トガっていたあの頃

高校生の頃、私はかなりトガっていた。

私の通っていた高校には美術コースがあり、私はそのコースに所属していた。
美術コースには一学年3、40人くらいの生徒が在籍していてみんなそれぞれ得意分野も違い、漫画を描く子もいれば、イラストを描く子もいれば、油絵を描く子もいれば、なんなら絵を描かない子もいた。
入っている部活もさまざまで、美術部はもちろん漫画研究部、吹奏楽部、水泳部やハンドボール部に入っているばりばりスポーツ人たちも数人いた。

私は放送部で運動なんてまったくできなかったので絵も描けてスポーツもできる人たちを見て、「なんでどっちもできるんだ、この世は不公平だ。天よ二物を与えるな、あと恋人もな。三物になっちまうだろ」と思っていた。

ただ私は小学1年生から絵画教室に通っていて、夏休みのポスターコンクールではほぼほぼ表彰されていたので絵を描くことにまぁまぁな自信があった。

高校入試の面接では1分間の自己アピールで真っ先に手を上げ開口一番、

「私は○○中学校で(私の通っていた中学校で)一番絵が上手い自信があります」

とぬかしていた。
そんなトガっていた私はこの3、40人いた美術コースのどの生徒より、いや3学年合わせたって私が一番絵の才能があると思っていた。
なんなら今もちょっと思っている。当時は私が一番だったと。

ある日、美術コースの校外学習として芸大のオープンキャンパスに行った。
朝早くから学校に集まり、高速バスに乗って小一時間ほどゆられると山の中にある芸大についた。

バスを降りたら教室に移動して大学の説明を受ける。
学部やコース、イベントや卒業後の進路、入試のことなど1時間くらい先生はお話ししてくれた。
しかし8割くらいの生徒は寝ていた。
私は前から2列目のど真ん中の席だったので必死で睡魔と戦った。
前に座っている友達も首を右へ左へ揺らしながら、襲い掛かる睡魔に立ち向かっていた。

お話ししてくれた先生はどんな気持ちだったんだろうと考えるとちょっと胸が痛い。
そして引率してくれた先生の気持ち……

せっかく連れてきてこの有様では叱られても当然だが、先生は怒らなかった。ものすごい呆れていた。

大学の説明を受けた後はガラス工芸の体験をした。
溶けたガラスからグラスを作り、周りに自分がデザインした装飾を貼り付ける。

まずグラスの周りのデザインを紙に描き、描いたデザインを切り抜く。
私は行った時期が夏だったこともあり、夏っぽい感じにしようと金魚とアサガオを描いた。

これがすこぶる上手くできた。誰が見ても金魚だしアサガオ、影絵のようにシンプルで涼しげに感じる素晴らしいデザインだった。

しかし周りの人間は教えてくれる大学生を含め、何も言ってくれなかった。なぜかちょっと引いていた。

私は「おいおい見ろこの私が描いたデザイン、良すぎるだろ。周りの誰よりも良いぞ!なんで誰も何も言わないんだよ!ほめろよ!上手だろめちゃくちゃ!」と心で叫んでいた。あまりに誰も「上手だね!」と言ってくれないしちょっと引き気味の周囲の感じから

「ははーん。さては私のデザインが良すぎるから逆になにも言えないんだな。嫉妬ってやつか」
と考えた。
ちなみに友達がいなくて話しかけづらい人間だったわけではまったくないということを補足しておこう。トガっていただけである。

ただこれに関してはいまだにそう思っている。別に今はあの時ほどトガってはいないけれど、本当にいいデザインだったし本当によくできていたのだ。

周りの子はテーマ性に欠けていたり、切り抜きが下手で分かりづらかったりしていたのに、私はほとんど一発で描いたのに。
「いいね!それ!」と誰も言ってくれなかった。教えてくれる大学生もだぞ。
良すぎて打ちのめされちゃったんだろう。きっと。

私はモヤモヤを抱えたまま工芸体験は終わり、グラスはできあがるまでしばらくかかるので、モヤモヤを抱えたまま楽しみに待った。

そしてついに完成したグラスが返ってきた。
私はプチプチに包まれたグラスを取り出した。

良い。良すぎる。売っていてもおかしくない。夏をテーマにしているのが誰が見てもわかる。最高のグラスだ。これで飲むカルピスはひとしおだろう。

心からそう思った。

グラスの出来に大変満足し、ずっと抱えていたモヤモヤも心の奥にしまった。


あれからもうすぐ10年が経つ。
グラスは今も割れたり欠けたりすることなく大切に使っている。
あのモヤモヤはたまに心の奥から顔をのぞかせて当時のトガりを思い出させる。

もっと暖かくなったらこのグラスで「やっぱり私のデザインが一番センスが良かった」と思いながら、たくさんカルピスを飲もうと思う。




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