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星に願いを

唐突な涼しさが転がり込んできたので、二度寝ばかりが捗っている。やっとの思いでベッドから抜け出して部屋の窓から顔を出すと、やる気のない空の色と控えめに降る雨のグラデーションが自分とマッチしていて、それをしばらく眺めながらゆっくり目を覚ますのが日課だ。

最近はどうも自分で下した決断に自信が持てなかったり、あるいは無意味な後悔に時間を費やしてしまったりと、後ろばかり気にしているせいで進行方向に背を向けながらおぼつかない足取りで毎日を過ごしている。

6月から配信されたマーベルのTVシリーズ『ロキ』で本格的にMCUに導入された「マルチバース(多元宇宙)」の概念が妙にしっくりくるのは、無意識に「もしも今とは別の時間軸があったらなあ…」などと想像してしまっている自分がいるからなのかもしれない。


宇宙の話、で言えば、最近占星術の世界で大きな変化が訪れているらしい。それはホロスコープ上で2020年末から起き始めているもので、「幸運」を意味する木星と「試練」を意味する土星とが急接近する「グレート・コンジャクション」と呼ばれるイベントらしい。これが「風」のエレメントを持つ水瓶座で起きるために、これから200年は(いや長いな)「風の時代」と呼ばれていくのだそう。こうして実際に文字に起こしてみると胡散臭さが際立つのだが、数百年に一度のイベントだけあって、雑誌やネット記事などにも「風の時代の~」などと枕詞として定着しつつあるくらい、日常にまで溶け込んできている感がある。

ぼくはこのことを昨年知って少し調べていた時期があった。というのも、自分の星座が水瓶座であるために、「もしかしてこれから死ぬまで自分は無敵なのでは?」と朝の情報番組で運勢が1位だったときのテンションで軽率に期待を抱いてしまったのだ(今のところそんな気配は1ミリもない)。

今振り返ってみると、こんなスピリチュアルな話を真面目に調べていた昨年の自分はかなり切羽詰まっていたのかもしれない。先行きの見えない不安を感じたり、自分自身を見失って悩んだりすると、確からしい手触りのものにすがりつきたくなるものなのかもしれない。


最近アマプラに追加されたアンソロジー・シリーズ『モダン・ラヴ』のシーズン2にも、そんなストーリーがあった。このシリーズは元々ニューヨーク・タイムズに掲載されている同名のコラムで、読者から寄せられる都会の複雑な「愛」をテーマにした実話が紹介されるものだ。映像作品の他にもこれまでに書籍やポッドキャスト番組も制作されていて、その人気ぶりが伺える。

シーズン2第5話のタイトルは、"Am I ...? Maybe This Quiz Will Tell Me"(邦題:本当の私は心理テストでわかるかも?)で、心理テストに夢中のティーンの女の子・ケイティが主人公の物語だ。友達からは「最近仲のいい男の子(タイラー)といい感じじゃない?」と騒がれているケイティだが、本当はダンスが上手くてクールなアレクサという女の子が気になっている。もしかして私ってゲイなのかな?と自分の中に渦巻くゆらぎに気づいたケイティは、「同性愛者度診断」といったセクシュアルアイデンティティを診断する心理テストにのめり込んでいく。

詳しいストーリーはここでは割愛するが、もちろん心理テストで得られる結果なんて嘘だとわかっているはずなのに、同じテストに何度も答えて自分が納得のいく診断結果を出そうとしてしまうケイティの姿がとても印象的だった。

一瞬科学的な匂いのしてしまう心理テストにケイティのようにハマってしまうことは誰しもあると思うが、今は皆がもう少し実体の見えないものにも惹かれているんじゃないかと考えたりする。

例えばヨガや瞑想、お香やクリスタルなど、具体的な方法は挙げるとキリがないが、スピリチュアルな形で世界との繋がりを感じたり、自らの精神の安定を保とうとするような雰囲気がある。それは、今地球規模で起きている未曽有の諸問題に直面することで生まれた漠然とした恐怖をやり過ごす方法なのかもしれないし、あるいは常に多くの人と「繋がっている」と錯覚する世界の中で感じる孤独から解放されるための時間なのかもしれない。


そんなスピリチュアルな生き方をする人々のことを皮肉を込めて歌っている曲が、今年8月にリリースされたLordeの”Mood Ring”だ。

まるで瞑想のBGMのような神秘的なコーラスから始まるこの曲のタイトル「ムードリング」とは、70年代カルチャーの中で人気に火がつき今日まで知られているものの一つで、身につけている人の体温によってリングの色が変化し、その色によって自分の今の気分がわかる、というスピリチュアリティを象徴するようなアイテムだ。(Lordeも曲のリリースと同時にオリジナルのカラーチャートを掲載している。)

ケイティにとって心理テストがそうであったように、現代を生きる多くの人がきっとそれぞれ自分の「ムードリング」を持っているのだろう。自分では何も感じることのできないぼくたちは、「ムードリング」が教えてくれるのをただ眺めて待っているだけなのかもしれない。

I can't feel a thing
I keep looking at my mood ring
Tell me how I'm feeling
Floating away, floating away



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