見出し画像

北へ(8)紋別の街

夜、暗くなってから着いた街。朝起きて、初めて明るい街を見る。
そんな旅の朝が好きだ。
昨夜一献傾けた枝幸の酒場も、朝の光に照らされている。

雪山をバックに、バスが近づいてくる。
バスを乗り継いでオホーツク沿岸を南下し、旅の最終目的地・紋別に向かおう。

ほどなくして、車窓にオホーツク海が現れる。流氷は少し沖へと離れているが、確かに見えている。はるばるシベリアからやってきた「氷」に、いよいよご対面。
乙忠部で小学生たちが乗り込み、学校のある音標で元気に降りていく。

雄武で乗り換え、バスは日の出岬へ。車窓一面に流氷が広がった。日の光に照らされ輝いている。
ここでしか見られない、美しい景色。荒れ狂う増毛の海とはまた違う、静かな「氷」の海。

勉強している高校生。スマホを見ている女性。バスの乗客は、誰ひとり車窓に関心を示さない。
この景色は、この土地の人たちの「日常」なのだ。

興部から3本目のバスに乗り、ようやく紋別の街にたどり着いた。
「紋別」、この文字に胸が高鳴る。いま、紋別にいるんだ。憧れの異郷。
はまなす通りは、絵に描いたような北の酒場通り。無数の看板が、静かに夜を待つ。

かつて、国鉄名寄本線が通っていた紋別。駅前だった場所に今も店を構える、創業百年のお蕎麦屋さんの暖簾をくぐる。
お昼時、既に大盛況の店内。そこへ、地元のお兄ちゃんチームが団体で入場。店のおばちゃんがいらっしゃい!タイミング悪いなあ!とか言いながら出迎える。迷惑そうな、でも嬉しそうな。
兄ちゃんたちは、つかつかと店内奥へと入っていく。

肉そばで体を温め、街を歩く。
氷点下の紋別で、「+20℃」と、盛大なウソをつく温度計。
パジェロが走り抜ける。ハンドルを握るのは、タバコをふかしたお姉さん。
紋別の「日常」が、心地よく過ぎていく。

鳥居に鴻之舞鉱山の名を残す厳島神社から、紋別公園へ。展望台へ向かおうとするが、道がわからない。
ようやく幅の狭い雪かきの跡を見つけ、一歩一歩雪を踏みしめ登って行った。

なんと、展望台の直前で道が途切れた。うず高く積もる雪、これ以上先へは行けない。
肩を落としながら振り向けば、眼下には紋別の街と、氷の海。

あと一歩届かなくたって、大丈夫。振り向けば、きっと良い景色。
登ってこなければ見られなかった景色を、存分に楽しんだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?