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タンブルウィード

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ーあらすじー これは道草の物語。露木陽菜(ツユキヒナ)は地元山形を離れ、仙台に引っ越してきて三年目。自宅とアルバイト先を行き来するだけの淡々とした日々を過ごしていた。ある日、誤…
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#留学生

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陽菜はコラフの店長への電話を切って身支度を整えた後で部屋を出た。 エアコンで整えられた心地よい空間から一転し肌に刺さるような寒さと雪景色が目の前に広がる。ほんの数分前まで黒く光っていたアスファルトの路面も一面に白い絨毯が敷かれ殆ど別世界の様に陽菜の目には映った。月の光を吸い込んだ雪が蛍の様な柔らかな明るさを寒さで硬くなった中空に向け放っている。 ほとんど口元まで覆っていたマフラーの具合を確かめビニール傘を開くと、陽菜は雪道を駅に向けて歩き出した。 敷地から出る直前、何気なくア

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12月。 アルバイトを終えて帰宅した陽菜は、22度に設定したエアコンの風が流れる室内で今夜もノートに向かっていた。 壊れた電動ハブラシみたいな鈍い音が時折エアコンから鳴り響いている。 雑音の原因は不明だが、この部屋のエアコンは冬場に限って妙な排気音を出すのだ。 実際にはもう馴れたものなのだが、夜の静寂の中では際立って聴こえる雑音は集中力の妨げになる。陽菜は今夜もイヤホンを耳にペンを執っていた。 ノートに綴られたもののうち既にもう幾つかの小説は完成していて、短編集という形に落ち

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二週間後、中崎からのメッセージで地元新聞の朝刊の中に松島のGOISHIについての掲載がある事を知った陽菜は、普段買わない新聞の紙面を部屋で眺めていた。 コラフでのバイトから帰宅して中崎からそのメッセージを受けた時は既に夜も遅く、新聞はまだ残っているのかという不安を抱えながらコンビニに走ったところ、間一髪それらを撤去しようとしていたデビと店の前で鉢合わせた。 日本語能力試験や学校の授業でコンビニの夜勤を休んでいたデビとはしばらくぶりの再会ではあったが、彼は陽菜の顔をちゃんと覚え

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橘君は苦笑しながら目の前に差し出されたうまい棒を見つめていた。 牛タン味。牛タンかあ。。俺、コンポタが好きなんだよなあ。 「若造。ちょっと付き合え。」 狐の様に細い目をしながら仏頂面のクボはそう言った。 喫茶コラフは青葉祭りの影響もあり今日の営業は久しぶりの大繁盛で、店の外にまで珍しく列を作っていた。 ただでさえ急がしいのに癖の強いクボと働いたことで、橘君の疲労は顕著に顔に出ていた。なんだか髪の毛もしゅんとしている。 今日は帰ったらシャワーを浴びてソッコー布団に飛び込んでやろ

一日の営業が終わりコラフを出て歩き出した陽菜に、横からぬっと現れたクボが、おぅ。と声をかけた。手にはうまい棒が握られている。 ゆっくりと歩みを進める陽菜のそばにクボは体を寄せ一緒に歩き出すと、一本どうだ?とタバコを差し出すような仕草でうまい棒を陽菜に向けた。 クボが差し出したうまい棒を陽菜は見つめる。たこ焼き味。。納豆味、売ってなかったのかな。。 喉が少し渇いていたことと今はたこ焼きな気分ではなかったので陽菜は少し微笑みながら丁重にクボからのうまい棒をお断りした。 夜の仙台は

「イラシャイマッセー」鼻にかかった日本語に無いイントネーションの声に陽菜はレジに顔を向ける。インド人・・・ 仙台には一年前から急に外国からの留学生が増えた気がするが、近所のこのコンビニでもアルバイトとして雇用をし始めたらしい。 抑揚が異なる日本語を聴いただけで異国情緒を感じた陽菜は、もう一度そのインド人を流し目に見つめつつ、カゴを手に取った。 新発売のシールが貼られた海鮮サラダとシーチキンのおにぎりをカゴに投げ入れ早々にレジに向かう。会計を済ませお釣りを受け取る時にもう一度イ