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日本はすでに先進国ではなかった

新型コロナが証明した日本の実態 その4

2020年初めから徐々に世界中で騒ぎが大きくなった新型コロナ感染。
右往左往する中で専門家や政治家たちの言っていたことを、しばらく後に答え合わせをして私にも見えてきたものがいくつかある。
ずっと前から日本の状況でモヤモヤと疑っていたことが、新型コロナ感染を通して明らかになってきたという方がわかりやすい。
それを遠慮なく4項目の箇条書きにしよう。

 1 日本の民主主義は幻だった
 2 日本の官僚は優秀ではなかった
 3 日本は科学に基づく判断をしてこなかった
 4 日本はすでに先進国ではなかった


先進国の条件は

先進国とは、という基準はいろいろあるそうで、細かで正確な定義は先生方にお任せするとして話を進める。
私が勝手に先進国の条件として欠かせないと考えている条件がある。
 1 国民が民主主義を正しく理解している国であること
 2 正しい歴史を認識し、過ちは臆せず正し、世界貢献のできる国であること
 3 未来のビジョンを持ち、科学による根拠に基づいて実現を目指す国であること

そもそも日本が先進国として世界に認められたのは1970年代になってからという意見が多いようで、まさにそれから50年が経過したということ。
その後バブルと言われた時代があって、その崩壊が見えてきたのが1991年頃らしい。
それを考えると、今年はもうその30年後に当たるわけだ。
例えば、1991年に大卒で社会人になった人たちも53歳になろうという年齢。
失われた20年と言われた2011年頃から更に、2021年で「失われた30年」になってしまった。

分かりやすい例

会社員の平均年収
 1970年   94万円
 1975年   203万円
 1980年   295万円
 1985年   352万円
 1990年   425万円
 1995年   457万円
 2000年   461万円
 2005年   437万円
 2010年   412万円
 2015年   420万円
 2019年   436万円

上記データは
資産形成ゴールドオンラインさんのHPより引用
https://gentosha-go.com/articles/-/35815?page=1

1970年から1990年の20年間で平均年収は 4.5倍にもなっている。
しかし、1990年から2010年の20年だと 0.97倍とむしろ減少。
さらに、1990年から2019年の29年としても 1.03倍。
この30年何も成長していないことが明らかだ。
給与が上がるのが良いかどうかはともかく、世界が資本主義経済で動いている以上、所得が増えないということは明らかに取り残されているどころか、下へ下へと坂道を転げ落ちていることには違いない。
先進国の一つの条件として右肩上がりの経済成長を抜きには語れない。

先進国であることが国民が幸せに暮らせることと同義でないとしても、現在のように格差の広がった日本では同義でないとは言えないだろう。

お札_V

現代史を教えない日本

日本が世界から大きく取り残された原因は義務教育で現代史を教えないからだと私は考えている。
日本は1945年に敗戦で迎えた太平洋戦争を国として総括できていない。だから教えられない。
未だに「侵略戦争ではなかった」「アジアの各国を解放したのだ」と信じている年寄りがいる。自分は正しかったと言い張りたい人たちが、当時も以後も総括などしたくなかったとしか思えない。他の記事でも書いたが「責任を取りたくない」人や犠牲になった何百万人の命を慮っての人もいるのかも知れない。
現在の若者の多くが、過去の日本が中国と韓国を植民地にしていたことを理解していないだけでなく、自国の過去を正しく知らないことが世界の人たちとのギャップを生むと私は危惧している。

日本の国内の歴史の中で、せっせと試験に出てくる日本の歴史が世界と接するためにどれほど必要だろうか。「関ヶ原の戦い」が何年であるかを覚えることと「日韓併合」の意味を知ることと、どちらが必要だろうか。
歴史で大切なのは「いつ」ではなく「なぜ」だ。
しかし、その「なぜ」は総括なくしては答えが出ない。
残念ながら日本史を「なぜ」ではなく、「いつ」でしか覚えてこなかった人が多い今の日本は危うい。
そんな国や国民が世界で通じるわけがない。

日本を誇れる国にする

自分の国に誇りを持つことができるか。
過去の過ちを真摯に反省し詫びることを知らない国が世界で心底から相手にされるだろうか。それができない国の国民が自国に誇りを持てるとは考えられない。

今現在の政府を見て分かる通り、相変わらず自分の過ちを素直に認めることができない。
もり・かけ・さくらの例がまさにそうであるように、これが日本という国と国のトップのやり方だ。
国民がここにノー(NO)と言わない限り、今後も変わることはなく、自国に誇りなど持てないままに世界の中で孤立する。

自分から胸を張って、自国のことを語れる国にしなければ先進国の仲間に戻ることはできない。
この30年間、経済の問題だけで滑り落ちたのではないことを知ろう。
私が勝手に決めた先進国の3条件は間違っているだろうか。
昔から引き継いだカビだらけの価値観や、世界からとうに切り捨てられた価値観にしがみついている国は信用ならない。

科学的根拠もエビデンスも無視した新型コロナ対策しかできない国。
未だに嘘で固めた安全幻想だけを頼りに原子力発電に固執し続ける国。
年寄りは正しくて若者は信用できず、過去の価値観がのさばる国。
女性はいつまでも下に置かれ、弱い立場の人は隅に追われる国。
政府や役所は常に正しくて、国民はそれを理解できない集団でしかない国。

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古い船をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう

民主主義を謳う国の主権は国民にある。
それを主権として自覚しよう。
国や自治体の考え方、やり方を気に入らない時は選挙に行こう。
そして与党以外に投票しよう。
そうすれば必ず変わる。
その時、年寄りを支持するのは避けよう。
たとえ拙くても若者のほうが新しいことに挑戦してくれる。

「古い船をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう」
こういうタイトルのアルバムを出した吉田拓郎。
このアルバムは1970年に発売された。
そのタイトルは同じく吉田拓郎の「イメージの詩」(1970年リリース)からとられている。
50年が過ぎて、今になっても現実は代わっていない。
1968年~1970年は安保闘争や大学解体など、それまでの価値観を古びたものとして新しい価値観を掲げて若者が闘った時代だ。
新しい時代の中心には常に若者たちがいる。

吉田拓郎の言葉は今も古びていない。

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