ここ数年で1番嬉しかったこと②

前回の続きです。
前回を読んでから読んでもいいし、別に読まなくてもいいです。
でも読んでおいた方がわかりやすいです。なんせ続きなので。


最寄り駅にある小さなコーヒー屋さんは週に4回しか開いていない。
看板にはOPENの時間は書いているけれど、CLOSEの時間は書いていない。

私が帰る夕方頃に開いているのを見るのは週に4回より少ないのでかなり早めにお店を閉めることも多いみたいだ。

いつも前を通るたび「いつか行ってみたいな」と思いつつ「今度でいいか」と開いているところを見てもそのドアを開けたことは無かった。

そしてこの日も開いているのに気がついたけれど、やっぱり「今度でいいか」と一旦通り過ぎた。

でも私はこの日、無性に甘いものが食べたかった。家に甘いものはないし、さっきタピオカ屋の前まで行って「なんか違う」と思ってやめたし、ここから家まではコンビニが1軒のみだ。

私は気がついたらお店の前まで戻って木でできたメニュー看板を見ていた。

飲みものが数種類と食べものはチーズケーキとたまごサンドのみ。
テイクアウトできますと大きめにマッキーで書かれている。

私はケーキの中で一番チーズケーキが好きなので”チーズケーキ”の文字を見て一瞬で口がチーズケーキになった。

ついに私はお店のドアを開けた。

入ってすぐカウンターがあり、店主であろう優しそうな女性が「いらっしゃいませ」と優しい笑顔で出迎えてくれた。

私はチーズケーキと紅茶のホットをテイクアウトで注文した。

コーヒー屋さんなのでコーヒーにしようかとも思ったが、私は15時以降にコーヒーを飲むと夜眠れなくなってしまう。
お店に入ったのは15時を過ぎていたので紅茶にした。ただアールグレイだったのでそんなに変わらなかったかもしれない。

店主の女性は紅茶を淹れる準備をしていた。1杯ずつ、ティーポットで淹れてくれるようだった。
タイマーの設定に手間取っていて何度もピピピピとボタンを押し、小さな店内にこだましていた。
女性は少し恥ずかしそうに「すみません…」と小声で言っていた。

私は気にしないでと思いながら微笑み、少し見守ってから店内を見回した。

お客は私しかおらず、横に細長いお店は入ってすぐカウンター、左手には暖簾がかかっていて奥にキッチンらしき部屋、右手には奥に本棚とその手前に大きめのテーブルと椅子が4つ、小さなテーブルと椅子が2つ置いてある。

本棚に並んでいる本たちを眺めているとある本が目に留まった。
そして私の時も一瞬止まった。

その本はさくらももこさんが編集長を務めた雑誌、「富士山」だった。

私はさくらももこさんのエッセイが大好きだ。
高校生の頃から見よう見まねで日記を書き、ひとりで読んで笑っていた。

このnoteにエッセイを投稿し始めたのも、さくらさんのようにおもしろいものを書きたい、読まれたいと思ったからだ。

エッセイはほとんど持っていたけれど雑誌「富士山」はエッセイの中で取材に行った時の珍道中話を読んで知っていたものの、読んだことはなく中古品も割と高くてなかなか手に入れられなかった。

それが今このお店の本棚にある。私は思わず

「さくらももこの富士山がある!」

と声を上げた。急に若い女が声を上げたので驚いている店主の女性の方を向いて私は

「私、さくらももこさんのエッセイの大ファンで!エッセイはほぼ持っているんですが富士山は読んだことが無くて!ずっと読んでみたかったんです!」

といきなり矢継ぎ早に話しかけた。
店主の女性はうれしそうに驚きながら

「よかったら待っている間見ていていいですよ!」

と言ってくれたので私はお礼を言い、さっそく本棚の前まで行き「富士山」を手に取った。

想像していたより小さくて分厚かった。
第一号の表紙をまじまじと見つめゆっくりめくり、思わず
「わぁ」
と感嘆の息をもらした。店内に誰もいなくてよかったと思う。

パラパラとページをめくり写真やデザインを見て、いつ出版されたものだろうと裏表紙を見ると平成12年の文字があった。
私が2才の頃、まるで自我も芽生えていない頃にさくらさんはこの雑誌の編集長をしていたのかと思うとまた「わぁ」ともらしていた。

誰もいないのをいいことにページをめくりながらわぁわぁ言っていると

「できましたよ」
とカウンターの方から呼ばれたのでそっと本を棚に戻しカウンターに向かった。

私は女性に聞いた。
「あの本はずっと持っていらしたんですか?」
店主の女性は優しく
「ええ、本棚の本は私物なんです」
と答えて
「いつでも、何時間でも読みに来てくださいね!」
と言ってくれた。

私はまるで初めてサンタが来た5才児のような笑顔で「はい!」と元気よく答えた。

紅茶とチーズケーキを受け取って家に帰り、たった1脚のイスに座ってもたれかかって紅茶を一口飲んでたった数十分のできごとに喜び浸った。
紅茶はとても美味しかった。

しばらく胸はドキドキしていて、嬉しいなんて一言で表せられないくらい嬉しかった。
10年越しに出会えた本はこんなに近くにあったんだと嬉しかったし、さくらももこさんのエッセイが好きな人に実際会ったのは初めてだったのでこれも嬉しかった。

本当にここ数年で1番嬉しいわと思った。

人間、本当に嬉しい時は「嬉しい」しか出てこないのだ。
「美味しい」の時もそうだ。


そしてここ最近の絶不調体調も、避けられなかった精神的ダメージも、無性に甘いものが食べたかったのも、タピオカ屋の前まで行って「なんか違うな」と思ったのも、チーズケーキが1番好きなのも、全てはあの小さなコーヒー屋さんに入って「富士山」に出会うための”しゃがみ”だったんだと気づいた。

より高く、より遠くに行くためには、大きく腕を振ってしっかり膝をつかってしゃがんでから飛び出さなくてはならない。
目指していたのはなんてったって「富士山」なのだから。

そう思うと書かずにはいられなかった。下手でもなんでもいいから書きたくなった。

大して面白くない日常を面白おかしく書くには書き続けて考えるしかない。

やっぱりどんなことも「楽しもうとさえすれば楽しい」と「面白がれば面白い」とをモットーに書いていこうと思った。

あの日以降、お店が開いているのを見ていない。
「早く読みに行きたいな」と思いながら毎日前を通り過ぎている。


チーズケーキは私の大好きなドシンプルな味でした。早くまた食べたいです。

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