図るといっているわけです。
内閣官房に設けられた「新しい資本主義実現会議」では早速11月8日の第2回会議で「緊急提言」が発表されました。産業政策などについては、これまでの政府の成長戦略と大して代わり映えのしない内容ですが、分配戦略という項目を入れたのが目新しいところでしょう。これは「安心と成長を呼ぶ『人』への投資の強化」と位置付けられています。「人」が中心なのではなく、経済(資本)のための人(搾取対象)への「投資」として分配ということを考えようというわけです。つまり、目的は、人材への投資(教育や労働者の再教育)による生産性の向上なのです。これも岸田ビジョンで言及されていた内容です。
賃上げに関しては、賃上げに積極的な企業への税制措置を検討するとしているものの、「賃上げの機運醸成」と主観的な願望に終始しています。そして男女の賃金格差問題についても、企業に短時間正社員の導入を推奨するとともに、勤務時間の分割・シフト制の普及を図るといった、女性の労働を家計の補助的なものとみなす発想を変えていません。
ウーバーイーツなどが行っている方法で、「業務請負」が拡大していることに対応して、「フリーランス保護のための新法」「公正取引委員会の執行体制を整備」としています。しかし、欧米ではすでにこうした「業務請負」が実際の雇用関係であるとする判例が出ており、本来は出来高賃金制雇用関係であることを明確にすべきでしょう。
「看護、介護、保育などの現場で働く方」の賃上げについては、公的価格の見直しを上げているだけで、それが賃上げなどの労働条件改善につながる仕組みを無視しています。これでは公的価格の見直しで事業者だけがメリットを受けるようなことになりかねません。公的価格の引き上げに沿ってそれ以上の賃金引き上げを行う義務を課すべきでしょう。
子ども子・子育て支援ではいくらか前向きな政策の方向性は出ていますが、「子育て世帯が、親世帯の近くのUR賃貸住宅に新たに入居する場合に、家賃の減額を行う」といった親の協力を前提にした考え方が抜けていません。
また、事業再構築・事業再生の環境整備を分配戦略の中に潜り込ませている点も労働者の立場から警戒していかなければなりません。



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