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0円さん、親友と絶縁する(前編) 【年間交際費0円さんの今日 #4】

#4 0円さん、親友と絶縁する(前編)


ーー これは私とかつての親友ユリカとの一年前までの話 ーー


「まどか〜! 今日の夜ってひま?」

ユリカからの誘いのメッセージはいつも急だった。

私はいつものファミレスに到着すると、先に席を取りユリカを待つ。予定時刻になるとユリカから連絡が入る。
「ごめん〜! 十分くらい遅れる(汗)」

ユリカの遅刻はいつものことだ。
「十分くらい」は二十分か三十分くらい見積もる必要がある。おそらく私の到着の連絡を受けてから家を出ているんだと思う。
「ごめんね〜?」とユリカが登場する。メニューを注文し終えると、ユリカは堰を切ったように話し出す。

ユリカとの会合はテンプレート化されている。
ユリカの会社の自慢と愚痴、同棲している彼氏の自慢と愚痴。
三時間ほどこれらを一方的に聞き続けたところでユリカの電話が鳴る。ユリカはまるで他に誰もいないかのようにためらわず電話に出る。
「もしもし? うん、終わった? 今から帰る? わかった。じゃ、私も帰るね」
ユリカは電話を切ると「彼が仕事終わったみたいだからさぁ、私そろそろ行くわぁ」と言いカバンから財布を取り出した。


かつての「親友」


「私、まどかしか友達いないからさ。うちら親友だよね?」
中学生の頃、同級生のユリカにそう言われて、私たちは「親友」になった。

その頃の私は今より明るい性格で、クラスでもやや目立つ存在だった。一方のユリカは大人しく控えめな存在だった。
ユリカはいつも私のことを「すごいね!」「おもしろいね!」と羨望の眼差しを向けるように褒めてくれた。
特別なことを何もしていない私にとって、一体何がどうすごいと思われているのかわかっていなかった。


この関係が変わりはじめたのは高校生の頃だった。
ユリカに初めて彼氏が出来てから、会話はユリカの彼氏の話が中心となった。
高校三年間、彼氏どころか恋愛もしなかった私は、ユリカの話を別世界のことのように興味深く聞き続けた。
私が「へぇ、すごいね! 私は彼氏できたことないからさぁ」と言うたびに、ユリカはとても満足そうな笑みを浮かべていた。


次に変化があったのは、二十一歳の頃だった。
専門学校を卒業した私たちはそれぞれ就職し、私はごく一般的な事務員になり、ユリカは地元の有名企業の受付係として働きはじめた。
それからの会話の内容はユリカの仕事の自慢も定番となった。
ユリカの会社は駅前のオシャレな高層ビルの中にあり、その会社の看板として受付の仕事ができることは、ユリカにとって最も誇らしいポイントだった。
入社して数ヶ月後には、ユリカは職場の営業の男性に交際相手を乗りかえ、同棲もすることになった。
この頃がユリカにとってもっとも華やいでいた時期であったと私は感じていた。


二十五歳になった頃には、私とユリカの格差は大きく開いていた。
いつものファミレスに現れたユリカは、大人の女性らしい素敵な服装でとても煌びやかであった。
有名なブランドバッグやアクセサリーを身につけ、綺麗なジェルネイルも目立っていた。
一方の私は、何も特徴のない安っぽいノーブランドの服やバッグをとりあえず身につけているだけの姿だった。

ユリカの話は、相変わらず会社の自慢と愚痴、同棲している彼氏の自慢と愚痴に終始していた。
しかしその中で、これまでとは違うこんな不満をもらしていた。

ユリカの会社では受付に二名の女性を配属しているが、以前ユリカと共に受付を担当していた先輩社員が結婚退職し、新たに二十一歳の新人社員と共に担当することになったそうだ。
しかし、その新人社員が礼儀も能力も低いわりに、上司や同僚にチヤホヤされていて納得できないということだった。
ユリカはこんなことを言っていた。
「結局さぁ、受付なんて顔で選んでるの。礼儀とか能力とか関係ないのよ。うちの社員はみんなただの若い女にヘラヘラして、ほんとバカばっかり」
ユリカの発言にはなんだか矛盾を感じたが、私はそこを聞き流すことにした。

さらに話を聞くと、ユリカの彼氏は年々営業の成績を上げ、とても調子がいいことを自慢げに語った。
一方で、彼が仕事ばかりになることで、一向に結婚の話が出ないことにユリカは不安を感じているようだった。

私はユリカを励まそうと「でも好きな人と長く続いているだけでもいいんじゃない? 私なんて未だに彼氏すらできたことないから」と自虐も交えて言ってみた。
思えばその発言がユリカに火をつけてしまったのかもしれない。

「えっ、まだ彼氏できてないの? ウケるんだけどぉ!」

ユリカは急に調子を取り戻し、私の近状について矢継ぎ早に質問してきた。
私は日々の生活に余裕がなく、まったく恋愛をしてこなかったことや、相変わらず事務員として働きながら安いアパートで細々と生活していることを話した。


それからというもの、ユリカからは頻繁に呼び出しの連絡が来るようになった。
やや遅れて登場する煌びやかなユリカは、毎度同じような自慢と愚痴を吐き出し、彼氏からの連絡を受けて一方的に帰っていく。
そんなテンプレートのような会合がしばらく続く中、私はユリカのある事情に気がついた。


別口の「親友」


ある時、こんなことを話していた。
ユリカの周りの女友達が、「まだ彼と結婚しないの?」「早くしないと子供作れなくなるよ?」と無神経に言ってきたそうだ。
そのグループでの会話の中心は子育てや旦那の話ばかりになり、結婚して子供ができるとみんな同じ話ばかりでつまらないらしい。

私はユリカの焦りを感じていた。未婚のユリカはもう、そのグループの輪に入りづらくなっているようだ。
そしてユリカが私を頻繁に誘うのは、常に私がユリカより「下」であることを確認し、安心したいためだということにも気がついた。

ユリカにとっての表向きの友人は子育てをしている既婚者グループであり、私は別口の、ただの吐き出し相手の「親友」だ。

そう理解しながらも、私はユリカに呼び出されるたび、何度も会い続けていたのだった。


三十歳の頃だった。この頃にはすっかり減っていたユリカからの誘いの連絡が久しぶりに入った。
いつものファミレスでいつも通り遅れてやってきたユリカの表情は晴れやかだった。

「実は去年結婚してさぁ!」
ユリカは八年間同棲していた彼とついに結婚していたのだった。

私はユリカをお祝いした。しかし一方でこんなことを思った。

ーー私とユリカとの関係は何だったのだろうか

これまでユリカが吐き出したい話を散々聞いてきた。なのに結婚報告だけは随分後で知ることになった。

ユリカが私を見下して満足していることは気づいていた。
……もしそういう関係なのだとしたら、結婚して幸せに満たされた今、私と関わる必要が一体どこにあるというのだろうか。

私が思っていたとおり、それ以降ユリカからの連絡はすっかり来なくなっていた。




年間交際費0円さんの今日 〜0円さんの憂鬱編〜
#4 0円さん、親友と絶縁する(前編)


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