大人になってよかった

春が来ている。
街には人気のカフェに並ぶ春休み中であろう学生が増え、さらに列を伸ばしていた。
レトロな家具やメニューが人気のそのカフェは、私の通勤する時間であるモーニングの時がらんとしている。

朝来たら並ばずに済むことを、昼過ぎに帰る時、列をなしている彼女たちに教えてあげたいが、彼女たちには時間がたっぷりあるのでそれは野暮であろう。

私は桜が好きだが、春は苦手だ。

新年度、新学期、新しいクラスメイト、新しい学校、新しい人間関係、これからはじまるというポジティブな面より、せっかく今まで楽しんできた時間や守ってきた関係が終わってしまうというネガティブな面を強く感じてしまう。

なんでいちいち新しくなるんだと毎年苦悩していた思春期だった。


思春期、私はトガっていたしこじらせていたので春に行われる類の行事が大嫌いだった。

新しいクラスや学年でピクニックに行くのも、新しいからという理由だけでテンションを上げられる一部の陽キャが考えた行事だと思っていた。
割と今でもそう思っている。

あの頃、何よりもこの時期私を不安にさせたのは、自己紹介だ。

出席番号順に座らされた教室で、その場に立ち、大勢に聞こえるように真ん中を向いて、名前と好きな食べ物や色やものなどを言い、よろしくお願いしますで締めるたった数十秒のあの忌々しい時間。

人生の中で永遠に感じる時間ランキングの上位に入るその時間は毎年私を苦しめた。

40人近くいる同じ子どもの目が一斉に自分に集まる恐怖、絶対に全員分ちゃんと聞いていない先生、すかしてだるそうにする奴、いちいち反応する奴、自分の順番がなぜかわかっていない奴、全部まとめて筆箱にしまって燃やしてしまいたいくらい私は自己紹介の時間が嫌いだった。

大人になってこの時間がなくなったことが何よりも嬉しい。
大人になってよかったことランキングのTOP3に入るであろう。

新しいアルバイト先でもはじめましての挨拶では名前しか言わなくて済むし、基本1人か多くても2、3人しか面と向かわないので気が楽になった。

好きな食べ物や色は休憩中や暇なときに話せばいいし、別に話さなくてもいい。

これが自由というやつなのだ。大人になってよかった。

それでも大人にはいろんな種類の大人がいるので、大人になっても自己紹介をしなくっちゃあならない人も世の中には少なくないかもしれない。

自己紹介を大勢の前でしなくていい種類の大人でよかった。


自己紹介が終わってもまた不安の種はすぐやってくる。

身体測定だ。

私は身長こそあったが、見合っていない体重を蓄えていたので、測らなくてもデブなのに測ったことでよりデブになる感じがして憂鬱だった。

しかしそれも高校生くらいになるとむしろアイデンティティとなり、ずっとダイエットはしていたが、中休みに学食に行ってかつ丼を食べるというパフォーマンスはウケたのでさほど気にはしなくなった。
(念のために言っておくけれど、本当におなかが空いて食べていました)

ただ高校生の頃はトガりもこじらせもピークだったので決して身長も体重も他人は教えず何かそれっぽい数字を言ってごまかしていた。

今思えばもっとボケて90キロとか言っておけばよかった。もっとうやむやにできたのに。

高校2年生のある春の日、いつものように放課後、放送部だった私は部室である放送室に集まり、新入部員たちと仲良くなろうと談笑していた。

するとある後輩が言った。

「座高測ったけど中学の頃から変わってなかった。座高なんてそんなに人によって変わらんやろ、90cm超える人とかいるか?」

実に高校生らしい疑問を新入部員たちはワイワイと話している。私はハハハと笑いながら少し気配を薄めた。

私の座高は98cmだった。

決して真実を知られないようにもらったばかりの身体測定表をかばんの奥にしまった。

大人になって座高を測ることもなくなったし、体重を測るも測らないも自由に選べるし、私は本当に大人になってよかったなと思う。


それでもふいに体重を測らなくてはいけない時がきたできごとの話

トガりこじらせていた私の思春期の1ページ



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