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【小説】夜明けの眠り姫

君が眠ってから何度も太陽が昇っては沈みを繰り返した。

 この夜が明ければ四十万回目の日の出だ。

 僕は心の中でそう呟きながら、静かに眠る君の綺麗な頬を撫でた。潤いのある綺麗な肌だ。

「まったく、本当に子どものままでいるなんてね」

 魔法はもう解けたのに。
 おかげで僕はもうおじいちゃんだよ。

 でも君だけはまだ魔法にかかったまま。

 あの頃が懐かしいな。もうずっと前のことなのに、昨日のことのように覚えている。

 人魚を見に行ったり、先住民に捕まったり、海賊と戦ったりしたね。他にもいろいろ。朝起きた時に君が「おはよう」と言ってくれるだけで無限の力が湧いたんだ。

 それだけの力をくれる君の行きたい所へもっと連れて行ってあげたかった。やりたいことを叶えてあげたかった。

 でもいつの間にか、そんな日々は終わって、君は眠りについた。

「僕ももうすぐ、君みたいに眠ってしまうよ。最近すごく眠たいんだ。でも眠ってしまったらきっと君の顔も見ることが出来なくなる。そんなのは嫌だからね。もう少しだけ頑張る」

 僕は彼女の顔の近くに自分の額を置いた。彼女の体温がシーツにまで伝わっていて、少し温かい。

 君ともう一度、空を飛びたい。話をしたい。抱きしめたい。

「君のおはようも、もう一度聞きたかったなあ」

 だんだんと部屋が明るくなってきて、鳥のさえずりが僕の眠気をちょっとだけ払う。四十万回目の朝だ。

 空気を入れ替えよと、椅子から腰を上げ、光の差し込む窓へ向かう。もう力の入らない腕でなんとか窓を開けると、気持ちのいい風が吹き込んで来た。思わず伸びをしてしまうくらいだ。

「うーん……。いい朝。今までで一番いいかもしれないな」

 伸びを終えると、背後から衣擦れの音が聞こえた。

 心拍数が一気に上がった。

 もちろん、その音だけで勝手に決めつけてはいけない。たとえ、寝返りをしたことがないと言っても、今初めてしただけかもしれない。目を覚ましてなんていないかもしれない。

 でも、心のどこかで絶対の自信が上がった。

 衣擦れの音が止まる。

 足を百八十度回し、振り返る。

 心臓が止まりそうだった。

「……いい朝ね」

 あの日々と変わらない、何一つ変わっていない、記憶に焼き付いている笑顔が僕の視界の真ん中にあった。

 バランスを崩しそうになりながら、彼女にゆっくりと近づく。

 そして、君の瞳に僕の顔が写る。

「おはよう」

 そういう彼女に、僕も答える。

「おはよう」

 僕にとっての長い長い夜がようやく明ける。

 眠り姫にようやく朝が訪れる。

 それは僕たちにとっての新しい朝だ。

 僕が魔法をかけていたつもりが、実は僕が彼女の魔法にかかっていたようだ。
僕の体に力がみなぎる。

「さあ、今日はどこへ行こうか」

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