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タンブルウィード

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ーあらすじー これは道草の物語。露木陽菜(ツユキヒナ)は地元山形を離れ、仙台に引っ越してきて三年目。自宅とアルバイト先を行き来するだけの淡々とした日々を過ごしていた。ある日、誤…
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#隣人

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「デビと陽菜ちゃんは先に降りて祭り行ってて、うちは車停めてきちゃうから」 市街地から少し離れた道路脇に荒々しく車を停めると、まゆは後部座席の二人へ言った。 新緑の銀杏並木が立ち並ぶ道路の向こうからは、既に賑やかな音が陽菜たちのところまで微かに聴こえていた。 長い時間を待っていたとばかりに聴こえる笛や太鼓の協奏曲は、照り付ける日差しを浴びて高いところで響いている。 まゆは助手席に散らばった大学の資料やファイルに気付くと、エンジンを切る事もせずに隣へ体を曲げた。 シートベルトを外

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橘(タチバナ)君は、苦笑しながら電話口の店長の話を聴いていた。 先日出したアルバイトの休日申請が、一度穏便に通ったと思われたが、急遽出勤して欲しいという内容の電話だった。 何か先だって予定があった訳ではないのだが、こういった話しが月に度々ある為、タチバナ君は便利なスペアパーツの様な気分だった。 部屋の姿見に映るのは雷に打たれた様な毛色の、こんがりと肌の焼けている、見事な眉毛を蓄えた青年だ。 「またクボさんすか」 握ったスマートフォンの裏面を、人差し指でカチカチと叩きながらタチ

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「さ、入って」 部屋の壁に無造作に貼られた見たことのない文字のメモ達、何処かの国の言語なのだろう。上にルビがふられている。陽菜は流し目にそれを見つめた。 まゆはガラステーブルの上に置いてある大小様々な小物を片付けている。香草の様な香りが部屋からほのかに漂った。 初めて訪れた隣人の部屋は、同じ間取りにも関わらず陽菜とは全くの別世界だった。云わば隣国の民家を訪れている様な心持だ。 かかとを使って靴を脱ぐと、陽菜はまゆの部屋へ踏み入れる。慎重な様は貰いたての子猫のようだった。 「お

アジアのどこか。深く生い茂る木々を抜けると絵本に出てくる様な木造の小さな店が在る。 霧の中で匂いだけ頼りに導き出した答えの様な、淡く頼りのない印象だった。 店の前に立つと象形文字を横に引き伸ばしたみたいな焼印が、扉の横に押されているのが見えた。 どういうわけか、生い茂る野草達は店の周りだけ一面ペンキを撒いた様にトウモロコシ色だった。焼きたてのパンみたいな匂いが鼻をくすぐる。 ドアを開けると店内は外から見るよりずっと広く、大木を切った上に板を乗せた様なテーブルには幾人かの男女

玄関先で一通の手紙を見つめながら陽菜は立ち尽くしていた。 どこか遠くの国の海辺の街が描かれた封筒の宛名の欄には初めて字を覚えた子供のような筆跡で「小峰まゆ」とある。 自分宛ではない手紙が何故自室のポストに投函されていたのか陽菜は封筒の住所欄へと目を移した。 陽菜の住むアパートは二階建てでワンフロアに七部屋が並列している。陽菜の住む部屋の番号は101だったが、手紙の住所には107と書かれていた。 しかしながら陽菜も最初は筆跡の癖も相まってその数字が1なのか7なのか少し躊躇ってし