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勝者と敗者を分かつのは、意志の力だ!(ロシア戦争雑感)

 ロシアとウクライナの戦争。
 開戦から半年ほどが経過し、ついにウクライナ軍が猛反撃を開始しました。

(https://twitter.com/War_Mapper/status/1569487313381765123より引用)

 9/13現在。わずか数日で状況一変。

 戦線の隙間を機甲戦力で一点突破、対応する暇を与えぬ高速縦深攻撃、アルデンヌの森の電撃作戦を髣髴とさせる展開ですね。
 ナチスドイツの「黄色の場合」作戦を、ネオナチと汚名を着せられたウクライナが使うあたりがまたなんとも。


 この戦争がこの後どういう展開になるのかさっぱり読めませんが。
 この戦争全体のターニング・ポイントというか、ロシア側の最大のボーンヘッドは、

ブチャの虐殺が表沙汰になったこと

 

 だと思います。
 あれが最大の失着でした。これに比べればキーウ攻略失敗も、旗艦モスクワの撃沈も枝葉みたいなものです。

 この戦いのロシアの戦略的な目的は何か。
 ウクライナの全土の占領か、ウクライナ東部の併合か、まあいろいろあってプーチンがどう考えていたかは知る由もありません。
 たぶん速攻でキーウ制圧、傀儡政権を樹立しウクライナ全土を支配下に、という腹積もりではあったでしょうが。

 とはいえ、それが何であろうとも、ロシアの戦略的な目標を達成するにあたっては、ある枕詞が付きます。
 それは

 大国の威厳を保って圧倒的に、そして重大な外交上のトラブルを起こさずに

 

 戦略目標を達成する、です。大事なのは後者かな。

 莫大な人命と資源を注ぎこんで戦争をする以上、達成すべき戦略目標があります。
 世界を支配するため、とかいう曖昧な目的のために戦争を始めるのは、一昔前のRPGの魔王くらいでしょう。

 そして、戦争するなら自軍の被害は少ないに越したことはありません。奪い取る場所の被害も少ない方が良いです。
 なので、無防備都市宣言!とか言ってるオツムがオメデタイ平和主義者が相手方にたくさんいてくれると、とても戦争がはかどります。
 自軍に被害無く、無傷で相手の財産を奪い取れますからね。


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 そんなことを考えないこともあり得ます。
 いかなる犠牲を払おうとも、外交的に批判されようとも、あの土地は我らのものだ、これは理屈ではない、これは民族の悲願也、ということもあり得るでしょう。某宗教的聖地とか。

 でも、おそらく今回のロシアにとってのウクライナはそうではない。
 如何なる犠牲を払っても奪還しなくてはいけない民族的に意味がある土地では多分ない。

 だからこそ、彼らの戦略目標には上記の枕詞が付くわけです。
 ただ勝てばいいわけではない。軍事大国の威厳を見せつけ、外交上のトラブルを招かず、戦略目標を達成しなくてはならなかった。
 国際的批判を浴び、大量の犠牲を出し、戦火で焼け野原になった土地を手に入れるのは勝利ではないでしょう。

 開戦当初、ウクライナの外交官がドイツに援護を求めたら「どうせ君らの政府は数時間もしないうちに倒れる、次のロシア傀儡政府と交渉するよ」と言った大臣がいたんだそうです。


(https://twitter.com/KyivIndependent/status/1508773288885080069より引用)


 人でなしにもほどがある発言ですが、冷徹に考えればこの発言は妥当でもあります。
 戦力差を考えればそのシナリオは十分にあり得た。というより凌げたのがむしろミラクルだったと思います。

 そして、ロシアが開戦当初にキーウを制圧したらどうなったか。
 その後「民主的な」選挙を経て親ロシアの傀儡政権ができていたでしょう。
 武力による侵略を行ったロシアに対して、通り一遍の批判が行われたと思います。

 で、しばらくするとなあなあな感じで普段通りの空気に戻り、新生ウクライナは世界に受け入れられる。
 ウクライナの旧政権首脳は、適当なレッテルを貼り付けられ、ひっそりと「法律にのっとった」裁判を経て姿を消し、欧州は今もロシア製ガスを買っていたと思います。

 これがロシアにとっての最善のシナリオでした。
 軍事大国ロシアの威厳を見せつけ、外交的トラブルも生まず、戦争の目的を達成する。彼らとしては最高のエンディングです。

 でも、キーウ占領に失敗した。
 この時点でロシアの軍事大国としての威厳は傷つきました。でもこれは修復不能では無かった……のですが、その後もモスクワを撃沈されたりとかしてるし、失点を増やしている感がありますね。

 そして、ブチャの虐殺が明らかになった。
 これで西側はロシアと対決せざるを得なくなってしまった。というか、西側に支援し続ける理由付けを与えてしまった。

 人道主義、平和主義を掲げる西側としては立場的にあの虐殺に見て見ぬふりはできません。
 西側企業が続々とロシアから撤退し、ロシアは民間人を虐殺する国として外交上の重要な禍根を残し、経済制裁が始まった。

 ブチャの虐殺については……当たり前ですけどキーウ制圧に失敗するなんて想定外だったんでしょうね。
 表ざたになるなんて思っていなかった。ウクライナ全土を制圧後だったら、いくらでも情報封鎖はできたわけですし。

 もしあれが無くて……つまり、ロシア軍が占領地を人道的に維持し、戦争が戦場のみで行われていたとしたら。
 キーウ攻略に失敗しても、その後の膠着に西側が援助疲れしてロシアがさらに有利に戦局が変わる事は十分にありえた。

 この戦争でロシア産のガスを買っていた西欧諸国は少なからずダメージを被ります。
 そうなればウクライナに妥協して停戦を促す声も上がっていたでしょう。

 ウクライナは勇戦しているものの、対ロシアへの単独での継戦能力はありません。
 西側が強く妥協を促せば、折れざるを得なかった。

 

 この戦いがどういう顛末を迎えるかはわかりません。 
 しかし、ブチャの虐殺が表ざたになった時点で、ロシアは完全に挽回不能な敗着ルートに乗ってしまった。

 このあとウクライナ全土を掌握できたとしても、失墜した国家イメージと外交的なトラブルは消えません。
 憎悪に満ちたウクライナ人が住むウクライナを統治し、自分で破壊したウクライナのインフラを復興させなくてはいけない。

 しかもその後も欧州から経済制裁を受け続け、新規にNATOに加盟するであろうフィンランド、スウェーデンを含めたNATO加盟国に取り囲まれるわけです。
 これって勝ちって言えるのか?

 何らかの形で停戦したとしても、NATO加盟を控えたウクライナと国境を接することになりますし、経済制裁は恐らく解除されない。
 もう八方ふさがり。

 これについての唯一の打開ルートはキーウ制圧して傀儡政権を樹立し、「ウクライナ軍の蛮行」をでっち上げてブチャと相殺することでしたが。
 今となってはそれをやる戦力はもう残っていなさそうです。

 ……なんてことは、当然ロシア側も分かっているでしょう。
 そもそも、簡単にひねりつぶせると思っていたウクライナがここまで抵抗して、こんな長期戦になるなんて完全に想定外。

 どうにかこの戦いを畳みたいと思っている部分もあるはずです……多分。
 とはいうものの、恐らく止められない。

 これは僕が何人かのロシア人に知人と話した感じの印象です。
 勿論少ない事例なので全体的にそうとは言いませんが、沿海州出身の彼等は、中央と言うかモスクワに対しては、自分たち地方を搾取ばかりするとかなり批判的でした。
 プーチンについても、選挙で勝つのは不正選挙だ、みんなそう思ってる、でも批判したら逮捕されるから言えない、ということらしいです。

 彼らは「独裁者、圧制者・プーチン」は嫌っている。
 でも西側も好きではないので(でも、西側のブランドとかは好きなのがまたややこしい)「西側に対峙する強い指導者・プーチン」は許容している、と言う印象を受けました。

 なので、この戦争が「西側」との代理戦争の構図になってしまった以上、プーチンは下がれないのではないか。
 妥協的なことをすれば「強い指導者」としての支持も完全に失う。だからもう最後まで突っ走るしかない。


 しかし、物量を士気で克服できない、というのはマスターキートンの作中のセリフですが、今回の一連の戦争を見ていると、士気の高さがいかに重要かを感じます。
 
 勿論、物量は重要です。武器無しでは戦えないし、三国無双とかじゃないんですから、一騎当千なんて不可能。
 でも命を張って戦場で兵器を操作するのは最後は人です。そして人の能力は士気によって大きく変わる。

 ウクライナに対して、ゼレンシキー大統領の総動員体制を批判したり、これは西側の代理戦争だという話がありました。
 勿論それが正しい部分もあります。この世の中に純粋な善と純粋な悪の衝突なんてことはあり得ない。どちらにも言い分はあり、一つの事象は複合的な面がある。

 でも、もしウクライナの兵士が、西側の代理戦争に駆り出されているのなら。
 ゼレンシキー大統領とかの悪の政治家に無理やり総動員されているなら、彼等が士気を維持することはできなかったでしょう。

 もしウクライナ側の士気が低ければ、そもそも圧倒的に戦力が優勢なロシア相手に半年以上抗戦はできるはずなどありません。
 とっくに戦線が崩壊して、ウクライナは敗退していたでしょう。

 士気とはすなわち戦う理由です。
 はたから見ると愚かに見えたとしても、ウクライナの兵士にとってウクライナは命を懸けて守るに値する我が故郷だった。
 ロシアの統治下での「平和」を信じなかった。彼らには戦う理由があり、だから戦った。

 そして、自分たちの意思で戦ったからこそ、この局面に至るまで彼らは戦い続けることができた。
 総動員で頭数は無理やりそろえられても、戦う意思は個人の内面ですからね。強制は出来ない。

 劣勢を耐えに耐え、今回の作戦を完璧に隠し通し、乾坤一擲の一点突破でで形勢を一変させたウクライナ。
 そして、一度戦線を崩されたら雪崩を打って潰走したロシア。まさに対照的な構図となりました。

 このあと、一気にウクライナ側に流れが傾き、ロシアは敗走を重ね、そのまま終戦になる……という展開になる可能性はあると思います。かなり楽観的ですが。
 前線で命を張るロシア兵に、劣勢の戦況で命を懸けてまで戦う理由はあるでしょうか?



 ……と、色々書きましたが、前述の通り僕にはロシア人の知人が何人かいます。話をしてみると、僕であっても彼らの内心の複雑な気持ちは感じ取れます。
 今、祖国がしていることがいいこととは全く思っていない。勿論それは分かっているけど、それでも祖国が平和の敵と罵られるのは辛い、そんな気持ち。
 平和的な解決はもはやあり得ない状況ですが、一刻も早く戦争に区切りが就くことを望みます。

 反撃の前にウクライナ国歌を歌う兵士達。



(https://twitter.com/Militarylandnet/status/1568344387137970176より引用)




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