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#2山菜

雪がとけ地表が姿を現し始めると、人々が突然蠢きだす。みな何かに取り憑かれたように山に分け入ってゆく。腰の曲がったおじいちゃんが平地を歩くよりも軽々と斜面を登ってゆく。「その曲がりは山の斜面に合わせていたんですね!」と思わず冗談を言いたくなるくらいの勢いで。
 
こんな表現が大袈裟ではないくらい、人々は山菜に歓喜する(少なくとも他所者の僕にはそう見える)。

雪の残る農道から山に入る

「一緒に山菜採りに連れてってください」とお願いしても、「みんな秘密の場所があるから写真なんてダメよ、バレちゃうから」と真剣に断られる。
 
「僕は独りで採りに行かないし、場所も絶対分からないように撮るから」と両手を合わせて山菜採りに連れて行ってもらった。
 
十日町市に越してきて8年目。山菜は移住者である僕にとっても楽しみな春の味覚だ。ただ僕はほとんど自分では山菜を採らない。自分でも採る山菜は3つだけ。
 
雪がとけ、地面が顔を出した途端に待ってましたと現れるフキノトウ。田んぼの周りのコゴミ。「早く採らないと大きくなっちゃうよ!」とご近所さんに尻を叩かれて慌てて採る庭に自生するウド。

フキノトウを採る妻。雪が消えたところからどんどん芽を出す

しかし、後がつづかない。
 
僕には数ある山菜と地元の人も食べないただの草花の違いが分からないのだ。あぁ、勿体ない。
 
十日町市街地ではすっかり雪の消えた5月16日、市内の大厳寺高原キャンプ場で行われた山菜ツアーにも同行させてもらった。舗装路からいきなり道なき藪に入る。

迷いなく道なき藪に入る

まだ雪の残る沢筋に自生するウドを目指して、参加者は木の芽や、コゴミなど手際よく手にしながら歩を進めてゆく。

木の芽を採る。山菜って地面に生えているだけじゃないんですね
輪ゴムで束ねられた木の芽(アケビの新芽)
手際よくコゴミを採りながら歩く

道なき道を歩き出してふとある事に気がついた。自分ではまるで未踏の世界を歩いているかのような探検心に満ち溢れていたのだが、よくよく地形を観察すると…。
 
「あれ?ここって昔田んぼだったところですか?」

そう遠くはない昔、人はどこまで田畑を開墾してきたのだろう。そんな田んぼが耕作放棄地となり、自然に還りつつある。僕は今、そんな山々を冒険家気取りで歩いている。

背後には耕作放棄地となった棚田が見える

「ほら、あそこに立派なウドがある!」
 
僕の目には、声の主が指し示す先にウドなど見えない。
 
「えっ?ウド?どこ?」
 
どうやらみなさんには、視力検査では計り知れない特殊な視覚能力があるようだ。
 
ツルツル滑る濡れた急な斜面を、ショベルとノコギリが合体したような道具でひとステップずつ足場を掘りながら、ウドを目がけて登ってゆく。

ツルツルに滑る斜面もなんのその

「こうやって、5本生えていたら2本は残さないとね」と、翌年のことを考えて採りすぎることはない。
 
実はこの時期、十日町市内のお巡りさんにとって最も忙しい季節なのだとか。こんな平和な里山でも山菜を巡るトラブルが多発するからだ。
 
誰も来るとは思えないような山にも所有者がいて山菜を楽しみにしている人がいる。それを遠方から来た人が勝手に根こそぎ持っていってしまうことがあるんだそうだ。

色鮮やかなウド

足るを知る。今風に言えば根を絶やさずに循環させる持続可能なサスティナブルな暮らし。
 
山菜ひとつを取ってみても、現代の暮らしに求められている要素が当たり前にある。僕のような都市で育った人間は、言葉で流行りのライフスタイルを知り、暮らしに取り入れてゆく。一方ここでは、普通の暮らしにある日突然名前がつき、それが流行りのライフスタイルになってゆく。そんな違いを僕は感じる。
 
言葉より真の暮らしがここにはある。
 
余談だが、今年小学校1年生になった息子が保育園児だったころ、世話をしているニワトリと一緒に草むらで草を食べていたことがあった。

ニワトリと一緒に草を食べる息子

近所のおじさんに「昔は喉が渇いたらこれを食べてたんだぞ」と教えてもらったスッカンボ(イタドリ)とスッカシ(スイバ)と呼ばれる草だった。
 
そのころの息子にとって世の中には2種類の草しか存在しなかった。食べられる草と食べられない草だ。息子にはしっかりと十日町の血が流れていることを感じてとても嬉しくなったのだった。

山菜のある暮らし

『究極の雪国とおかまち ―真説!豪雪地ものがたりー』
世界有数の豪雪地として知られる十日町市。ここには豪雪に育まれた「着もの・食べもの・建もの・まつり・美」のものがたりが揃っている。人々は雪と闘いながらもその恵みを活かして暮らし、雪の中に楽しみさえも見出してこの地に住み継いできた。ここは真の豪雪地ものがたりを体感できる究極の雪国である。

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