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蕎麦宗店主の自転車クロニクル その18【弟ユースケと】

8歳離れた弟がいる。彼(今、蕎麦宗の夜営業navigazioneをやっています)が物心ついた頃には僕と次男は大学に進学していたので、一緒に遊んだ記憶はほぼない。ただひとつ、自転車に乗って連れ回した2回のツーリングだけは、兄貴らしいことが出来たな〜っていう想い出となって今もハッキリと思い出せる。

1度目は弟ユースケが小学6年生の時。【リッチーP-23】に跨って横浜から帰省した夏休みに、僕の旧車【ブリジストンATB】を貸してあげて伊豆スカイラインを走った。韮山反射炉から上って山伏峠という旧大仁町浮橋と熱海市多賀をつなぐ険しい峠道を走り、伊豆スカイラインという自動車専用の有料道路へ入った。もう時効だろうから話すと当然自転車は走ってはいけない。が、当時は大らかなもので韮山峠の料金所を通過する時も、「おお、お前ら頑張ったなぁ」と料金所のオッサンが褒めてくれる位ユルかった。【日通道路】を70km/hを超えるスピードでかっ飛ばして下ったが、小学生の無鉄砲さで大学生の自分についてくる見事な走りっぷりで、帰宅して褒め称えると自慢げな笑顔で喜んでいた。

それから3年後の夏休み。僕は大学4年生で弟は中学3年生。すっかり思春期反抗期でブー垂れながらも、僕が企画した天城縦走MTB山岳ツーリングについてきた。結局乗車率3割という酷い内容にボヤいていたが走りきった、いや担ぎ押し切った体力には感心した覚えがある。

その時の初日。ザックにテントやシュラフといたキャンプ道具一式を背負って中伊豆の筏場にあるワサビ田を横目に見ながら、天城火山の景勝地《皮小平》を目指してひた上っていた。宿泊地をどこにするかと考えた時、林道の真横にゴルフ場を見つけひょっこりと侵入。9番ホールだからかだいぶ下手にロッジが見える。多分大丈夫だろう、よしここにしよう!と日暮れを待ってテントを張ることにした。寝っ転がるとグリーンは実に気持ちが良い。が、さすがに気が引けたのでフェアウェイは避けて、その横のラフの芝の上にテントを広げた。

夕飯にと持参したオニギリを食らいつきながら下界を眺めると、ちょうど盆休み頃で遥か遠くに豆粒みたいな花火が見えた。たぶん三嶋大社の夏祭りだろう。はるか遠目に終わるまで二人で見て、テントの中へと戻った。どこかで鹿の鳴き声がする。若い時には気にならないものだ。なんの不安もなく眠りに落ちた…。

ザ・ザ・ザ・ザ・ザ

翌朝、テントを叩きつける雨音で目が醒める。

「ユースケ、起きろ、ヤバイ雨だ」

慌ててテントから飛び出ると、外は晴れやかに青空が広がっている。山の天気は変わりやすいというがキツネの嫁入りにしてはおかしい。よく見るとすぐ横の芝生からフタが開いてニョキッと伸びたスプリンクラーが水を撒いている。僕らが張ったテントはその直下だったのだ。

「急げ、撤収だ」

濡れたテントごと位置をずらして片づけに入った。芝刈りのゴルフ場スタッフがこちらに向かって歩いているのが見える。気づいては無さそうだが、見つかれば怒られるに決まってる。許せ、若気の至り。僕と弟は急いで林道へと逃げ戻った。

それから20年以上の時が流れた2015年。僕の影響で再び弟が自転車に乗り始めた。ブリジストンの*クロモリロードバイクの名車「アンカー」に跨り、妻と杉山君、藤田君の5人でチームを組み真夏の5時間耐久レースで見事に部門優勝。表彰台に一緒に立ったとき、伊豆スカイラインのツーリングが記憶に蘇った。

大人になって何かを始めんとしたとして、子供時分の経験が有ると無いとで随分違うようだ。いつ花開くとも分からないそのスイッチのボタンは、幼き日々の遠い記憶の中に眠っている。ゆえに子供には色々な経験をさせてあげる事が大切なのだろうと思う。豊かな人生を生きるために。

だからそれは、兄として弟に出来た唯一のプレゼントかも知れない。

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*クロモリ…クロムモリブデン鋼という、自転車に適した高級鉄フレーム

#天城林道を行く #子供に経験させるべき事 #幼少期の体験 #ヤル気スイッチ






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