過剰資本の受け皿として財政赤字が拡大 - インフレ収束に向かう世界経済(2024年)

月刊「社会主義」(社会主義協会)2024年1月号所収

 ロシアによるウクライナ侵攻のショックによって2022年春に大きな原油価格上昇が起きた。欧州への主な原油、天然ガス供給者であるロシアへの経済制裁が世界のエネルギー需給を逼迫させるとの懸念が広がったためであった。これに端を発したインフレ加速は、1年半を経過して世界的にはほぼ収束してきた。ウクライナでの戦闘状況はこう着状態で、問題は解決されていないが、ウクライナ側に立つ諸国によるロシアへの経済制裁は、金融面を除けばあまり大きな効果を上げていない。中国や周辺諸国など経済制裁に参加していない諸国との貿易によってロシア経済は破綻を免れている。
エネルギー需給は逼迫を免れており、O P E C(石油輸出機構)やロシアなどの協調減産は、11月30日に追加の減産合意に至らず、原油相場の下落につながった。
 国際商品価格全体も沈静化に向かっている。国際商品の代表的な価格指数であるC R B指数は、コロナ発生時のパニックで4月20日に111.36まで低下したが、2022年春から急騰し、6月6日には368.18と3倍以上に値上がりした。その後ほぼ横ばいで推移したが、現在は300をやや下回る水準となっており、継続的な上昇とはなっていない。多くの商品価格の水準はまだかなり高いままであるため、コスト面からのインフレ圧力は多少残っているが、その圧力は徐々に減じている。
欧米でのインフレが沈静に向かい金融引き締めの必要性が薄れた結果、欧米の長期金利は2023年の秋のピークから全体的に低下方向に転じた。一方、企業収益の拡大は継続しており、穏やかながらも好況期がしばらく継続できる条件となっている。
 ただし、2023年春には金融引き締めの効果によって、米国の多くの中小金融機関や欧州の金融機関に経営不安が広がったりしており、金融面からの不況の火種は残っている。

米国経済

 米国の景気は成熟段階に達してきている。2023年7−9月期の実質G D P成長率(第二次速報)は前期比年率5.2%とかなり高い成長率となった。2022年7−9月期以降5四半期連続で年率2%を超える成長が続いており、米国の潜在成長率と推計されている1.8%程度を上回り、いわゆるG D Pギャップ(潜在GDPと実際のGDPの差)の縮小が続いてきた。
設備投資による景気変動という観点から、民間設備投資の水準をネット(減価償却を差し引いた額)で見ると、G D P比で2.6%と高くなく、設備過剰感を生むほどではない。過剰能力の形成から不況を招来するという段階には至っていないため、まだ増加余地がある。すなわち景気局面としては拡張期にあると見ることができる。
 失業率は2023年に入ってやや上昇気味で10月は3.9%まで上昇し1年10ヶ月ぶりの高さになっていたが、11月は3.7%にやや低下した。経済的理由によるパートタイマー労働者は11月に29万5千人減少して400万人となった。フルタイムの雇用に吸収されているとみられる。しかし、これをもって、景気の再加速とまではいうことはできないだろう。 
 米連銀は2022年3月から2023年7月の公開市場委員会まで10回連続で利上げを行ってきたが、9月、11月、12月と3回連続で利上げを見送った。2022年以降のインフレに対処した米国の金融引き締めは終了した。今回公表された公開市場委員会参加者の政策金利見通しでは、2024年は0.75%の利下げが見込まれている。債券市場などでは、利下げの方向への転換の時期やその規模を巡った売買が行われる状況になっており、長期金利の低下傾向が鮮明になってきた。そのため、為替市場におけるドル高も終わり、ユーロや円が反転し始めている。


 消費者物価指数は2023年11月3.1%(前年同月比)と上昇率が沈静してきている。食料とエネルギーを除いたコアの指数でも4.0%(同)となった。連銀の目標としている2%となるまでにはまだ数ヶ月を要するだろう。現在、消費者物価指数を押し上げている主な要素が住宅賃貸料(実際の賃貸料および持ち家の帰属家賃)であり、特に持ち家の帰属家賃は現在の住宅バブル(後述)に引っ張られた現象である。現時点において生産された付加価値の価格上昇という観点で見ればすでに2%程度に収束してきている。ノーベル経済学賞受賞者の著名エコノミストであるポール・クルッグマンは、食品・エネルギー・住宅賃貸料・中古車を除く消費者物価上昇率を示し、これがすでに9月には前年比で2%を切ってきたことを重視して、米国はインフレを克服したとしている。
米国のインフレは収束過程にあると言えそうだが中東情勢など外部リスクは残る。現在のところイスラエルによるガザなどパレスティナへのジェノサイド攻撃に対しては、サウジアラビアなどのアラブ産油国は、石油を武器にするという態度はとっておらず、原油価格の大幅上昇につながる可能性は高くないといえそうである。


 全米自動車労組やティームスターズといった労働組合側のストライキによる賃上げ攻勢が続いているが、組織労働者の割合は高まってはおらず、全体の賃上げを押し上げるほどにはなってない。時間あたり平均賃金(民間全体)は、2023年11月34.1ドルと前年同月比で4.0%増であり、消費者物価上昇率が3.1%であるから、2022年に下がった実質賃金がようやくわずかに回復しているという程度である。
 今後の米国経済の問題点としては、2022年春まで行われていた超金融緩和政策の副産物として発生した住宅バブルをあげることができるだろう。2016年頃から加速し始めた住宅価格の上昇は2022年春を一旦ピークとして落ち着いていたが、2023年春以降、再び上昇の動きとなった。ただし、2022年春までの住宅価格上昇は主に西海岸の大都市が中心であったのに対し、2023年後半以降はそれまで上昇が限られていた中西部などにシフトしている。大都市では住宅価格のみならず住宅賃貸料の上昇も大きく、賃貸料が払えずに追い出され路上や公園などでテント生活をするホームレスが増加している。こうした西海岸の大都市の住宅環境の劣化は、中西部への人口移動にもつながっており、住宅価格の上昇が中西部に及び始めたことと符合する。西海岸ではI T産業などの比較的高収入の労働者の増加が、住宅価格や賃貸料を押し上げた側面があったが、リモートワークが普及したために、こうした労働者が中西部や中小都市に移動していると推察される。

欧州経済

 ユーロ圏経済は2023年4−6月期までの1年間、ゼロに近い低成長で推移してきたが、7−9月期は前期比▲0.1%とマイナス成長となった。10-12月期に入ってからも停滞が続いているようだ。7-9月期G D Pを国別にみると、アイルランドが前期比▲1.8%と大幅なマイナス成長になり、これによってユーロ圏のGDP全体が▲0.07%ポイント押し下げられている。アイルランドのGDPは一部の多国籍大企業の動向に左右され振れが大きいことで知られ、アイルランド中央統計局によれば7-9月期G D Pについても多国籍企業の影響が大きいセクターが下押し要因となった。また、ユーロ圏最大の経済規模を持つドイツが同▲0.1%と小幅ながらも2四半期ぶりのマイナス成長となった。そのほか、フィンランド、オーストリア、ポルトガル、エストニア、オランダ、スロベニア、リトアニアがマイナス成長となった。ユーロ圏経済は多くの国でマイナス成長であり全体的に停滞している。ユーロ圏の失業率は7−9月期6.5%と低位横ばいに推移しているが、2024年にはやや上昇していく見通しとなっている。
 しかし、これまでユーロ圏経済の大きなネガティブ要因となっていたインフレ率が速いペースで鈍化しているので、今後の景気動向に対してはプラスの要因になる。ユーロも対ドルで上昇方向に転換したため、欧州中央銀行が金融緩和方向に転換する条件が生まれてきた。ただし、欧州中央銀行はラガルド総裁の発言にもみられるように、なおも残るインフレ上振れリスクを見極めたいとしており、今後半年程度は政策金利を据え置く可能性が高い。米国の利下げのタイミングにも平仄を合わせて協調的に金融政策を運営していくと思われる。早めに金融緩和方向に転換すれば、欧州の金融機関の経営不安も一旦は収まるであろう。

中国経済

 中国では、不動産バブルの崩壊による景気停滞感が依然として強い。株価も低迷が続いている。中国第2位の不動産デベロッパーであった恒大集団は2023年8月17日、米ニューヨークで連邦破産法第15条の適用を申請した。恒大集団の2022年末の負債総額はおよそ2.4兆元(約48兆円)、うち有利子負債は6,000億元超と開示されている。有利子負債のうち外貨建ての債務は27%を占める。その一部が今回の米国での連邦破産法適用申請による債務再編の対象である。
 2020年に中国人民銀行と住宅・都市農村建設部は、危険水域に達した不動産バブルを規制する目的で、不動産開発業者の負債規模に対して、「3つのレッドライン」を設け、3つとも抵触した高リスク企業は、以後は新たに有利子負債を増やすことはできないとする厳格な財務管理規制を実施した。3つのレッドラインとは、①総資産に対する負債比率が70%以下、②自己資本に対する負債比率が100%以下、③短期負債を上回る現金の保有である。一方で、3つとも抵触していない低リスクの開発業者は、15%増以内であれば有利子負債の増加が認められるとした。こうした規制の実施をきっかけに中国不動産業界は不況に突入した。しかし、仮にこうした規制が実施されていなければ、不動産バブルは御し難いものになり、リーマンショックのような金融恐慌を引き起こしていた可能性もある。中国当局は、これまで政府系金融機関が関与してきた不動産開発バブルを放置していた面もあるが、日本のバブル崩壊や米国のリーマンショックに学び、今回はやや早めに対策を打ったと言えないこともない。そのため、金融恐慌といった事態は避けられているものの、不動産・金融不況が長期にわたることになりそうである。
 中国の住宅の需要は2021年がピークであり、2022年以降は減少に転じている。国連の人口推計によれば、中国の住宅購入の主力となる30歳~34歳人口は2021年までの10年間に29.5%増加し、1億2,280万人となったが、今後の10年間では34.7%減少し、8,021万人に減るとしている。つまり、これまでは需要超過で住宅が不足し価格も上昇していたが、現在は住宅の供給超過が鮮明になりつつあり、長期にわたり不動産市況の低迷が続くと予想されるのである。
 個人消費も停滞感が強く、特にこれまで消費性向が高かった若年層で消費意欲の低下が起きている。コロナ禍以前は中国の若者は、毎月の給料を使い尽くす「月光族」と呼ばれ、個人消費を主導していた。しかし、コロナ禍以降、16歳~24歳の失業率が大きく上昇し、2023年6月には21.3%を記録した。若年層の失業率は年々増加する大卒者が労働市場に参入する毎年7月がピークになっていたが、過去最高をさらに更新するとみられた2023年7月分から年齢別失業率(16歳~24歳、25歳~59歳)のデータが発表されなくなった。発表しづらいほど相当に悪化していると推測せざるをえない。
 若年層の失業率が大きく上昇した主因は、一定規模以上の企業では労働者を解雇する際に勤続年数に比例した補償金を支払う必要があるため、勤続年数の短い若年者から解雇していくことが、企業にとって合理的な行動となるという事情がある。また、若年層の雇用吸収力が大きい産業が不況に陥ったことも指摘されている。
 こうした失業増大を招いている経済停滞に対応して、全国人民代表大会常務委員会は、公共投資による景気対策を強化するため、2023年10月~12月に国債1兆元増発を決定した。景気の改善が見られなければ、今後も財政によるテコ入れが必要とならざるをえないだろう。
 しかし、中長期的には供給サイドから中国の経済成長率の低下は避けられない。若年人口も人口全体も減少過程に入っており、2024年以降は4%台の成長率にシフト・ダウンすることが必須である。さらに10年後には3%程度の成長軌道へと減速していくと予想される。
 中国の経済政策は習近平政権の下、「共同富裕」を目指して、これまでの成長を高めることの一辺倒から分配の公平などへとシフトしている。産業政策面では輸出中心から個人消費、特にサービス化への対応が必要だろう。一方で対外政策としては一帯一路を打ち出し、A S E A Nやロシアなど西に位置する諸国を重視する姿勢である。中国の一帯一路参加国向けの輸出が全体に占める割合は、ロシア、A S E A N向けを中心に2012年の34.8%から2022年は42.7%に、輸入は43.8%から49.0%に拡大した。

世界資本主義の一般的危機と特殊的危機(恐慌)の潜在リスク

 世界経済は現状では直ちに特殊的危機(恐慌)に陥る可能性は小さい。2024年前半は、前述のような条件のもとで比較的好況状態が継続するシナリオが想定できる。しかし、金融部門や資産市場に不安定さを抱えていることには変わりなく、数年以内に新たな金融問題の発生でリーマンショック時のような深刻な不況の再来の可能性は高い。そのベースには常に一般的な危機の深化がある。
現代の世界資本主義が抱える矛盾=一般的危機は、財政赤字の累増や労働者・勤労階層の負債の増加に端的に現れている。民間企業部門における実際の価値生産に投下される実物資本の増加という資本蓄積が停滞し、企業内部あるいは富裕層の余剰利潤の向け先が、様々な経路を経つつ最終的には政府部門や家計部門の負債の増加として蓄積されるほかはないという状況が、世界規模で不断に発生している。
 現代の資本主義は、マクロ的経済政策だけでは周期的な恐慌の発現を克服できていないし、できないだろう。むしろ、1980年代以来、累進課税や高めの法人税など政府財政によるビルトイン・スタビライザー機能を放棄して、マクロ経済調整を金融政策と不況期における政府の恣意的な財政拡張に依存するようになった結果、周期的な金融恐慌が深いものとなり、それをきっかけに巨額の財政赤字の累増が起きている。
 この巨額の政府の財政赤字の裏側にあるのが、民間企業、年金基金や富裕層の貯蓄=貨幣資本の蓄積である。日本の場合には大企業に大きな金融資産の積み上げが起きている。株式の保有による間接的な所有関係を考慮すれば、この企業の過剰な貯蓄も最終的には株式価値の増大として主に富裕層の家計に帰属していると考えることができる。
 米国においては企業よりも直接に富裕層の貯蓄の増大が財政赤字の裏側を形成している。米国における家計金融資産の増大はかなり急激であった。2022年末の家計金融資産は107兆9303億ドル(約1京5000兆円)の規模にのぼる。このうち、株式が26兆5049億ドル、投資信託9兆7493億ドルであり、両者で全体のおおよそ3分の1を占めているが、両者とも株式価格の上昇で増大したという性格が強く、必ずしもフローの貯蓄の累積による増大ではない。かなりバブル的であると言っても良いだろう。(図3)


 また、富裕層形成に関しては、起業した企業を大企業に売却したり株式公開したりするなどして金融資産を増やしている例もかなりある。これも労働者を搾取して得た利潤からの蓄積だけではなく、貨幣資本間の「評価」(のれん代)に依存した部分が大きい場合が多く、この部分は本質的に貨幣資本の「蓄積」とは呼び難い。ただし、企業売却や株式公開によって創業者が大きな資金を手にした場合、それは購入者からの貨幣資本の移転であり、直ちに貨幣資本として機能しはじめる。米国の場合、過剰な貨幣資本は企業の手だけではなく個人の資本家(富裕層)の手元により多くある、というのが大きな特徴だ。
 欧州についてみると、EU加盟27ヵ国の合計で、家計金融資産は2022年末で33兆5400億ユーロ(約5200兆円)の規模になっている。遡及できる長期の統計がないが、2012年から2022年で53%(年率約4.4%)増加した。この間の27ヵ国合計の名目GDPの増加は40%であったので、家計金融資産は経済規模に比較して相対的に増加しており、欧州でも貨幣資本の過剰状態が進行していると推察できる。
 生産過程に投下されない貨幣資本の部分=相対的過剰貨幣資本の増加は、貨幣資本、特に貸付資本の需給関係を大きく緩和している。生産過程での労働の搾取による利潤(剰余価値)の資本間の分配は、投下資本のリスクテークの度合いの違いによる各形態間の力関係に依存する。そのため貨幣資本が過剰になると、基本的にリスクテークの度合いが小さい貸付資本や債券保有に対する利潤の分配部分としての利子率を低くする。それが極端になってほとんどゼロにまでなってしまっているのが現在の状況である。世界的な低金利は、単に緩和的な金融政策の結果ではなく、貨幣資本の相対的過剰が大きな要因となっている。
 貨幣資本の過剰と財政赤字の累増による「経済成長」=利潤と拡大再生産の維持の構図は資本主義の延命装置そのものである。現代資本主義の全般的危機の深化が進行し、資本の利潤確保という資本主義の生命線を維持するための方策の結果として現象している。資本の利潤率を支えるために財政赤字が構造的に据えられているわけであり、財政赤字なしに実現できない利潤を上げることで資本主義はかろうじて延命している。
 また政府債務は公的な資本形成と結びついている場合は、公共インフラの増大=国富の増大とも認識できるが、現在においては景気対策あるいは金融市場安定のために何らの資本形成もされない支出となる場合が多くなっており、結局のところ、資本の利潤率維持を貨幣の形の上で実現し、資本主義の不安定増大のリスクを公的に負担した結果の政府債務増大になってきている。資本主義が市場による均衡を達成できず、公的なリスク負担をますます必要としていることの反映である。利潤を上げ続けることでしか持続できない資本主義というシステムを変革することでしか、この問題を解決することはできない。

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