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嘘と秘密とコミュニティ-『ディック・ロングはなぜ死んだのか』評-

最近主催した読書会で参加者から「コロナ禍で秘密って持てなくなったよね」という話が出た。ZOOMで自分の部屋などが映し出されてしまい、またインスタなどでは率先して自己開示をしてしまう。

そんな中で秘密の価値とは何なのだろう。

『ディック・ロングはなぜ死んだのか』(2020年8月7日 公開 監督:ダニエル・シャイナート)はその秘密について考えさせてくれる。

この映画は、「秘密」が作品のテーマにもなるため、一切のネタバレ情報を仕入れないことが肝要になる。映画タイトルをググるだけでも危険なので注意してほしい。この手の映画あるあるで、検索候補でもネタバレを食らう。

あらすじ

ジーク、アール、ディックの3人は売れないバンド仲間。ある晩、練習と称しガレージに集まりバカ騒ぎをしていたが、あることが原因でディックが突然死んでしまう。やがて殺人事件として警察の捜査が進む中、唯一真相を知っているジークとアールは彼の死因をひた隠しにし、自分たちの痕跡を揉み消そうとする。誰もが知り合いの小さな田舎町で、徐々に明らかになる驚きの“ディックの死の真相”とは…?

笑うしかない悲劇/笑うに笑えない喜劇という感じのダーク・コメディテイストで、タランティーノ『パルプ・フィクション』などにオマージュを捧げながら、主人公ジークがついた「一つの嘘」によりボタンのかけ違いが起こり続け、後戻りできない結末となっていく。

ちなみに、「あること」が原因で誰もやりたがらなかったディック・ロング役にはダニエル・シャイナート監督自らが演じている。

ストーリー展開も面白いが今回注目したいのは、この「嘘」を取り巻く人々や町についてだ。

嘘と秘密

整理しよう。
ジーク・アール・ディックの3人が「あること」をした結果、ディックは物語冒頭で観客にも明かされない形で死んでしまう。
ジークとアールは証拠隠滅にいそしむが、この時登場するのが「嘘をつかれる妻」と「嘘を嘘とわからない娘」である。

証拠品をうっかり保安官に渡してしまうなど、そもそも爪がかなり甘いジーク。嘘に嘘を重ねていくも、娘の純粋な言葉により、遂には妻にバレてしまう。

"Are you kidding me?"と妻には失望されるも、しかし妻とて内容のあまり「あること」を娘に知られるわけにはいかない。

(ヴァージニア・ニューコムの顔芸がアイコン)
ここで妻という共有先を見つけた「嘘」は「秘密」へと変化する。

詐欺師が嘘をつく時、それに引っ掛かる人には2種類いるという。「騙される人」と「騙されたい人」である。まさに騙されたいがために「秘密」を共有する妻を交え、さらに深みにハマっていく。

秘密の共有により彼らが守ろうとしたのは、第一には"Private Property"(私有地)などに代表される"Private"(私的なモノ・コト)だろう。映画はまさにこの私有地の看板からはじまる。

コミュニティー実はこういうことって2回目なのよ

映画ではさらに保安官たちの行動が描かれる。
右往左往しながら「あること」の核心に迫る保安官たちは、遂には秘密に辿りつく。
しかしあまりに許容できない内容のため、保安官たちも一定口を閉ざすように。このとき彼女たちは"Private"ではなく"Public"、つまりコミュニティのために「あること」を秘密として貫いていく。
小さな街なので噂が広まってしまうようだが…

この時、老齢な保安官が若い保安官に興味深い言葉を漏らす。
”実はこういうことって2回目なのよ”
自分たちが既に置かれているこの状況すら、既になにかの秘密の上に成り立っているのである。

映画はこの誰にもわからない「あること」が常に空座として中心にありながら、すべての人が振り回されていく滑稽さとリアルさを描く。

秘密を持ちにくくなっている現代で、秘密の価値を考え直す一本として、ぜひ観てほしい。

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