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タンブルウィード

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ーあらすじー これは道草の物語。露木陽菜(ツユキヒナ)は地元山形を離れ、仙台に引っ越してきて三年目。自宅とアルバイト先を行き来するだけの淡々とした日々を過ごしていた。ある日、誤…
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#雪

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陽菜は雪のついた前髪を指先で払った。 「クボさん、なんでここにいるんだろう。」 路地での予想外の状況に思わず口から言葉がこぼれる。 陽菜にとってコラフの前でクボを見かける状況というのは実に珍しかった。仕事の時以外、つまりここでは陽菜の様に何かしら別の用があった場合、クボはコラフにプライベートで立ち寄る事は一度も無かったからだ。 自らがシフトに組まれていない時に野暮で立ち寄ったという話も店長やタチバナ君から聴いた事が無かったし、陽菜自身が目にした事が無いだけかもしれないが、いず

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「広瀬通り、広瀬通り。お出口は、右側です。」 座席から腰をあげた陽菜はポケットの中の切符を確認し、列車を後にした。 地下鉄の駅構内は、外から持ち込まれた雪のせいでぐったりとした湿り気を帯びていた。 往来する人々の靴底から溶けた雪がそこら中でワックスを撒いたように通路一面で光沢を放っている。 小走りに陽菜の横をすり抜けて行った男性は足元をすくわれ転びそうになっている。 スケートリンクを歩く様な慎重な歩みで足元を気遣いながら進む陽菜は、地上への階段を一段ずつ踏みしめて上り、夜の

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陽菜はコラフの店長への電話を切って身支度を整えた後で部屋を出た。 エアコンで整えられた心地よい空間から一転し肌に刺さるような寒さと雪景色が目の前に広がる。ほんの数分前まで黒く光っていたアスファルトの路面も一面に白い絨毯が敷かれ殆ど別世界の様に陽菜の目には映った。月の光を吸い込んだ雪が蛍の様な柔らかな明るさを寒さで硬くなった中空に向け放っている。 ほとんど口元まで覆っていたマフラーの具合を確かめビニール傘を開くと、陽菜は雪道を駅に向けて歩き出した。 敷地から出る直前、何気なくア

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しん、と静まった月の無い夜。雪は降り続いていた。 東北大学の校舎の窓には、点字みたいにぽつぽつと疎らに灯りが点っている。 長い旅を終えた人間が古巣に戻るときに見る家の灯りには、必ずいつでも迎え入れてくれるような穏やかな温もりが窓の明かりからなんとなく感じられるが、大学の窓達にはそうした温もりの様なものは感じられず、きっとその明かりの点いた部屋の中では何かしらのやらなければならないことに追われている講師や学生が居るからなのだろう。 顔に吹き付ける冷気と澄んだ闇のせいだろうか、じ

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12月。 アルバイトを終えて帰宅した陽菜は、22度に設定したエアコンの風が流れる室内で今夜もノートに向かっていた。 壊れた電動ハブラシみたいな鈍い音が時折エアコンから鳴り響いている。 雑音の原因は不明だが、この部屋のエアコンは冬場に限って妙な排気音を出すのだ。 実際にはもう馴れたものなのだが、夜の静寂の中では際立って聴こえる雑音は集中力の妨げになる。陽菜は今夜もイヤホンを耳にペンを執っていた。 ノートに綴られたもののうち既にもう幾つかの小説は完成していて、短編集という形に落ち