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【短編小説】私と死神

音が聞こえる

時計を見ると午前4時

夢と現実の狭間で朦朧としながら
窓の方へ目を向けるとカーテンの隙間から
雫が垂れているのが見えた

「雨…」

私は雨は嫌いじゃない
子供の頃は雨が降るとお気に入りの合羽と長靴を母親に出してもらい外でよく遊んでいた

大人になってからは、普段騒がしい世界が雨が降ると何かフィルターがかかったように静かになるそれが私は好きだった

このまま起きるか、夢の続きを見るか考えているとあの痛みが頭を駆け抜けた

医師が言うには原因不明
MRIやCTには何も映らなかったという

ベットで悶えながらナースコールを探すが
見つからない

とうとうここで終わりかと思ったその時
スイッチが切れるかのように痛みが消えた

「はぁ…はぁ…はぁ」
息を整え額の汗を拭きながらなんとなく辺りを見回すとドアの前に人影があった

看護師かと思ったが様子がちがう
彼はゆっくりとベットに近づいて私に言った

「お初にお目にかかります」
「私、死神です」

少しパーマがかった髪を後ろで括りスリーピースのブラックスーツをさらっと着こなしていた

暗闇でよく見えなかったが
精悍な顔立ちをしているのは分かった

「死神というのは…」

彼は私の言葉を続きを分かっているかのように言った

「その通りです」

私は微笑した─
まだ夢を見ているのかと思ったが意識ははっきりとしている、まさか、死神に会えるとは思わなかった

「私を迎えにきたということですか?」

内心、冷静に質問している自分に驚いた
彼がこの世のものとは思えない雰囲気を漂わせていたからだろう

「迎え…そうですね…」
「それは間違ってませんが今はその時ではありません」

言っている意味がわからなかった
死神とは人間が死を迎える時に現れるのではないか

そんなことを考えていると彼は続けた

「人間が理解しているものとは少し違うのです」

「私たちはまずある一定の期間で死が確定した方の前に現れその方と"会話"をします」

「突発的な死や自殺に関しては管轄が違うので今回は説明を省きますが」

「"会話"というのはその方がどんな人生を過ごされてきたのか、この世に未練はあるのか、生まれかわるとしたら希望はあるか」

「そのようなことをお話しするのです」

淡々と話す彼を見ながら
内容はあまり入ってこなかったが優しい声と人を落ち着かせる雰囲気をもっている人物だと思った
神を人物というのは違和感があるが…

だからこそ、私は冷静に聞いていられるのだろう

「会話…」

カウンセリングの様なものだろうか
あの世に行くにも手続きみたいなものがいるのか

「そうですね、そのようなものと理解して頂いてかまいません」

あたりまえのように頭の考えを読み取られた
死神とはそんなこともできるのか

いや、死神といえど神だ
全知全能とまではいかないかもしれないが
それぐらいの能力は持っているのだろう

「まず、貴方様のお名前を教えてもらえますでしょうか?」

「名前…」

そんなものすでに知っているのではないか

「いえ、これは形式的なものでして言うなれば"会話"のトリガーのようなものです」

私は何となく理解し名乗った
「神崎 …楓です」

「楓様、かしこまりました」

「失礼ですがこちら座ってもよろしいでしょうか?」

彼はベットの横にあるパイプ椅子を指さした
私が頷くと彼は一礼し静かに座った

雨が激しくなり雨粒が窓に当たる音が聞こえる

「さて、さきほど話したようにまずこれまで楓様が過ごされてきた人生についてお話しましょう」

彼はスっと人差し指を伸ばすと私の額に当てた

次の瞬間───
私は空の上にいた
下は真っ白な雲海
そして上には太陽が輝いている

「落ち着いてください」
「今、貴方の記憶の世界にいるのです」

私の気持ちを察したかのように
横に立つ彼は優しく語りかけた

「さて、これから楓様の人生を振り返っていきましょう」

彼は微笑んでそう言うと私の手を握り飛んだ

最初は私が生まれた海の近くの街だった太陽の日差しが水面に輝き、カモメがすぐそばを通り抜ける

「あそこは…」

赤い屋根の平屋建て
海まで徒歩1分の立地で小さいが庭も付いていた

私が覚えているのは両親と浜辺で過ごした記憶

父親と手を繋ぎ
ゆっくりと夕日に向かって歩いている
母親は少し前を歩いてときどき振り向いて
私に笑いかけた

「懐かしいな…」

もうこの世にはいない両親を思い出し目頭が熱くなった

「楓様、この時は幸せでしたか?」

唐突に死神が聞いてきた

幸せ…死神とは不釣り合いな言葉に違和感を覚えつつも無くなりかけていた記憶を呼び起こしながら答えた

「幸せだったと…思います…」

そうですかと死神は口角を上げ
ゆっくりと上を見上げた
夕日に照らされてよく見えなかったがなぜか涙を堪えているように見えた

「それでは…次に参りましょう」

今度は私が高校生の時
ずっと好きだった人に告白してフラれ気持ちに整理が出来なくて防波堤に座っていた

その時はここから飛び込んでしまおうかと思うほど気持ちが落ちていた

今思うと「1回フラれただけで」と客観視できるがその時は奈落の底に落ちた気分だった

そうだ…
その時、話しかけられたんだ…

「どうしたんだい?何かあったの?」

いきなり後ろから声をかけられ驚いたが人懐っこい笑顔と優しい声にドキッとしてしまった

彼はおもむろに私のとなりに座ると言った

「よかったら話してみない?」
「思いは吐き出した方が楽になるよ」

夕日を見ながら言う彼を見ながら
なぜか不思議とこの人なら大丈夫だと思った

それからせき止められてたダムが決壊するかのように私は話し続けた

彼はずっと相槌を打ちながら
聞いてくれていた

どのくらいたっただろうか
私が全てを吐き出し終えた時
彼は言った

「そうか…それは辛かったね」

「だけど、その経験は無駄にはならない」

「少し時間はかかるかもしれないけどその思いや感情は君の大切な未来のピースになるんだよ」

何を言っているのか全ては理解できなかったがその言葉は今も心に残っている

彼が誰だったのかはわからない
私が涙を枯らし終えて目をあげるとそこにはもう彼の姿はなかった

次は大学時代
私は法学部に進んだ

両親が交通事故で死んだ時
ある女性の弁護士に世話になったのがきっかけだった

その人は祖父の知り合いらしく
凛としたとても快活な女性だった

「楓ちゃん、何も心配しなくてもいいわよ」
「私に任せといて」

これからどうすればいいかわからなかった私に彼女は優しくそう語りかけた

法廷での彼女は私と話してる時とは一変して逞しさと敵を一刀両断する武器を持つ勇者に見えた

いろんなことが落ち着き
大学受験も無事に終わった時
カフェで彼女に言った

「私、弁護士になりたいと思ってます」

「お姉さんみたいなカッコよくて誰かを守れる人になりたいんです」

彼女はそっかといって微笑みコーヒーを一口飲むと私に言った

「ありがとう」
「楓ちゃんは普通の人は通らないようなつらい道を歩いてきたよね」

「でもね、それはあとで必ず楓ちゃんの糧になる」

「私もいろんな経験をしてきたからわかるの」

「今は理解できないかもしれないけどそこから立ち上がれたときその経験は楓ちゃんを強くさせるのよ」

ネイビーのスーツを着こなす彼女は私にとって憧れだった

大学で法律を学び、6年後
私は司法試験に合格した

部屋で飛び跳ねている私を見て
そこまで昔のことではないのに
懐かしさが込み上げてきた

「楓さん、この時は幸せでしたか?」

彼はまた私に訊いた

「はい、とても」

私は迷わずに言った
今までの努力が報われたこととやっと彼女に恩返しができる嬉しさにその時は胸がいっぱいだった

目をあけると
病室の天井が見えた

「さて、どうだったでしょうか?」

そうか…
その2年後の昨日私は裁判所で倒れたんだ
昨日は初の担当裁判で数日ほとんど寝ずに資料集めをしていた

朝、起きた時
頭痛が少しあったが気にせず家を出た

そして、裁判が無事に終わり息をついた時頭が真っ白になったんだ

こう振り返るとなんて短い人生だったのだろう

私は何故生まれてきたのか?
何の為に生きてきたのか?

「楓様、整理がつかないのはよくわかります」

「天寿をまっとうして亡くなる人なんて僅かですから」

「でも、今まで見てきたことは楓様が生きてきた軌跡です」

「紛れもなく、楓様が生きてきたという事実なのです」

「そして、良い人生か悪い人生かはその人自身が決めることです」

死神が言いたいことはわかる
もし、五体満足の身体だとしたら納得がいっただろう

でも今は上手く飲み込めない
喉の奥に何かが引っかかっている

私が感慨に耽っていると死神が柔らかい声で続けた

「納得いかないのもわかります。」
「ですのでこの"会話"が必要なのです。」

「向こうの世界に行くための準備として重要なのです」

「今一度お聞きします。」
「楓様はこれまでの人生を振り返ってどうお感じになりましたか?正直な気持ちをお聞かせください」

向こうの世界に行くための準備…
死は確定なんだなと他人事のように思いながらもういちど人生を振り返った

仲のいい両親、家は裕福ではなく兄弟もいなかったが日々楽しく3人で過ごしていた

祖父が遺してくれた家は新しくは無かったが走り回るには申し分なく私にとって絶好の遊び場だった

学生時代も友人に恵まれ世間で言う青春の日々というものを過ごした

だけど…

高校2年の夏
両親が交通事故で亡くなった
反対車線の居眠り運転のトラックが
中央分離帯を飛び越えたらしい

派手な事故だったらしく今はドライブレコーダーもあるので近くを走っていた車の映像が数日間、ニュースやワイドショーで流れていた

しかもそれが安心安全や働き方改革を謳っていた配送会社でもあったのでいろんな意味でメディアを賑やかした

誰かがリークしたのか家も特定され
テレビカメラや記者の人間達が
ずっと魑魅魍魎のように周りを蠢いていた

私は完全黙秘を貫き通した
だがなかなか記者たちは引かなかった

そのとき、助けてくれたのが弁護士の彼女だった

「やめてください、彼女はまだ未成年です」
「これ以上付きまとうなら警察をよびますよ」

弁護士という肩書きと彼女の迫力に押されたのかだんだんと記者達はいなくなっていった

両親や友人達、防波堤で出会った彼や助けてくれた彼女…私は人には恵まれていたんだなと思う

その人たちがいなければ私はここまで
生きていなかっただろう

「そうですか、わかりました」
「正しい回答というのはありません」
「楓様が感じられたお気持ちが聞きたかったのです…さて」

死神はおもむろに胸の前で手を叩いて言った

「楓様はこの世に未練はありますでしょうか?」

「未練か…」

好きな人と付き合ったり、幸せな家庭を築いたり、可愛い子供を育てたり、老後にスローライフを過ごしたり、やりたいことは山ほどあったと思う

でも、今になってはもうどうでもいいことだ

諦めきれないことか…

「両親に…感謝を伝えたかったです」

2人は本当に私を愛してくれていた
言葉でも絶えず言ってくれていたが何も言わなくてもそれを十分に受け取ることができた

私は何も返すことができなかった
一言でもいい「ありがとう」と2人に言いたかった

「なるほど、楓様のお気持ちはわかりました」
「これはお望みであればなのですが…」

死神は顎に手をあて宙を見つめて言った

「楓様の言葉をご両親にお伝えしましょうか?」

言っている意味が理解できなかった

「言葉を伝える…?」

「はい、本当はご法度なのですができないことはありません」
「どんな世界にも裏ルートというものは存在するのですよ」

死神は少年のような笑顔で笑った

「それでは最後に、楓様は生まれ変わるとしたらご希望はございますか?」

生まれ変わる…
輪廻転生とは本当にあるのか
考えたこともなかったし具体的なことは思いつかなかった

「特に…ありません」

「そうですか…ふふっ…」

死神は手を額に当てながら笑った

「ありがとうございます」
「とても楽しい時間を過ごせました」
「そして、楓様に謝らなければなりません」

謝るとはどういうことなのか

「楓様は亡くなりません」
「私がここに来たのは、あなたに興味があったからです」
「私は貴方のことをずっと見てきましたから」

「言うなればこれは私のきまぐれです」
「直接会って話してみたかったんです楓様と」

私に興味?きまぐれ?
私は…死なない??
死神が何を言っているのか理解できなかった

「楓様は明日、退院します」
「そして、今後も人生を歩き続けます」
「なので心配しないでください」

混乱している私にいつの間にか立ち上がった死神がお辞儀をしながら言った

「それでは、楓様の人生に幸多からんことを…」

目を開けると窓から太陽の日差しが入ってきていた
昨日のことが現実だったのかそれはもうわからない
ずっと悩まされていた頭痛はすっかり良くなっていた

診察の結果、特に異常はなく脳波も安定しているとのことで退院することになった
昨夜、死神が言ったとおりになったのだ

「私は貴方のことをずっと見てきましたから」

この言葉の真意とはなんなのだろうか?
私は青空に答えの出ない問いを投げかけた

「もしかして、あの彼と助けてくれた彼女は…」

私の人生は続いていく
これからも色々なことがあるだろう

でも

見てくれている人達がいる
支えてくれる人達がいる
それを改めて感じることができた

それが人間ではないとしても

「良い人生か悪い人生かはその人自身が決めることなのです」

私は今までの人生を振り返ることが出来て良かったと思った
良いことも悪いこともそれは考え方によってその人の強さになる
それを死神に教えてもらった

死神は両親に私の言葉を伝えてくれただろうか……数十年後向こうで聞いてみよう

イケメンの死神が訪ねてこなかった?ってね

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