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コップから溢れさせる

 コップにジュースをずっと注いでいくと、いつかこぼれますよね。どうせこぼれるジュースなら、他人に与えるのって簡単だと思うんです。だって、自分のコップはすでにジュースで満たされているから。
 
 だけど、コップにジュースが半分しかない状態だったらどうでしょう。他人に与えることに抵抗を覚えるかもしれない。友達だったら与えられるかな。子供になら全部あげてもいいかも。いずれにせよ、自分のコップの中身に限りがあるのなら、与えるために、身を削らなくちゃいけない。他人のために自分の身を削ることを、「献身」といいます。
 
 献身というのは美しいし、本物の優しさでもあるんだけども、自分の本心を無視して献身的であろうというのはちょっと無理がある気がする。ある一部の人を除いて、献身的な態度というのは、持続するのが難しい。にもかかわらず、献身的な態度や形式でものごとを回そうとする人をよくみかける。というか、自分がいまからとろうとしている行動が、献身の上になりたつことを分かっていない人が多い気がする。
 
 まずは自分のコップを満たすことだけを考えたらいい。そして、溢れさせる。そしたら、その溢れたものを他人のコップに躊躇なく注いであげられるでしょ?自分を満たすために行動することは、自己中とは違う。自分を満たすことは、いつか他者を満たせる人間になるための第一歩なのだと、僕は思う。
 
 
 他人軸から自分軸に切り替えるというのは、世間からすれば小さなことだけど、一個人にとっては大きなパラダイムシフトだ。少なくとも僕にとってはそう。別にもともと他人軸で生きてきたような人間ではないけれど、あらゆる側面で「まずは自分を満たそう」と考えられるようになって、色んなことがうまくまわり始めている。
 
 例えば、料理。僕はここ一年半ほど、家族に料理を作ってふるまうのが日課になっている。たぶんこれからそう。なんで継続できているかというと、料理をするのも食べるのも、作った料理を褒められるのも好きだから。自分で作れば自分が食べたいものを自分が食べたい量作れる。新しいメニューに挑戦するのも、作れるものが増えて楽しい。自分のアイデアがうまくいったら楽しい。失敗しても、次はこうしようとか考えるのも楽しい。
 
 もし、料理を自分のためではなく、他人のためだけにやっていたら、めんどくさくなってやってないと思う。自分のために料理をしても、べつに怒られないしむしろ喜ばれる。自分を満たすためにやっているのに、溢れて他人に与えている。
 
 
 今書いているエッセイもそうだ。このエッセイは、自分の考えを整理するために書いている。大切なことを忘れないために書いている。でも結果として作品として形になり、他人の目に触れる。溢れている。このエッセイを読んでいる人が何を感じるかは分からないけれど、もしかしたら誰かの価値観を変えるきっかけになるかもしれない。そうなれば素敵だが、そうはならなくても少なくとも自分は執筆という行為で自分のことを満たせているから、何も問題はない。
 
 今書いたのはほんの一例。ありとあらゆる部分でうまくまわりはじめているのを感じている。
 
 僕が書いていることが全ての人に当てはまるとは思わないけれど、押してだめなら引いてみろと言われるように、他人のために頑張ってうまくいかないなら、自分のために頑張れば、なにかがうまく回り始めるかもしれない。
 
 
 さて、ここまでコップを溢れさせろって話をしてきたのだけれど、ぶっちゃけ溢れなくてもいい。自分の中だけで完結していてもいい。溢れることを前提にして自分を満たすのは、結局他人のために動いているような気がするし、溢れて他人に与えることを前提にすると、できることの幅がせまくなる。別に自分が満たされているならそれでいいじゃん。それだけで楽しいよ。いくつかのコップのなかで、溢れ始めたものがあればラッキーくらいでいいと思う。
 
 それに、何が溢れて他人に影響を与えるかなんて誰にも分からない。見えないところで巡りめぐるのかもしれない。だから、ただただ純粋に自分のコップを満たすことだけを考えたらいいと思う。
 
 
 とはいえ、自分のコップを満たすのは、言葉でいうほど簡単ではない。自分のコップを満たそうとしても、最初は的から外れて床にこぼれる。自分のことは自分が思っている以上に分からないからだ。
 
 だから、試行錯誤が大切。毎日毎日、自分の感じ方と照らし合わせながら、自分を満たす方法を探さなくちゃいけない。
 それは、ラジオの周波数を合わせる感覚に似ている気がする。一発でピッタリとあう周波数を見つけられるのは稀で、だいたいは音を聞きながら探り探りで針を動かす。
 そうやって試行錯誤の末に見つけた周波数こそ自分の本心で、注ぐべきコップの中心だ。あとは思いっきり蛇口をひねってあげればいい。

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