景気拡大に暗雲が漂う世界経済(2019年)

「社会主義」2019年7月号(社会主義協会
                               北村巌

 2019年半ばになって、様々な国での景気動向のもたつき、ないし不況入り懸念が散見されるようになってきた。IMF(国際通貨基金)は4月9日に公表した世界経済見通しにおいて、2019年の成長率予測を前回1月の見通しから0.2ポイント引き下げ、3.3%とした。米中の貿易摩擦が収まらずエスカレートしかねないことや中国の景気減速が懸念されている。英国のEU(欧州連合)離脱問題もメイ首相の辞任表明などで、不透明感を増している。

トランプ政権の対中貿易交渉
 米中貿易摩擦はトランプ政権が持ち出したものである。トランプ政権は中国に対し、個別に関税を引き上げることを脅しに使いながら中国の「市場開放」を求めている。トランプ政権の思惑は単に中国に一般的な意味での自由貿易をのませようということではなく、個別的に中国に米国製品の輸入を増やさせることを目的にしたものである。米国の航空機などの機械類や農産物などを売り込みたいとの思惑だ。WTO(世界貿易機構)における複数主義的な取り組みを否定して、2国間貿易交渉で、米国にとって最大の利益を引き出すというのがトランプの主張だ。米国企業を含む先進国の製造大企業は部品の生産や組み立てを多くの国にまたがってコストの最適化を図っている。このように多くの産業のサプライチェーンが多国籍化してきている現代でこうした方法は企業の立地戦略に相当の混乱をもたらす。
 米中の貿易交渉が難航し交渉がまとまらないことを受けて、米国政府は5月10日から2000億ドル(約22兆2000億円)相当の中国からの輸入品に対する関税率をこれまでの10%から25%に引き上げた。中国は、これに対抗する報復措置として米国からの輸入品600億ドル(約6兆5000億円)分について、関税を引き上げた。関税引き上げ合戦に入ると貿易摩擦というより貿易戦争に突入しつつあるといった方が良いのかもしれない。
 米中間の貿易は米国のセンサスデータによると、18年で米国から中国への輸出が1、201億ドル、米国の中国からの輸入が5、396億ドルと圧倒的に中国→米国が大きく、米国は4、195億ドルの対中貿易赤字を出していた。これは米国の貿易赤字全体(18年)6、276億ドルの3分の2に相当する。米国の貿易赤字はリーマンショックによって内需が減退したことをきっかけに一時減少していたが、現在の景気拡大の過程で再び増加傾向にある(図表1)。現在のところ史上最高額には届いていないものの、さらに内需が増加すれば対中国を中心とする形で貿易赤字が拡大していくことは間違いない。

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 米中の貿易交渉自体は続いており、双方とも関税を長期的に引き上げてしまうことが利益になると考えているわけではない。交渉を有利にするための道具として関税引き上げを行なっているわけだが、米中間の国際分業には大きな問題であり、双方の競争力を低める事になる。
 また対中関税引き上げで貿易赤字を実際に縮小できるかは不透明である。例えば、中国への追加関税が導入された18年以降、中国からの主力輸入品であるコンピューター・電子部品の中国からの輸入は減少したが、ベトナム、台湾からの輸入が急増している。部分的に米国内の生産に頼る部分も出てきていると言われるが、中国からの輸入減少を埋めるものではなく過大視はできない。米国内で高コストでしか生産できないものは中国以外、」特にアジア諸国から輸入することになるわけで、貿易赤字の縮小には米国の輸出を増加させていくことが必要なのである。それが報復関税で中国市場という潜在的に巨大な市場を失うことになるのであれば元の木網ということになる。
 さらに、トランプ政権は、5月30日に、メキシコの不法移民対策が不十分だとして、6月10日からすべてのメキシコ製品に5%の関税を課すと表明し、今後、最大25%まで関税を引き上げるとしている。これは貿易問題ではなく、不法移民問題を理由としているが、北米自由貿易協定を締結している相手国に対して、防衛以外の問題解決手段として、一方的に関税をかけるという措置は異常というほかはない。これに対しては全米商工会議所や全米製造業者協会といった有力な経済団体から反対の声が上がってきている。米企業の中には対中関係の悪化から製造拠点を中国からメキシコに移したり、移す計画を始めたりした企業も多い。これまで共和党政権を支持してきた経済団体がトランプ政権のやり方を行き過ぎと判断すれば、来年の大統領選挙にも影響が出てくるだろう。

米国の金融緩和は景気を再加速させるか?
 パウエル米連銀(FRB)議長は、シカゴ連銀が開催した6月4日の講演会の開会挨拶で、「貿易交渉がいつどのように解決されるかわからない」と懸念を示し、「景気拡大を持続させるため適切に行動する」と述べた。パウエル議長は「コアインフレーションが現在2%を少し下回っている」と指摘し、「インフレ2%目標の信用度を強化するための戦略の変更が金融政策の見直しの中心になる」と述べたので、6月18日、19日の公開市場委員会を控え、金融市場では金利引き下げへの方向転換を示唆したものだと受け止められた。
 株式市場はトランプ政権による中国への関税引き上げを嫌気して大きく下げていたが、利下げへの期待で若干持ち直している。パウエル議長の発言もこうした市場の反応を見越した上でのものだったろう。米国の金融政策決定には株式市場の動向が大きく影響するになった。米国の中央銀行である連銀はそのミッションとしてインフレの抑制と雇用の最大化という2つの目標を掲げている。しかしながら、現実のインフレの進行や雇用統計に対応していては金融政策の舵取りが遅れてしまうということがこれまでの経験であり、株価指数動向が重視されてくるようになった。株価が急騰するようなバブル的な景気拡大は金融政策の引き締めで抑制しつつ、株価の低迷は先行きの不況ないし景気停滞を暗示するものとして金融緩和で対応するという政策運営態度である。
 金融市場の金融政策転換期待は4月半ば頃から強まってきており、長期金利はすでにかなり低下してきている。10年物国債利回りは2018年10月5日3.23%をピークにして、景気の停滞感やインフレの落ち着きから低下傾向であったが、6月6日現在で2.11%まで低下しており、過去の最低である1.4%にはまだ届かないが、相当の低金利状態となった。金利の引き下げ方向への転換だけでなく、これまでに取り組まれてきたリーマンショック後のFRBの量的緩和の後始末=バランスシート縮小のペースを遅らせるという手を打てばこと、長期金利は劇的に下がるかもしれない。
 非金融法人企業でみると、18年4−12月期は純負債が増えていたのに対し19年1−3月期には再び純資産増加に転じている。すなわち企業はカネ余り状況に戻ったわけである。こうした金融の状況も長期金利の低下の要因になっているであろう。
 一般的に長期金利の低下は株価や不動産価格には直接的な上昇要因になる。これは資産価格形成の原理的な部分で、長期金利の低下分だけ割引率が低下するからであり、先行きに明るい景気期待が生まれているということとは違う。また流動性の共有が十分であると企業の倒産や金融機関の破綻リスクが低下するので、これも株価には一般的にプラスになる。住宅価格は低下傾向ではないが、18年半ばから横ばい傾向なので、こちらも再上昇する可能性がある。
 金利低下や金融緩和によるリスク低減による資産価格上昇は、継続的であればいわゆる資産効果を通じて個人消費や企業の設備投資に増加要因となってくる。特に住宅価格の上昇は個人消費を増加させる傾向がある。半年くらいすると、中だるみしている景気を持ち直させる効果は出てくるかもしれない。ただし、それはフローの所得増大を超えた国内需要増加でありバブル的な性格を濃くしていくことになる。また輸入の増大につながり貿易赤字の増加を促すことになるだろう。

米国景気の現状
 米国の失業率は19年5月3.6%と1969 年 12 月以来となる歴史的低水準を維持した。労働市場の状況からいえば、米国の景気は水準としては良い状態が継続していると言える。もっとも、家計調査による失業者以外に就業を待機している労働者の数は多く、労働市場のタイト感が60年代並みに回復したとは言い難い。それが、賃金があまり上昇しない要因でもある。
 ただし、景気循環を生じさせるもっとも大きな要因は設備投資(実物資本蓄積)の循環であり、19年第1四半期で民間企業の純固定資産投資(名目ベース)は7、154億ドルにのぼっており、GDPの3.4%になっている(図表2)。純固定資産投資は、減価償却部分を除いた固定資本の増加部分を意味しており、実物資本蓄積のペースと考えてよい。18年第4四半期の純固定資産投資もGDP比が3.4%であったので横ばいの推移している。3%台半ばというのは米国の潜在成長率から考えてやや高めであり、今後は低下する可能性の方が高くなってきた。仮に金融緩和を受けてさらに設備投資が大きく増加すれば次の景気調整期においてリーマンショックのような厳しいストック調整が起きることになるだろう。

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不透明になった英国のEU離脱
 英国のメイ首相は、5月24日、首相官邸前で声明を発表し、6月7日に保守党の党首辞任を表明、保守党党首(そして首相)選が実質的にスタートした。メイ首相の辞任はEU離脱条件について議会の同意が再三得られず、その責任をとったものである。
 5月23ー26日にEU28カ国で欧州議会選挙が実施された。EU統合の推進役を担ってきた中道右派と中道左派の2つの陣営が大きく議席を減らし、欧州議会が発足してから初めて過半数を割り込んだ。代わって議席を増やしたのは、EUに懐疑的(否定的)な右派と、親EUのリベラル派と環境政党である。欧州議会は多極化した。ただし、EU懐疑派は極右から極左までの全ての政党を合わせても3分の1には届かないとみられる。
 EU離脱を決めながらも実際に離脱交渉と国内政治のもつれで離脱への動きが進んでいない英国では、EU強硬離脱(合意なしの一方的離脱)を掲げるブレグジット党が得票率30%で第1党となった。一方、与党の保守党は得票率わずか9%で第5党となった。国民世論が強硬離脱に傾いているというのではなく、EU残留を主張している自由民主党、緑の党などの得票率の合計は、ブレグジット党の得票率を上回っている。EU離脱に共鳴する国民が保守党ではなくブレグジット党に投票したということである。一方、公式には穏やかなEU離脱路線をとっている労働党の支持者の多くもEU残留が本音であるところからすると、世論の二分度合いが強まっているということかになるのかもしれない。一方、保守党、労働党の2大政党が勢力を低下させ、英国の政治地図が多党化に向かっているということも言えそうだ。
 党員投票による保守党党首選が7月22日に設定され、候補者を絞り込む議員投票が始まった。6月13日の1回目の議員投票では、ボリス・ジョンソン前外相が114票で第1位となり、2位、3位と大きく差をつけた。EU離脱の国民投票時に英国・EU間の負担についてデマを流した張本人と批判され、今も強硬離脱もありうると主張するボリス・ジョンソンが保守党党首=首相となれば、英国の政治状況はさらに混乱していくのではないだろうか。

輸出に懸念のEU経済
 ユーロ圏の19年1-3月期の実質成長率は前期比0.4%と比較的高い伸びだった。大きな要因は、英国のEU離脱に備えて、企業が在庫を積み増したためであると指摘されている。今後は在庫増の反動に加え、米中貿易摩擦の激化や英国のEU離脱の一段の迷走に伴い、輸出の先行きに対する不透明感が企業の投資意欲を削いでいく可能性がある。現在のところ、ユーロ圏の中国向け輸出には減速傾向が見られるが、米国向けは比較的好調である。ユーロ圏にとって、米中が関税引き上げ合戦で価格が上昇した製品の代替品の輸出が増える可能性もある。ただし、米国は欧州から輸入する自動車に対する制裁関税の判断を 180日間延期すると 5 月 17 日に発表したが、欧州からの輸入自動車が米国の安全保障を脅かしているとして制裁関税を課す方針は維持しているので、ドイツなどの自動車輸出産業には大きな懸念がある。
 一方で、個人消費は、就業者数の増加が継続していることで消費者マインドが改善してり、堅調に推移している。18年は所得の伸びに比べて消費が伸び悩み、貯蓄率が上昇した。原油価格上昇と景気不安が消費者マインドを悪化させたためであるが、消費者信頼感指数をみると19年 に入って改善しており、通常の貯蓄率に戻っていく形で個人消費が支えられている。
 欧州中央銀行(ECB)の金融政策態度は慎重なものに転じてきている。6月6日の理事会で金利ガイダンスを変更し、少なくとも20年上半期を通して金利を低水準にとどめる、すなわちマイナス金利状態を継続するとした。また、金融機関向けの新型の貸出条件付き長期資金供給オペに適用される金利を、最も低い場合でマイナス0.3%(中銀預金金利に0.1ポイント上乗せ)とすることも決定した。ドラギ総裁は記者会見で「次の動きは利下げよりも利上げになるか」との質問に対し、「ノー」と答え、むしろ利下げの可能性があると示唆した。米国の金融政策動向と合わせると、米国と協調した緩和方向に転じる可能性がある。欧州も再び金融緩和によるバブル経済的な動きが強まるかもしれない。

中成長を目指すが足元不安定な中国経済
 米中貿易摩擦が収まらず関税引き上げ合戦になったことで、5月以降、中国の株式市場や為替市場は大きく動揺した。景気の先行き不透明感が強い中で資本の外国逃避が起き、元安が起きた可能性がある。
 輸出産業を中心とする中国企業は、米国向け輸出品生産用の設備投資を控えていく動きになるだろう。すでに鉄道・船舶・航空宇宙・その他輸送設備製造業、電気機械・器材製造業、自動車製造業の設備投資が前年より減少する動きとなっている。
 個人消費にも陰りが出てきている。小売売上の 1 割程度を占める自動車販売金額は前年割れが続いている。17年末の車両購入税減税措置の終了による反動減の影響という特殊要因もあるが、19年になっても前年割れの状況が続いており、自動車販売の回復が見込めない。この対策のため、中国政府は、自動車と家電の販売促進策(補助金政策)を開始するとの見方が強まっている。自動車について、老朽化した自動車の廃棄・買い替え、農村のオート三輪車を廃棄し、3.5 トン以下のトラックもしくは排気量1.6リットル以下の自動車に買い替える場合に補助金が支給される。家電では老朽化した家電を省エネ家電・スマート家電に買い替えたり、新規購入したりすることで補助金が支給される。対象は冷蔵庫、洗濯機、エアコン、テレビ、レンジフード、給湯器、コンロ、パソコンなどである。一時、日本で行われた景気対策に大変類似している。
 一方、中国経済のバブル的な部分でもある不動産開発投資は19 年に入っても高い伸び率が続いている。関連するインフラ投資も緩やかに増加している。中国の都市全体の住宅価格は年10%を若干上回るペースで上昇しているが、これは都市部の一人当たり可処分所得の増加率である8%程度を上回り、既に政府が警戒する水準を超えている。しかし、現在の中国政府にとって、価格抑制策を打ち出すことによって、不動産開発投資という景気下支えを失うことは痛手になりかねないため、強力な引き締め策は導入されていない。インフラ投資の有力な資金調達手段である地方政府債券や企業債券は順調に発行、消化されている。資金循環から見れば個人消費や企業設備投資が減速している分、個人、企業部門の貯蓄が増加し、それが不動産開発やインフラ投資をファイナンスしているという姿である。中国においても相当の貨幣資本の相対的過剰が発生してきていると言えるのではないか。資金循環においては民間の過剰な貯蓄が財政赤字を補填している形であり、財政部門によって創られた需要によって経済のバランスを保つ姿になる。
 中国政府が景気対策のために不動産開発やインフラ投資の拡大を容認し、それが株価や住宅価格などの資産価格上昇を促す構図ができてくると中国は真性のバブル景気を経験することになるかもしれない。中国での地方における不動産開発バブルには地方政府が関与し市場外的な要因も多々あったため、中国政府はバブル対策の一つとして開発資金を地方政府債券でまかなわせるという市場的な解決に求める改革を行なった。確かに、地方政府が金融機関との「癒着」の元に資金調達していた状態は改善されたが、本質的にカネ余り抑制できるわけではなく、債券市場の金利が低下することでバブルは引き起こされることになる。
 中国は中長期的に中成長を目指している。がむしゃらな高度成長ではなく安定したバランスのとれた経済、小康社会を志向しているわけだが、上記のような国際経済の環境のもとでこの道は容易ではない。中国の1人当たりGDPはちょうど1万ドル程度に達したところである。いわゆる中進国の上位に位置するがここから欧米、日本のような先進国レベルの所得水準に達するにはまだ長い道のりが必要であり、いわゆる中進国の罠といわれるような現象にハマるかどうかはまだわからない。中国においても税制や社会保障の充実により分配面に光を当てた改革を促し、所得格差の縮小を目指し、勤労層の消費の増加を基盤にした内需型の経済成長に転換できるかが、中進国の罠を回避する道であろう。
 IMFの経済見通しによれば、中国の経済成長率は19年に6%を割り、徐々に成長率を落として24年には5.5%となる予想である。これは成長率の傾向であって実際の景気動向はもう少しダイナミックなものであるかもしれない。労働人口などからみて中国の潜在的な経済成長率が緩やかに低下していっており、政策課題は経済成長から税制や社会保障など分配面に重点が移っていると言えるだろう。

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